井98 パジャマで濃い~話
見たこともない絢爛豪華な食事に舌鼓を打ち、その後は衣装部屋でディーヴァの衣装を代わる代わる交換し合い、
ウォークインクローゼットの、滑らかな肌触りの洋服の間をすり抜け、クスクス、ケラケラと笑い合い、写真を撮り合い、
抱き合ったり、叩き合ったりして、……2人の少女達は、再び汗をかき、熱い腕にお互いの汗の冷たさを感じながら、身体を寄せ合い、
……幼い子供のように肩を並べて一冊の本を読んでいた。
『永久のディーヴァ 公式設定資料集 ~アイドル誕生編~』
「このコーデ好きだった!」「わかる!可愛かったよね!マリオネットの聖衣の中で一番好きかも。」「あ、これ見て!ボツになったこの衣装、暗黒世界編のきのちゃんのスパイラルドレッシーコーデに使われたんじゃない?」「……そうかも。今まで気付かなかった。」
「なんか、また汗かいちゃったね……。」
宍戸さやかが、困ったような顔をして笑いながら言う。
「もう一回お風呂入ろうか?……あのね、さっきの大浴場とは別なお風呂があるの。今度はそっちに入らない?」
「えー、もういいよ、わたしはシャワーでいいかな?」と、赤城衣埜莉が本から顔を上げずに答えた。
「じゃ、シャワーにしましょ!」とさやかは言い、「行きましょ」と衣埜莉の二の腕を引っ張った。
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「…………。」
「で?どうして、宍戸さんも一緒じゃないといけないの?」
宍戸家のダンススタジオ内に備え付けられた、シャワー付きのロッカールームに、2人のは並んで座り、「えーっと……、一人ずつ浴びない?」と衣埜莉が言った。
「どうしてよ?せっかくのお泊まり会でしょ?一緒に浴びましょうよ?」
「でも、ここ、ちょっと狭くない……?」
「そうよ?うちでシャワーって言ったらここだからね。いいじゃない?一緒にくっついて浴びましょ?なんなら、わたし、洗ってあげるわよ?」
「じゃ、じゃあ、わたし、浴びなくていいかな……」と衣埜莉が立ち上がろうとする。
「ダメよ。今日は一緒のベッドで寝るんだから!」「……え………?」
「お、お泊まりって……一緒のベッドなの……?」「勿論そうよ?でも安心して、大きいから。そして天蓋付きよ!」「そ、それは凄いわね……。」
「赤城さん?わたしね、あなたが気に入っちゃったの。なんならずーーっとここに居てくれてもいいくらい!うふふ、一生養ってあげてもいいのよ?全部お世話してあげる。わたしね?赤城さんみたいな女の子のきょうだいが、ずーーっと欲しかったんだ!」
「あははは……。」と衣埜莉は笑いながら視線をさ迷わせ、逃げ場を探すように左右を見た。
「えーっと、やっぱ、今日は帰ろっかなあ……なんて。」衣埜莉がぎこちなく笑いながら言う。
「は?」……さやかの表情が急に暗くなる。
「あ、いや、なんかさ、シアターとかご飯とかお風呂とか色々、……過剰というか、申し訳ないというか……わたし、もう充分楽しませてもらったし……アハハハ。」
「……そ。じゃあ、今すぐ全部脱いで。」
「え?は、はいぃ?!」
「聞こえなかった?今すぐ、全部脱いで。あなたが着てるそれ、全部わたしのだから。ほら、早く。」
「し、宍戸さん??じょ、冗談だよね?」衣埜莉は笑ったが、さやかの顔を見て徐々に真顔に戻っていく。
「え?マジ……です……か?」
「じゃ、じゃあ……先にわたしの服、返してよ……。」と、衣埜莉がぽつりと言う。
すると、さやかが「アハハハ、冗談だよ?え?驚いた?」と言って、衣埜莉の肩に抱き付いた。「え?そうなの?そ、そうだよね?あははは……」と衣埜莉は言い、ホッとして、思わず、さやかの体を抱き返していた。
さやかは「いい匂い……」と言って、「いいよ、赤城さん。赤城さんは別にシャワーを浴びなくても大丈夫。すぐにパジャマを用意させるから、2人でそれに着替えようか?」と言った。
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9時を過ぎ、さやかと衣埜莉は、女中が用意した、お揃いのパジャマに着替え、大人用みたいに大きなさやかのベッドに、仲良く並んで入っていた。
……なんか宍戸さんにうまく丸め込まれたような気がしないではないけど……ま、いっか。
楽しいし……。
「可愛いパジャマだね」と衣埜莉が言う。「星がジェネシスっぽいでしょ?丁度いいから今夜はこれを選んだのよ。」とさやかが言いながら体を寄せてくる。
「お布団もフワフワだね。」「うふっ、天然のウールよ。雲みたいでしょ?」「わたし、貧乏性なのか、重たい布団が良かったりするんだよね。」衣埜莉がそう言うと、
「それなら!」と、さやかが衣埜莉の体にのしかかってきて、「押し潰してやる~」と言って、2人はケラケラと笑った。
「……さ!今夜は朝までディーヴァトークするわよ!」と、体を離したさやかが言う。
「うん!望むところよ!」と衣埜莉が返事し、「ねえ、あの話知ってる?」と急に、怖い話をするテンションで、声のトーンを落とした。
「……メランフォビア戦の噂……。」
「え?もちろん知ってるわよ。」と、さやかも低い声で答える。
「あの回には、本当はツーバージョンあるって噂……。」
「都市伝説だとは思うけどね?だって現にわたし、リアタイしてるし。」と、さやかが言う。
「……わたしもリアタイしてる。でもね?この噂って……その時の記憶が、後からDVD で見た別バージョンの物に上書きされているっていう話なわけでしょ?」
「まあ、それは普通にあるんだと思うわ。BOXセットになった時に放送時より作画を綺麗に修正したり、当時では大丈夫だったことが
コンプラ的にダメになって訂正されたり……。」
「アセクサ、電気を消して!」かけ声で、部屋の電気を消したさやかが、暗闇の中で真剣な表情をする。
……結局、わたし、汗臭いの……?と、衣埜莉は、さやかに気付かれないように、自分の肩辺りの臭いを嗅ぎ、う~ん、わかんない!と思った。
「ま、まあ、それでね?……メランフォビア戦の話の次って、いったんテレビ放映が中止になって延期されたのよね?」と衣埜莉が言い、「まだわたし、小さかったし、後でネットで見た情報だけどね……。」と付け加える。
「そうなのよね……。わたしもそこらへん記憶が曖昧なんだけどね。……あれって第2の惚ケ門事件て騒がれたのよね。」
「光過敏性発作よね。……ディーヴァでも、何か似たような事件が起こったらしいのよね……でも、宍戸さんはそれについて何か覚えてる?」
「う~ん、わたしも考えたことあるんだけど、覚えてないのよねえ……B-rayで見た限り、そういう演出はないしね……。」
「宍戸さんもやっぱりそうなのね……。もしかしたら、宍戸さんなら何か覚えているんじゃないかなあ、って思ったんだけど……残念。」
「あ、でも………なんかあの頃、わたしお医者さんか、セミナー?なんかのキャンプ?……わかんないけど、何かに参加してたような気がする……気のせいかな?」とさやかが、こめかみを揉みながら、顔をしかめて言う。
「あれ?……そう言われてみると、ディーヴァが放映中止になってた半年くらい、……わたしもなんか電車でどこかの駅の塾みたいなところに通っていたような……?なんで、こんなに記憶がはっきりしないんだろ?う~ん?」
と言って、衣埜莉は布団の中で、もぞもぞと動きながら、しきりに寝返りをうった。
…………それから2人は、新作映画のストーリーの予測に話題を移し、夜中の1時まで、白熱した議論を戦わせた。
やがて、疲れ果てた2人の少女は眠りに落ち……繋いでいた手を放し、……お互いの夢の中へ静かに落下していた…………。
……………伝説のメランフォビア回。
……あまりに激しい演出と、地上波の枠を越えたストーリー展開で、無垢な少女を恐怖に陥れ、
軽い記憶障害と共に、
……翌朝の全国の少女達のお布団を汚させたトラウマ回。
その症状から、被害者の家庭は、あまり表立って声を上げることはなく、ただ粛々と心のケアが続けられ、やがて多くの少女達は成長と共に回復したことにより、問題は自然消滅したと考えられていた。
そして待ちに待った放送再開。
蓋を開けてみれば、全編JCジャパン(情報広告機構)的な演出で、JS達も困惑。その平和な展開が逆に不気味だと評価された第三期後半戦。
今では正規で放送時のメランフォビア回を見る手立てはなく、
まあ、きっと宍戸さやかや赤城衣埜莉のチャイルドロックが解かれた暁には、
海外の違法アップロードされた動画であれば試聴することが出来るであろう。だが、その手段は、原理主義者である彼女らには向かないと思われる。あるいは、2人の財力であれば、画質の良い当時の録画を入手出来るかもしれないが………。
………………「聖愛ちゃん!!逃げて!!」
身動きが取れないまま頭の上から聖液をかけられたマリオネットは、絶叫した。
頭部が異様に肥大した、羽のない蝿の姿をした破壊神達が、
ゆっくりと彼女の脚を、湿り気を帯びながら這い上がってくる気配を感じて、え?こ、これって、まさか??わたし、さ、さ、産卵される……!?うそでしょ??うそ?やめて?やめて?いや!!いやよ!た、助けて……ママ?!いやだよ!助けて!ディディ!!と、心の中で叫んだ。いまやマリオネットの口は、成長し続ける粘り気のある糸に覆われて、声を出すことが出来なくなっていた。
ラビリンスは、意識を失って倒れたまま、ドレスの背中をぱっくりと開けて、そこに無数の蕁麻疹を発生させていた。これは、メランフォビアを倒さない限り消えない毒。一度、脳を冒されてしまうと痴呆症の人間と同じ症状を発症し、残りの人生を介護されて暮らすことになる猛毒だった。
運命転換を完全に解かれたジェネシスは、震える両手にレーヴァテインステッキを握りながら、
その先端を巨大な蜘蛛に向け「世界樹の名において!!……わ、わ、わたしは………おまえを……や、やみに、ほ、ほふる!!」と叫んだ。「わたしは、せかいを、……そうせ、ぃ……」そこまで言いかけた蒼井聖愛は…熱い恐怖を、みるみるうちにスカートの前側にひろげていき、それは、ガタガタと膝をぶつけながら左右に揺れる脚を伝わって、情けなく地面に垂れ落ちていった。
キィィぃぃぃぃぃぃ………!!
聖愛の足元に溜まっていくものに反応して、メランフォビアは吸い寄せられたように、その頭部を下げ、
4つに割れた口の先から管になった口吻を投げ出し、
聖愛の足元の水溜まりにそれを浸すと、ジュルジュルジュル……と吸い上げ始めた。
「ひぃっ………!」聖愛は急いでスカートの下に片手を入れ、いまだ流れ続ける自分の恐怖で手を濡らしながら、汚れた布を掴んだ。
聖愛は脚をもつれさせながら必死にそれを剥ぎ取ると、水色と白のストライプの布と、重ね履きをしていた黒い布を一纏めにして、メランフォビアの後方に投げつけた。
巨大な蜘蛛は、ぐぐっと首を上げ、その布が落ちた地面の方に向かう。
「ネクロン!!」
聖愛はようやく声を振り絞って召喚獣を呼び、「マリオネットを助けて!」と叫ぶと、いまだ足元に恐怖を飛び散らせながらも、そのまま跳躍し、崖に脚が引っ掛かってぶら下がっているテディベアのディディの体を引き抜くと、力の限り遠くへ投げた。
黒猫のネクロンは翼を広げて滑空し、マリオネットの側に着地すると、爪と口を使って彼女を拘束する糸を切り裂いていく。
動けるようになったマリオネットが「ジェネシス!!逃げて!」と絶叫すると、
聖愛は「先にラビリンスを!!」と叫び、レーヴァテインステッキを水平に構えたまま、メランフォビアに向かって走り出した。
聖愛は走りながら目を閉じ、精神を集中した。
恐怖をコントロールしろ………!!
タタタタタタタタ……………
コントロールしろ………!
目を閉じたままで、聖愛はジグザグに走りながらメランフォビアに突進していった。
左右の地面に蜘蛛の黒い糸が何度も着弾し、ギリギリのところで聖愛はよけながら、走っていく。
いちかばちか!!
振り上げられたメランフォビアの前肢が直角になったタイミングで……、
聖愛はそこを踏み台にして、高跳びのように宙に舞った。
……時間がスローモーションのように流れる中、聖愛はスカートを捲り上げさせると、閉じていた(ま(な)こ)を開いて、一気に抑えていた恐怖をメランフォビアの頭上で解放した。
放射状になって、キラキラとした飛沫が、空中から降り注ぎ、そのまま聖愛はメランフォビアの頭部に掴まると、複眼にまたがり、少し腰を浮かせながら彼女の恐怖そのものを、今度は自分の意思で勢いよく浴びせた。
驚いたフォビアが奇声を発しながらのたうつ。
もう一度!!お願い!届いて!と聖愛は祈り、しゃがみ込んだ身体の下に、方向の定まらない恐怖を前後に飛び散らせながら「運命転換!」と叫んでレーヴァテインステッキを空に掲げた。
***************
明け方………。
さやかと衣埜莉は、ほとんど同時に目を覚まし、2人共、違和感を感じて上体を起こした。
「え?」
ガバッと掛布団を剥がした少女達が目にしたのは……、お互いがパジャマの下を胸近くまで濡らしてる姿と、
シーツに広がった大きな染みだった。
「え?え?え?」
衣埜莉は、もう間違いようのない臭いを感じ、「え?」と、もう一度言った。
さやかは黙ったまま、自分のパジャマを見つめている。
「し、宍戸さん……、どうしよう……」と、衣埜莉が泣きそうな顔をして言うと、
さやかは「……衣埜莉ちゃん。」と言って、濡れたパジャマをくっつけるようにして、肩を抱き寄せた。「わたしたち……もうお友達だよ。これからは、わたしのこと、さやか、って呼んでいいからね。」と言い、「他の人に見られないうちに、今ここでお着替えしちゃいましょ。」と言って、
……呆然とした様子の衣埜莉のパジャマのボタンをゆっくりと一つずつ外し始めた。
それと同時に自分のボタンも外していき、「これは絶対に2人だけのヒミツだね……」と言うと、皮膚の上からでもわかるくらいに激しく鼓動した胸を露にして、
さやかは無抵抗の友達の汚れたパジャマを少しずつ脱がしていった。
そして2人は、濡れたベッドの上で、肌色の赤ん坊になり、向かい合わせに正座すると、さやかがティッシュを使って衣埜莉の身体を拭き始め……、
やがて、耳を赤くした衣埜莉も、ためらいがちにティッシュを手に取って、さやかの身体を拭き始めるのだった。
次回、『生け贄』




