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第8話 『ひふみ よいむなや こともちろらね』

8話から一話一括で上げていきます。それに伴い、投稿間隔も二日おきくらいに改めます。


何度もUP間違えそうになったのと、話を中途半端に分割するのにだんだん嫌気がさしてまいりました……


以後、よろしくお願いします。

「それで、どうだった?」

 久々に休日にひふみとハルカがお出かけをするという事で、家から三十分ほど行った所にある隠れ家的なカフェにやって来ていた。

 車の中では落ち着かないからと話題にするのを避けていたひふみも、店に着くなり開口一番そう尋ねてくるハルカを誤魔化せないと観念して話し始めた。

「まあ、啓ちゃん昔のまんまだったよ……って言ってもあまり印象残ってなかったけど、会ったら『あーあーそんな感じだったわあ』って言いたくなるような」

「なんかお調子者で、みか姉ちゃんにしょっちゅうちょっかい出してたのしか覚えてない」

「ああそれ、昔みか姉ちゃんの事好きだったからだって」

「おおぅ……てかそれ顔合わせの時に言う?一応結婚前提で会ってるんでしょ?」

「まあその件は……話題に困ってみか姉ちゃんの話振ったの私だったし、話の流れでそういう話が出てきたから何とも言えない……」

「あー……共通の話題あるようでないし、しょうがないか」

「それで文殊原の『くすのきの郷』で会って来たんだけどさ」

「まあ、この近辺で言ったら無難よね。隣の字に住んでるのに市内まで行くのもなんだし」

「おかみさん、温泉浸かってゆっくりして来いってホテルの部屋まで取っててねえ」

 ちょうど注文の蕎麦ガレットが来たので会話は一旦途切れる。


 二人ともその合いの手が非常にありがたい感じだった。ひふみは何とも伝えにくいし、ハルカは大きな声を出しそうだったのを堪えて、冷静になる事が出来たからだ。

「いやあ、おかみさん……なんで?」

「純粋にお風呂気持ちいいから入って来いって意味だったらしいんだ。お昼寝すればいいしとか……」

「いや、小学生のお泊まりじゃないんだから、若い男女にホテルのカギ渡す仲人ってなんなん?」

「ほら、おかみさんちょっとぶっ飛んでる所あるから、善意だと思うよ…………たぶん」

 そう願いたいとハルカも思う。

 最初三人でレストランに入り、コーヒーを飲みながら談笑し、後は若い二人でと言った去り際に『温泉入ってゆっくり休んで行きんさい』と言いつつ越智啓吾に鍵を渡して去って行ったそうで、啓吾も渡されて対処に困り呆然としていたらしい。

 その後二人でご飯を食べたそうだが、お互い大した恋愛経験も無い事がわかり、地元の話で辛うじて話題を繋ぎつつ、気まずい沈黙を作らないように必死だったとのこと。


「いやもう、この苦行なんだろって思った」

「まあそうだろうね。私同じ境遇だったらご飯食べて爽やかにお別れして二度と会わない」

「あ、そうなんだ……」

 そりゃそうでしょと話を継ごうとしてハルカは思い留まる。

 今ひふみはどうして『そうだよね』とかいった同意の言葉を言わなかったのかと考えた。

「あのー。ひふみん?」

「なんでしょうハルカさん」

「つかぬことを聞くけどさ、そのお部屋使ったの?」

「……うん、まあ……」

「温泉入りたかったから?」

「それもあるし、地元にいてどんなとこか知らなかったから、ちょっと興味出て来ちゃって……」

「ええとね、若い男女が合意の上で同じホテルのお部屋に入ったってことだよね?」

「うん、泊まった……」


 ハルカは水滴のついたグラスのお冷をグイっとあおって気を落ち着かせる。

 かなりヤバ目の悪戯をして家に戻った子供が、玄関に仁王立ちになった母親に(にら)まれているかのようなしおらしい親友がそこにいた。

 とはいえ見た感じ満更でもない感じで、啓吾もさすがにソファで寝て一緒のベットで朝まで過ごした訳ではないようだし……いや啓吾も節度を持って我慢したのだろう。というかいきなり一晩ホテルで明かしてビビったか……ぐるぐる思考が廻る中、ハルカはそう結論付けた。

「なんつか、展開早すぎじゃない?」

「あははは、やっぱそう思うよね?」

「平成最後の撃墜王が滑走路で撃墜されてるし」

「その綽名やめてよ、私悪人みたいじゃんか」

 不本意だと言いたげにひふみが頬を膨らますと、ハルカも先ほどまでの衝撃の連続からようやく立ち直り、ニコニコしながら不機嫌な親友を眺める。


「んで、お邪魔虫の啓ちゃん自体はどうだったの?」

「うーん、なんか一緒に居て無理せずに済みそうだったから、良いかもって思った」

「ひふみんの見た目に惑わされなかったか」

「ハルちゃんが何言ってるか分かんないけど、お互い昔の印象ってあるでしょ?」

「まあねえ」

「だから、変に気取ったり自分を飾ったりはなかったと思うよ。やってもすぐバレちゃうし」

「そういう意味だと昔の知り合いって誤魔化し利かないよねえ」

「うんそう。だからお互い何というか、ゆっくりどんな人だったっけなあ?普段何見てたっけなあとか考えながら会えたと思う」

「ふうん、それはたしかにひふみん向きな出会い方だね」

「まあまだ次いつ会うかとか決めてないし、そういう所はゆっくり見て行けたら良いなって思ってる」

「そっか、まあ、ひふみんも満更でもなさそうだし、上手くいけばいいなって思ったよ」

「ありがと」


 そんな話をしながら二人ともナイフもフォークも止まっていない。ハルカも最近彼氏の穴太(あのう)慶彦(よしひこ)とのデートにかまけてやや放置気味だったひふみから少々小言を言われ、謝りつつも隙あらば惚気ていた。

「それで、慶彦君と結婚いつ?」

「気、早くない?」

「いやあ、いい雰囲気だし、お互いその気もあるようだし、別に良いんじゃないの?」

「慶くんはどうなんだろうって思っててさあ……」

「お、という事はハルちゃんは考えてもいいと?」

「まあ、そうなるかなあ?」

 その後ひふみはハルカから一つ下の慶彦君の貯金の無さを嘆かれる。

 なんでも神楽関係で自腹を切ったり、就職四年目でようやく貯金できるかと思ったら彼女が出来て浮かれていたために、結構厳しい状態になってしまったらしい。

 ハルカもようやく現場を任される様になって大工としても安定しはじめた。けれどもそれなりに貯めている貯金は、仕事で出費があるかもしれないので簡単に手を付けられない。

 将来を考えようにも先立つものが……というのが目下の悩みなのだとか。

 そんな事もありながら交際は順調なようで、ひふみは仕返しとばかりに食後のコーヒーを飲みながら、ハルカの惚気から失敗談を引き出してはからかって遊んで過ごした。


 ひふみと越智(おち)啓吾とのお付き合いがスタートして一か月が過ぎた。

 あれから二度ほど二人は一緒に出掛けたりしている。お互いの事を徐々に話して理解していたが、先日のデート以降ひふみはふと物思いに沈む事が増えていた。

「マリッジブルーかねひふみさんや?」

「いやいやそんな高いハードルずっと先ですってハルカさん」

「んじゃ何?」

 いつも通り亀屋あさひ堂にやって来たハルカは、どことなく話を聞いて欲しそうなひふみに軽口を叩きつつ、言い出す言葉を待つ。


「ハルちゃんは連休どこか行く?」

「んー、日帰りで出雲大社行くくらいかなあ?」

「いやあそこ縁結びの神様でしょ?彼氏増やしたいの?」

「いや一人で十分。親方と千歳さんが復縁しますようにお祈り行く」

「ああそっちか」

「まあそれは目的半分だけど、慶くん結構神社好きで、あちこち一緒に行きたいんだってさ」

「まあごちそうさま。あといい加減千歳さん帰ってくるといいね」

「一人暮らしの気楽さ覚えちゃったらしいからなあ……年四回くらい親方が北陸行くの恒例行事になりつつあるという」

「千歳さんも別れないんだから、まだ愛想尽きた訳では無いんだろうねえ」

「まあね。あとは最近身なりと健康に気を付けるようになった親方次第かな。それで?付き合いたてホヤホヤのひふみんはどこか行くの?」

「海の方行こうかなって話はしてるよ。啓吾さんゆっくり見た事無いからって。そういえば私もそうだなって思ったから、ドライブか何かになりそうだなって思う」

「そっか、ゆっくり話せそうだしいいかもね」

「あと……」

「ん?」

「啓吾さんの、おばあちゃんに会いに行くかも」

「なしてまたおばあちゃん?」

 少し言いにくそうにハルカの疑問に答えるひふみの言葉は、やはりどこか沈み込むような重さを含めたものに聞こえた。


 そもそもの話、どうして啓吾が実家で暮らしていて、今迄嫁取りなどの話が無かったのかという事がある。

 同年代は卒業すると殆ど町から出たり、まだ交通の便の良い小原に住んでいたりする。家業を継いだり実家住みになるものはごく僅か。それが山間部の小さな町の現実だ。

 実際啓吾も専門学校を出た後は県外に就職していたそうだ。

しかしそんな中、働き始めて一年しないうちに祖母が痴呆症になった。

 実家の家族も終日介護をする事は難しく、そうなるとやむなく施設に入ってもらおうかという話になる。けれども近在の施設に空きが見つからず、仕方なしに家を出ていた啓吾に帰ってくるように懇願された。


 とりあえず話し合いをという事で帰ってきた実家で、介護に疲れて持病を悪化させつつある祖父と、自分が誰か判らずお客さん扱いする祖母、疲れ切って血色の悪い両親を見て家に帰る事を即決した。

「啓吾さんおばあちゃん子だったから、ボケちゃったおばあちゃん見て衝撃だったって」

「そっかあ……」

 自分の事ではないけれど、いずれ来るかもしれない未来を想像して、ハルカも神妙な顔になる。


 何より辛かったのは、祖母はいわゆるまだら認知症というもので、正常な時とそうでない時があり、正常な時は普通に会話もできるし記憶も確かだったのだそうだ。

 そのため正常でない時の自分の言った事や行動が最初は信じられず、それを認識するようになると、今度は家族に対する罪悪感で苦しんでいたのだという。

 啓吾は時に泣きながら家族に謝罪を繰り返す祖母を六年間見てきた。

 祖母の症状が徐々に進み、まともでいられる時間が減る中、時折小原の美容室のヘルプで働きながら、祖母の面倒を一番見ていたらしい。


 ようやく施設の空きが出来て、祖母が特別養護老人ホームに入ったのは今年の一月。

 施設に入り、別れる時の祖母の『今までありがとうね』という言葉が別れの挨拶のようで、啓吾はこのまままた一人で暮らし始める気にはなれなかった。せめて息を引き取るその日まで、時折様子を見に行って過ごしたい――――

 そんな話を先日のデートの時、啓吾は語ったのだそうだ。

 ハルカは付き合い始めの一か月でする話かと思う反面、このまま行くと最後まで見取るつもりだったと感じる啓吾の行動に感心もしていた。


 介護の話は誰も逃れる事の出来ない課題であると同時に、自分の力で暮らせなくなった高齢者がその後辿(たど)る様々な道を思うと、身に詰まされる思いがよぎる。

 施設に入りそのまま寂しく息を引き取る人、子供の家や子供の家の近くの施設に行って町を離れる人、入院先の病院で息を引き取る人、自宅である日突然息を引き取る人……ハルカも実際に目の当たりにし、色々な人の話を聞き、そんな現実を知って来ていた。

 人それぞれであり、誰が幸せで不幸かとは一概に言えない。

 この町のような山間部は施設の数が少なく、やむを得ず家族が介護をするうち崩壊する家もあったし、頑なに介護を拒み死んでいく人もいた。

 介護を続ける意思のある孫と、子供たちに迷惑を掛けたくないと願う祖母。今回の場合は、お互いにとってまだ良い方の結果となったのだろうとハルカは思う。


「その話を聞いててね、私もおばあちゃんに会いたいって言ったの」

「……」

 話の内容からそこでどうして会いたいと言えるのか、ひふみの言葉にハルカは耳を疑う。長い付き合いだけに、興味本位でも社交辞令でもないと知っているからだ。

「何でまた?会うって啓ちゃんの彼女って言いに行くって事?」

「ええとねえ、結婚相手ですって……言うつもりで……」

「いやいや、プロポーズすっ飛ばしてそれは……」

「いやそれが、この前のデートでさ、おばあちゃんの話の後実は……」

「展開早すぎ!」

 ハルカは今度はさすがに我慢できずに大声を出してしまった。

 その声にびっくりしたおかみさんと社長さんが店の方にやって来て、商品の電話注文対応並みの素っ気なさで、ひふみからプロポーズを受けた事を報告される事となる。

 全員がひふみらしいと思う一方、すんなりいきすぎて心配になったらしいおかみさんの詰問を、ひふみはその後三十分ばかり受ける事となった。


 後日、ひふみは啓吾と共に祖母のいる施設を訪れた。

 幸い祖母は正常な状態で、啓吾に(すが)って『よかったよかった』と泣き続けたという。

 施設の出口で展開早いなと今更ひふみは感じていたが、こんな調子でこれからも別にうまくやれそうだとも思って、同じく流れの速さに戸惑っている啓吾に微笑むと、その手を取って車に向かった。


つづく

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