井100 異能者バトル
「持ち時間それぞれ1時間。まずは衣装が用意された部屋に、2人は入ってもらって、何着かの服をピックアップしてもらいます。その後、2人はそれぞれ、パーティションで区切られた中に別れてもらい、
お互いがどんなコーデを選んだかが、ぎりぎりまで分からないように、その中で着替えて待機します。終了の合図と共に出てきてください。そこで撮影を行います。」
ブルーライトカットの眼鏡をかけた、ストレートヘアの女性記者が一通り説明を行い、
「振琴さん?真咲さん?……こんな感じでいいかしら?」と言った。
「一つお願いがあります。」と振琴深海が手を挙げる。
「何かしら?」
「このスタジオ、いったん、アタイと真咲さんだけにしてもらえませんか?」
「……う~ん、ホントは選んでる最中も記事になるかと思ったから……途中も撮影したかったけど……」そう言って女性記者は、チラッと深海の表情を見て、
「まあ、今回の企画はあなたが発案者だもんね。……いったんあなたの思う通りでやってみるんでいいわ。真咲さんもそれでいい?」
「はい。頑張ります。」と真咲瑠香が緊張した面持ちで答える。
「……じゃ、お二人さん、宜しくね。1時間後に戻ってくるわ。スケジュール的に短い時間での服選びになるけど、頑張ってね?……期待してるわ。」
そう言うと彼女は、スタジオを出ていった。
「……さて。」
振琴深海は、腕を組んで真咲瑠香のことを見つめた。
「そろそろ正体を現してちょうだい、カルキ様?」
真咲瑠香がニヤリと笑い、今まで大人しそうに縮こまっていた身体を、前に反らせ、胸を張ると……「乞食バンパイア、お前の出自は知っているわよ?」と言って馬鹿にしたような目で深海を見た。
「へえ……これがカルキ様か………へえ……。」と、深海はしきりと感心したように、彼女の周りをまわりながら頷いていた。
「アンタ、大腸菌とかサルモネラ菌、リステリア菌も保持してるの?」
「………。」
「お腹にぎょう虫飼ってんでしょ?シラミとかもいんの?」
そう言って、カルキ様の髪を触ろうとする。
「やめてよ!」と言ってカルキ様は深海の手を払いのけた。
「アハハ、アタイはね、アンタがちっとも怖くないわ。
アンタね……いくら闇の煉獄ちゃんに憧れているからって、あの子を腑抜けにしてどうすんのよ?……あの子を無力化したからといって、アンタのファッションセンスが向上するってわけじゃないのよ?……せっかく煉獄ちゃんにお近づきになれたんなら、教えを乞うとか、技術を盗むとかしなさいよ。あの子を精神的に支配したからといって、アンタのモデル力が勝るようになれるわけじなゃないのに……。
アンタほんとに何やってんの?別ジャンルで煉獄ちゃんに勝ってどうすんのよ?
……それ、アンタがほんとにやりたいことなの?」
「べ、べらべらとよく喋る口ね!!黙りなさい!」カルキ様が空気中を手刀で切り裂き、深海のことを睨みつける。
「おっ、お前こそ、そんなグズグズしていていいの?服選びは1時間しかないのよ?」
「アタイは全然余裕よ。もうコーデは決めてるから。」
「ひ、卑怯よ!!そうか!お前が考えた企画なんだから、当たり前か!くそっ、油断したわ。」
「あはは、焦ってる、焦ってる。……ところでさ、アンタ、いつも清純系を着てるけどさ。バリエーション他にあんの?いつもおんなじの着てない?」
「お、お前がそれを言うか……?」
「アタイがアンタにお洒落のコツを教えてあげよっか?」「余計なお世話よ。」
「まあ、聞きなさいよ。お洒落はね……、何事もヌケ感が大事なの。つまり、キメすぎないってこと。」
「ヌケ感……?」「聞きたい?」
「いや、別にいいけど、一応聞いておこうかしら?」カルキ様は壁にある時計をチラッと見てから深海に向き直った。
「ファッションに大切な三大要素。それは、ヌケ感、透け感、あっけらかん。」
「…………。」
……『色」』『形』『素材』じゃなかったかしら………。
「まずはヌケ感ね。」深海がえらそうな顔をして説明を始める。「……例えばアンタの今日のコーデ。修道女の格好をテーマにしながら、安易にコスプレに走らなかったのは評価出来るポイントだわ。」「あ、ありがと…」「まあ、待ちなさい。お礼を言うのはまだ早いわ。アンタのそのコーデ、テーマに添い過ぎて……なんて言うか固いのよ。少し、ハズした要素が必要ね。」「た、例えばなによ?」
「……そうね。私の今日のコーデを例にすると…、バンパイアなのに、ほら、ガーリーな要素のブラウスでしょ?ガーリーだけに、ガーリック?なんてね。抜けてるからうっかりニンニク要素いれちゃった吸血鬼とか?(てへぺろ☆)」
「お前……それ、如月ひみこを気取って、なかなかスベッてるぞ……。それに、自分の弱点を、うっかり取り入れてしまうなんて……ヌケ感を通り越してマヌケなのでは……?」
「アンタのコーデにヌケ感を演出するとしたら……、修道女なのに売女とか?胸の谷間でも出す?あ、ごめん、アンタ胸ないか。じゃあお尻の谷間でも出す?ウヒャハハハハ……」
「振琴深海……、お前、人の話聞いてるのか?……そして、馬鹿にしてんのか……?」
「次は透け感ね。」「もう、いいわ。」「いや、いや、一応聞いときなさいって?女子はね。野暮ったいのはダメ。髪もすくし、眉毛も整える、もしくは剃る。当然、腕も脚もね。透明感が一番重要!よくあるのは、スカートの途中から透け素材のベールになっているデザインとかで、まるで、脚が透視されてるように見せるやつね。あれはやらしくないし、清楚で可愛いわね。肌の露出を少なくし過ぎると、まあ、ロリータコーデにはいいけど、……なんか身体が完全に覆われてると、レザーのボディースーツ着てる人みたいに汗臭く見えるのよね……。透けてる方がいいわ。」「なるほど……。確かに一理あるわね。」
「ところで、アンタ、下の毛は剃る派?」
……………。
「はあ??」
「アタイは剃らない派よ。まあ、眉毛は剃ってるけどね……、下は、何と言うか野生の勘(?)でそのままにしてるのよ。最近は水着撮影とかないしねー。もし、アンタがそういう仕事を狙ってるなら、剃った方がいいかもね?気を付けてね?そっちの方は、はみ出したり透けたりするのはナシだかんね?」
「わ、わかってるわよ。私はお前と違って、その心配は……まだない。」
……あら、カルキ様?そこはひみこ姐さんとおんなじなのね……。
「そして、最後に、『あっけらかん』。これはかなり重要よね。ようは気持ちの問題。
……闇の煉獄ちゃんを思い出してみて?かつての彼女は何事も気にせず、気に病まず、わが道を行っていた。覚えてる?20XX 年ミコ☆ポチ春の特大号、靴紐、全ほどけ、ブラウス、2段階ボタンかけ違え、スラックス、チャック全開の社会派コーデ。」「……ええ、覚えているわ……。」カルキ様は懐かしむような……、少し寂しいような…顔をして微笑んだ。
「……私が覚えているのはね……、スカートの後ろからTペーパーを風に靡かせる、通称天女の羽衣コーデ。あれは、小学生の時マネしたわあ……。」
「そうよね!アタイはね!あれをマネしたわ!……アンダースコートの中に、スカートの裾を挟む、着こなし。」「……あったわね……。懐かしいわ。」
「で?……アンタには、ああいったセンスがあるの?」急に真面目な顔になった振琴深海がカルキ様の目を見つめながら言う。
「………馬鹿にするな。」とカルキ様は、深海のガンつけにも怯まず、汚れた目で睨み返した。
「もう、時間がないわよ?カルキ様。」深海がそう言うのを聞き、カルキ様は慌てて壁の時計を見る。……あと5分……。
「そういうお前こそ、まだ何も選んでいないじゃないか!どうするつもりだ??」
「え?……アンタ何言ってるの?」と深海が答える。
「は?何言ってるって?……な、何が?」
「これが見えないの?」「は?」「これよ!」深海が体の前で指に何かを摘まむジェスチャーをして、ひらひらと何かを見せびらかした。
「……アンタ……もしかしてこれが見えないの?」
「…………。」
「これは、ファッションセンスのない人間には見えない服。え。まさか……ア、アンタ、もしかして、……この服が見えないほどセンスがないとか……え?嘘でしょ……。」
「…………。」
……こ、これは何の茶番よ……。裸の王様でしょ、これ……?え?なに?これで騙されて、私が裸で撮影にのぞむとでも………?お前は馬鹿なのか………?
「ほら、見てみなさい?この可愛い柄。そして、この手触り……。大人っぽいのにキュート。知的だけど小悪魔的。もう、めちゃくちゃかわいいわ~~。」
「……いいわよ、私に遠慮しないで着なさいな。」とカルキ様が言う。
「いいの?」「いいの、って何がよ?」「本当にいいの?」「は?」
「アンタにこれ以上のコーデのアイデアがあるの?」深海が愛おしそうに見えない服を腕にかけて、撫でながら言う。
「………。」
「名付けて『Naked Kingコーデ』。センスのない読者には見えないコーデよ。これ以上ミコ☆ポチらしいコーデはなくない?」
「………。」
「もう一度言うわ。アンタに、このNaked Kingコーデ以上のコーデを提案できるの?……あと3分で……。」
「クッ………。そ、それ、セットアップなの?……し、下着はどうなってるの?」
「あらら、アンタほんとに見えてないのね?……下着もセットよ。このコーデに含まれていないのは靴下と靴だけ。それだけは履かないとおかしいわよ。……後は全部、これに合わせないと、ね?」
「ふ、振琴深海……。お前、本気なのか……?」
「あと1分ね。さ、アタイはパーティションの向こうで着替えるわ。まあ、アンタも同じコーデにするんなら引き分けになるかしらね~。」深海はそう言うと簡易的な壁をずらして、中に身を隠してしまった。
「くそっ!」引き分け……?いや、差が出るとしたら靴下と靴の組み合わせ……。そして、あっちは生えているということだけ……。それが吉と出るか……凶と出るのか……。
ミコ☆ポチは、何よりコーデのコンセプトを大切にしている雑誌……。今回の乞食バンパイアのアイデアは……恐らく闇の煉獄コーデばりの先鋭的なもの……。あれに勝てるコーデはないのか??くそっ!時間がない!!
「はい!2人とも!時間でーーーす!」
ミコ☆ポチ編集部の記者がスタジオに戻ってくる。
「さあ!お二人さん!せーっので出てきてくださ~い。……せーっの!!」
パタン。
静かに出てきた2人の少女は、お互いの姿を確認し合う。
振琴深海はボロボロに破けたセーターを重ね着し、左右違う靴を履いて、髪をボサボサにしていた。
「浮浪者コーデです。いにしえの山姥ギャル味を加え、顔に日焼け風のドウランを塗ってます。」
真咲瑠香は、ラッシュガードと短パン型の水着の上から透明なレインコートを着ていて、「 水着なのに濡れたくない、ヌケ感、スケ感、あっけらかん!」と言って、ポッと顔を赤らめた。
「さすがに騙されなかったわね。」と深海が言う。
「えーーっと、……2人共……?なんですか?その格好は……?」
「「え?ダメですか?」」2人が同時に顔をこちらに向ける。
「ダメって言うか……。そもそも、あなた達のそれ、……かわいいと思ってるの?」と女性記者が言った。
「勝負はお預けですね……」と、こそっと小さな声で真咲瑠香が囁く。
「そうね、今日のところは勘弁してあげるわ。……覚えていやがれ。」
……その捨て台詞、負けた方が言うやつでは……。
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その夜、早見恋歌こと闇の煉獄ちゃんは、自宅で新作コーデのアイデアを考えていた……。
私は、大切なことを忘れていたような気がする……。なんだか……ずーーっと記憶喪失だったみたいだ。
机の上には最新号のミコ☆ポチが開かれていて、マネージャーから電話で聞いた内容を書き移したメモが乗せてあった。
『仕事依頼。ファッションバトル。(なにそれ?) やっぱりミコ☆ポチには煉獄ちゃんが必要。』
………。
…………。
私は闇の煉獄ちゃん……。闇を照らす地獄の焔……。にしても最近のミコ☆ポチ………
……つまんなさすぎ……。
次回、『爆誕!冬の新作コーデ』




