井99 生け贄
『今日は、今年初めての雪が降るかもしれない。』
そんな予報が世間を賑わしている、12月のある日。
普通は誰も着ないであろう、尖った襟付きのマント風コートを肩に羽織って、
パンプロアイドル振琴深海は、都内某所の撮影スタジオへ向かっていた。
かつての彼女のファッションリーダー、闇の煉獄ちゃんこと、早見恋歌の教えを守って、
深海は人目を気にせず、好きな格好をすることを信条にしていた。
嫌でも目立つ高長身に、縦ロールのツインテールの髪型。真っ白な肌に真っ赤な口紅を塗り、自分がアイドルであることを隠さず、振琴深海は街を闊歩する。
パンプロの売り出し方とは異なるこのプライベート管理方法は、社長、雨宮世奈から何度も注意を受けていたが、
深海は気にせず我流を押し通し続けていた。
ただ、そのやり方が功を奏したのか、彼女を支持している層は、女子小学生が9割。女子中学生が1割、といったところで、
パンプロアイドルとしての彼女は、最近、如月ひみこが取りきれていない層のファンを取り込むことにも成功していた。
また、害悪なパンドリアンがつかない振琴深海は、比較的自由に、移動時間を過ごすことが出来ることも強みで、こうやって素顔で外を出歩いたとしても、迷惑な無断撮影やサイン攻めに晒されることが少なかった。
……今日は、まさかのミコ☆ポチの取材のお仕事。
小学生の頃、彼女の憧れであった、女子小中学生のライフスタイルファッション雑誌……ミコ☆ポチ。最近はかつての影響力を失い、低迷が続いている為、廃刊の危機に晒されているとも聞く。
アイドルのブランド価値を損なう可能性を危惧し、如月ひみこ級のパンドルは社長が取材を断っているとも聞いていた。
とは言え、深海にとってこれは嬉しい仕事であり、なんのかんの言って、待ちに待った依頼でもあった。
……アタイが、ミコ☆ポチを立て直してやる……というのは、少しおこがましいが、深海にとっては、それは、あながち本音から遠い話でもなかった。
最近、ひょんなことから仲良く(?)なった、闇の煉獄ちゃんと共に、ミコ☆ポチの全盛期の栄光を取り戻そう……。そんな夢のようなことを深海は夢想し、
……ク、ク、ク………と一人で笑っていた。
それに、今日の仕事には、もう一つの大きな目的があったのだ。
今回の取材は、新進気鋭の女子中学生モデル兼俳優、真咲瑠香も呼ばれているのだ。
深海自身も、最近人気急上昇中のJCアイドルであり、
流行りのファッションについての対談と写真撮影がセットになった、この依頼は、
サリー・ホッパーの舞台から離れて、真咲瑠香と接触できる絶好のチャンスでもあった。
……あれから早見恋歌は、舞台の稽古に戻ってきていない。
そして、彼女の言う『カルキ様』には、『如月ひみこを取り込む代わりに、振琴深海を仲間にすることに成功した』という嘘の報告を入れ、
近々アタイからカルキ様に謁見するよう指示をした、という設定になっている。
……そして、その日が今日というわけだ。
振琴深海は、カルキ様の件については、まだ半信半疑ではあったが、
……ミコ☆ポチ復活のミッションには欠かせないキーパーソン、闇の煉獄ちゃんの為にも、真咲瑠香との対決は、避けては通れないことと考えていて、……それはまさに自分が適任であると考えているのだった……。
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「お二人はまさにミコ☆ポチ世代だと思いますが、……この雑誌の思い出なんかを聞かせていただけますと、……この対談のスタートには丁度よい話題なのではないのかと思います。そこから、今のミコ☆ポチ、そして未来のミコ☆ポチについて語っていただき、それぞれのファッションへのこだわりなんかも絡めて、話していだけますと……、そのまま写真撮影にもスムーズに移行できるかと思います。」
デニムのパンツを履いた、ストレートヘアーの女性記者が、少し色の入った眼鏡を、くいっと上げながら言う。
「写真撮影が先じゃないんですね?」と深海が言い、
「ええ、珍しいですね。でも、私、先に色々お喋りした後の方が、撮影も調子よく出来るかもしれないから、嬉しいです!」と真咲瑠香が言った。
「ええ。そう言ってもらえると助かります。……撮影の順番に関しては、完全にうちの都合でして…。ご迷惑をおかけします。」
「気になさらないでください。」と瑠香がニコッと笑う。
「そうね。アタイも御社の雑誌に関しては色々と思うところがあって……、どっちかって言うと撮影よりもそっちがメインになりそうです。」と言って「で、すぐにでも始めますか?」と瑠香の顔を見つめた。
すると真咲瑠香は「ええ。私はいつでも大丈夫ですよ?」と言って、頭を斜めに傾けて微笑んだ。
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今日の真咲瑠香は、黒いワンピに白いセーラ襟を付けた服を着ていて、足には踵のある黒い紐靴を履いていた。
いつものクレオパトラ風のパッツン前髪は、ルーラ・ローラのイメージに合わせたものなので、今回の取材では、両方のこめかみから白いエクステで作った編み込みを垂らしていて、いつもと印象を変えてきていた。
……まあ、アレね。清純系ってやつね。て言うか清貧系?……このカラーコーデって、まんま修道女よね。その被り物みたいな形の黒髪に付けた白いエクステは……ウィンプルのつもりでしょ……。はいはい、胸に十字架も付けてますね。
それアタイの苦手を意識してのコーデよね。……なかなかやるわね。でもこの感じだと、アタイとこの子、バンパイアと修道女で、どっちかって言うと、世界観合わせたお揃いコーデになっちゃってない?ペアルックに近いダサさがあるわ………。
でも、早見恋歌の話を聞いた感じ、この子も、闇の煉獄チルドレンよね、多分。だってそうじゃなかったら、ちょっかい出してくるわけないもの。
……煉獄ちゃん…、アンタもっと自信持ちなさいよ……。アンタの影響力、自分で思っている以上に凄いから………。
「ミコ☆ポチの思い出と言えば……、やっぱりFuっション♡ちぇっckコーナーですよね?」と真咲瑠香が顔の前でウフッと手を合わせながら言う。
……来たわね。ここは一発カマをかけてみましょうかね。
「Fuっション♡ちぇっckと言えば、闇の煉獄ちゃんよね?アンタもあの子に影響されたクチ?」
深海の問いかけに、真咲瑠香の頬がピクッと引き攣る。「え、ええ。やっぱり、それなりに?あの頃の煉獄ちゃんはみんなの憧れでしたものね~」と言いオホホホ……と笑う。
「アンタ、ひょっとして……、今の自分は闇の煉獄ちゃんに勝ってるとか思ってない?」
「え?ど、どうしてそんな…………。」
「あら、図星みたいね?……言っとくけどね……、アンタごときじゃ、ひみこ姐さんはおろか、闇の煉獄ちゃんの足元にも及ばないわ……。スカウトされたわけでもない、ぽっと出のJCモデルの分際で……身の程をわきまえなさいよ?」
「ちょ、ちょっと、振琴さん?!仲良くね??」と進行役の女性記者が割って入ってくる。
黙って俯いている真咲瑠香を見て、慌てて彼女が言葉を続ける。「え、え~っと、瑠香ちゃん?あなた、如月ひみこちゃんが好きなのかしら?」
「は、はい。ひみこちゃんも大好きです。」顔を上げた瑠香が、ニッコリと微笑みながら答える。
「ひみこ姐さんはね、アンタがどうにか出来るようなアイドルじゃないわよ?ミコ☆ポチレベルじゃ、あの人は量れないわよ?」「ちょ、振琴さん?!それ、弊社への悪口になってませんか??」
「だいたいね、ミコ☆ポチもミコポチよ。こいつレベルのモデルを載せようなんて、……地に堕ちたものね?ミコ☆ポチの全盛期を知る私としては……あ~悲しいわ!」
「……ごめんなさい……私なんかがでしゃばってしまって……。でもせっかく呼んでいただいたので、撮影は精一杯頑張らせてもらいます……。」と瑠香が目に涙を溜めながら健気に言うと、「いいのよ、いいのよ、瑠香ちゃん?あなたも充分可愛いわよ!……ほら振琴さん??後輩を虐めちゃダメじゃない!」と女性記者が深海のことをたしなめた。
「はい、はい。とにかくね、今のミコ☆ポチはダメね。私が呼ばれてる時点で、ちょっと怪しい気もしてたのよね……で、アンタと実際会ってみて思ったんだけど……正直言って、今からやるFuっション♡バトル、アンタ、私にも勝てないでしょ?」
「いつからバトルになったんですか?!」と、汗をかきながら女性記者が叫ぶ。
「さっき、未来のミコ☆ポチの話をしてくれって、言いましたよね?」と深海も負けじと大きな声で叫ぶ。「アタイが御社の看板雑誌の未来を救う、人気企画のアイデアを提供してあげましょうか??」
……なに?ちょっと面白そうなんですけど……。と、女性記者が身を乗り出して深海の方に体を向ける。……古琴さん、尖ってていいわね………。今回の記事、炎上がてらにマジでバズるかも……17万バルスくらい欲しいわあ……。人がゴミのように落ちるくらい……。
深海は真咲瑠香の存在をいっさい無視するように、彼女には全く目を向けず、「…ミコ☆ポチさんがストックしている服、それこそ、もう流行りの終わったやつも含む、死に在庫全部から、……アタイとこの子に服を選ばせて、……どっちがセンスのいいコーデを作れるか勝負するのよ!もちろん、それを着るのは私達自身!
評価は読者投票に委ねるの。バズれば不良在庫処分も兼ねて一石二鳥!!読者側にしてみれば、今後の流行と、新しいファッションリーダーを、自分達で選んでいる風に思えるし、これ、絶対、夢中になるはずよ!!」と早口で捲し立てていった。
「ほ、ほ~ん。なるへそ………。」と、女性記者は自分の顎を擦りながら「面白いわね……」と言うと、早速スマホで連絡を取り始めた。
数分後、
「オッケーが出たわ!今日の撮影はそれでいきます!」と言って「瑠香ちゃんのマネージャーからもオッケーが出たわ。………じゃあ、さっそく善は急げね、スタジオに向かいましょう。」と女性記者は言った。
……先にスタッフが部屋を出たことを確認すると、振琴深海は立ち上がり、まだ座ったままの真咲瑠香の横に立った。
「アンタさ?アタイが門下に下ったとでも思ってた?とんだ勘違いよ。……あと、アンタの話はね、だいたいは早見恋歌から聞いているわ。
……カルキ様だっけ……?
アンタのショポい攻撃はね……、耐性のあるアタイの前では全て無効化されっから、そこんとこヨロシク。
……さあ、JCモデルらしく、実力で勝負といきましょうか?……どっちがセンスがあるか、……それで白黒つけましょ?いいわよね?」
深海がそう言うと、真咲瑠香は一瞬、瞼を閉じ、…次に目を開けると、
瞳に濁った色を混ぜながら「笑わせるな。」と一言だけ言い、すぐに柔和な表情に戻って「さ、私達も行きましょ?」と言った。
次回、『異能者バトル』




