第6話 『遠くて近い』
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「いやあ、結構楽しめるねえ」
「インターから近いの、ホント助かるわー」
「ハルちゃん市内に入ると運転怖くなるもんね」
「右折禁止とか一方通行とか、田舎者への嫌がらせ以外の何物でもない」
「まあ、言いたい事はわかるよー」
久々に休みが一緒になったひふみとハルカは、最近オープンしたアウトレットモールに買物がてら遊びに来ていた。
入場時の渋滞や駐車場の広さに多少面食らったものの、買物以外にも結構遊べる施設が色々あるのに驚きながら、アクセスのしやすさに二人でご満悦になった。
一通り中を巡った後、コーヒーショップに落ち着いて二人で話し込む。
「ゲーセンとかボーリングがあるのにびっくりしたよ」
「どこも行列で中々入れそうになかったけどね」
「そのうち落ち着くんじゃない?大体こういう行列って最初だけだし」
「まあそうかもね。でも型落ちとはいえいろんなものが結構お安く買えるのは有り難い」
「なんかいいものあった?ハルちゃん」
「アウトドア系のお店は、気兼ねなく現場に使えそうな服も結構あって助かるなって思った」
「そうとは思ったけど、やっぱ仕事目線か」
「おめかししてお出かけなんてないんだもん」
「確かにコンパのお誘いもないけど、一応諦める年でもないんだから、頑張ろうよ」
「ちょっと面倒だからなあコンパ……ああでも、来年なったらお誘いあるかもよ」
「なんで?」
「みんな大学出て社会人になるし。そうなると便利屋扱いで呼ばれそうな気はしてる」
「……あーなるほど、仕事関係から話題を引き出す引き立て役的な?」
「そうそう、そんな感じ」
ひふみは結構露骨に面白くなさそうな顔になる。普段のほほんとしているひふみだが、他人に良いように使われるのを嫌う性格だというのは、ハルカか家族しか知らない本性だ。
「うちらのメリットは?」
「自分達じゃチョイスしないお店で楽しめる」
「出会いは―?」
「ひふみんも私も特殊だから期待しない方がいいかも」
ひふみはちょっと不満そうな表情で話題のタピオカドリンクを口にする。
話のタネにと思って頼んだが、面白みがないと思っていたハルカのコーヒーを羨ましく見つつ、同じのにすればよかったなと後悔した。
これまでは遊びに行くとなると、『市内』と言われている県庁所在地の都心に出るか、ドーナツ状にあちこちに存在するショッピングモールに行くかしか選択肢がなかった。
社会人になって二人が出歩く時は車がメインになっているのだが、郊外のショッピングモールは、渋滞や駐車場の誘導で着いた頃にはすでにお疲れモードになる事もよくある。
今回やって来たアウトレットモールも他の郊外店と似た様なものだったが、高速の出口からのアクセスのしやすさは群を抜いていた。
大きな町の一般道を走るストレスが無いのは、信号も稀な田舎道に慣れ切ったハルカには大きなメリットだった。
「ハルちゃんこの後どうする?映画でも見る?」
「いいんじゃない、映画の内容はともかく、二人で行った事無いし」
「そういえば高校の時も、市内に出ても映画とか無かったねえ」
「買物メニュー詰め込んでそれこなすのに必死だったし、ひふみんがビデオで見ればいいから時間の無駄って速攻で却下してたし」
「してたしてた。市内に行くチャンスって中々ないから、効率重視で逆に面白み無くしちゃったよね」
「当時はバス移動だったしねえ」
「ああでも、高速開通してたから、あれでも時間有効に使えたんだって、おかみさんの昔話聞きながら思ったよ」
「へーえ、おかみさんの頃って、市内出るのにどれくらいかかってたんだろ?」
「なんかねえ、早くて二時間半くらいだったって」
「うへえ、往復五時間か……」
「しかもショッピングモールなんかなくて市内オンリーだったから、気合の入り方がダンチだったみたいよ」
「私らの頃でも高速バスで一時間半だっけか。渋滞してたら二時間だっけ?お父さん叩き起こしてインターのバス停まで連れて行ってもらったのって、五年くらい前かあ」
中学高校時代、大体お出かけは二人という事が多かった。二人とも団体行動時の意思決定の遅さや足並みの揃わなさが苦手で、気の合う二人の行動が殊の外心地よかったからだ。
とはいえ事前情報を仕入れずに行き当たりばったりになりがちで、思ったように行きたい所に辿り着けなかったり、やっとたどり着いたら定休日だったり要予約だったりという事もあった。
「ま、車は楽だけど、飲みに出ようと思ったらお泊り必須なのが田舎暮らしの辛い所かもなあ……」
「でもそんなに頻繁に飲みに行くわけじゃなし。たまーに夜の街楽しむ程度なら近くに住んでなくてもいい気がするなあ」
「確かにねえ。お父さんたちみたいに毎週飲み会ある訳じゃないもんね」
「お父さんたちもそんなペースで外飲み行かないってば」
「あはは、それもそうか」
その後映画館まで行くと、上映予定表を見てあまり待たなくて良さそうな映画のチケットを二人は購入した。
そしてちゃんと選べばよかったと後悔して、映画の感想で散々毒を吐きながら、アウトレットモールを後にした。
数日後、いつものようにハルカがひふみの元を訪れ、この日は社長さんと一緒に三人でお茶会となっていた。
社長さん夫妻はまだアウトレットモールに行った事が無いらしく、二人の土産話に興味津々という感じで話は盛り上がる。
「しかしほんまこっからでも車で行ける店が増えたのう」
「昔は『市内』だけでしたっけ?」
「ほうよ。あとはせいぜい隣の小原のプラザしかなかったけえの」
「でたよ小原プラザ。近隣の中高生が集まるって言ったら絶対あそこだもんね」
「誘蛾灯に集まる虫のごとく、学生吸い寄せるよね」
「ひふみん、例えが悪い」
「青い光に虫が突っ込んでばちんばちーんて音してて……」
「アーもう想像させないで!」
「えへへへへ」
今は合併して一緒になった小原の町は、高速道路のインターチェンジがある事もあり、近在の町の中心的な場所だ。
ひふみやハルカの高校時代も、お小遣いで遊びに行ける場所と言ったらこの小原プラザくらいしかなく、当時も暇を持て余したヤンキーのたまり場として、カップルの定番デートスポットとして機能していた。
今でも生徒指導の先生とサボり学生のいたちごっこをやってるのだろうかと考えながら、ハルカと社長さんにお替りをせがまれてひふみは席を立つ。
サボってる社長さんにおかみさんが青筋立ててないかと工場の方を確認に行くと、こっちはこっちでおかみさんが携帯で誰かと話していて、時折甲高い笑い声を響かせている。
喧嘩にならないようにおかみさんにもコーヒーを持って行こうかなと考えながら、ひふみはポットに水を注いだ。
喫茶コーナーでは、ハルカと社長さんが小原プラザの思い出話で盛り上がり続けていた。
「まあ小原プラザも出来た時はえらい立派なもんが出来た思うたけんどのう」
「周りの商店街とか、反対運動起こしたって聞きましたけど」
「実際小原の商店街、なんぼか店潰れよったしのう。それが今は小原プラザもあちこち競合出来てしもうて、大変そうじゃ」
「盛者必衰ですかあ。でもあそこにショッピングセンター出来たの、なんでだったんです?」
「ああそりゃあ、高速のインターチェンジ出来たからじゃゆうて聞いとる」
「はー、やっぱ高速できるってインパクト凄いんだなあ」
そりゃあそうよと、何故か腕組みして自慢気に社長さんが言い張る。ハルカはその子供っぽい態度に苦笑して、冷めたコーヒーを飲み干した。
「昔は鉄道、今は高速道路かのう。何処にインター作るかで議員連中が大揉めしたって親父が言うとったよ……でも出来たからっていい事ばかりじゃないけんどな」
「そうなんですか?」
「まあ大滝も商店街が衰退したんは、みんな小原に買い物行くようになったからじゃけえの。当時から国道もだいぶ道路改良進んで、小原まであんまし時間かからんようになったしのう」
「なんか昔は信じられないくらい狭い道で、そこにバスやトラックが来て離合は地獄だったって父さんも言ってた」
「冬なんかもっと最悪じゃったよ。大雪になったら峠でトラックが立ち往生して、いっつも渋滞にようなりおったんよ。それで高校も休校になったりする事もあってのう」
「私らの頃も何回かスクールバスが学校来れなかった事あった!」
「授業サボれてよかったねって言ったら、ずっとバスに閉じ込められてたからいい事なしって逆切れされた事あるよー」
「そりゃ怒られても仕方ないわひふみん」
話はコーヒーを淹れながら聞いていたのか、トレイに三つのマグカップを載せてひふみが戻って来た時、するりと話に入り込んでくる。
ひふみは悪気も何もないのだろうが、言われた相手に多少同情しつつ、ハルカが頬杖ついてその言葉を受けた。
言われた事に納得いかなそうなひふみと、そんなひふみの態度を楽しむハルカを眺めながら、社長さんはコーヒーを一口飲んで味と香りを楽しむ。
「まあ、この辺も高速できて、国道も綺麗になりおったし、インター近くにあちこち店も出来たけえ便利になったよ」
車があれば……じゃけどのうと続ける言葉にハルカとひふみがウンウンと首を縦に振る。
「車ないと生活できないですもんね。けどそう考えると、ここはまだ昔も店あったけど……もっと奥地の集落とかどうしてたの?清滝の方とか」
「あぁそれはのう、昔は行商とかきよったからのう」
「んー、訪問販売みたいなの?」
「まあ似たようなもんよ。行商が来たら欲しいものの注文言って、次に来た時に持ってくるとかのう。そういう人らが結構出入りしよったで昔は」
「行商……って、どうやって儲けるの?なんか想像つかないなあ……」
ひふみは初めて聞く行商というものがいまいちイメージできないようだった。
ハルカは現場の出入り業者みたいなものと想像はついたので、ひふみでもイメージできそうなものはないかと考えながら答えた。
「まあ、今の時代で代わりになってるのは、アマゾンとか楽天とかのネット通販なんじゃない?」
「あーなるほど。そんな感じなんだ。それに宅急便が一緒になったのが行商ってとこ?」
「まあ、近いんじゃない?」
「それにしてもネット通販か……この店もネット通販地味にお世話になってるもんねえ」
「おおそうそう、県内のサービスエリアでうちの商品置くようになって、ネット注文増えて来とったじゃろ」
「ですよー。意外とFAXで注文してくる人もまだいるし」
「お年寄りはネット決済ハードル高いからなあ」
「ひふみちゃんのアイディアでサービスエリアと新幹線駅向けの商品に注文用紙入れておくの、効果あったけえのう。今日はどこから注文きとるかとか、意外と楽しみにしとるんで」
ひふみのそういう目の付け所は良いよなあと、社長さんとひふみの会話を聞きつつハルカは思う。
ひふみはいつもどこか一歩引いて世の中を見ているようなところがあって、見た事もない相手が何を求めているのか、的確につかむのが上手い。
「一番遠いの仙台?」
「じゃのう。次が鹿児島じゃったかのう?」
「凄いねえ今の時代は。昔なら考えられない所から注文来るもの」
「昔は百貨店に並べられるのを目指しとったけんどなあ、今の時代はサービスエリアや大きな駅の土産物コーナーが目標よ」
「最近行ってないけど駅ビルの土産物コーナー、めっちゃ広くてきれいだって聞くけど」
「ありゃ凄いでえ。県内にこんなに特産品やら土産もんあるんかって、見に行ったらびっくりするで」
「へーえ、ハルちゃん今度一緒に行く?」
「いいねえ、ついでに野球見に行ってみるか」
「んじゃ泊りだね。予定立てなきゃ」
若い二人の娘が次の遊びの予定で盛り上がるのを眺めながら、社長さんは少し冷めたコーヒーに口をつける。
この町にも高速道路が通り、こんな田舎に住まなくても良くなって、人が段々いなくなっていくのを社長さんはここ二十年ばかり見続けていた。
けれど時代がまた変わり始めて、今は無理に大きな街に店を出さなくても商売が出来るようになってきている。離れ難い住み慣れた町でこうして商売を続ける事が出来るのは、やっぱり幸せな事なのだろうと感じていた。
そしてひふみがここに勤めるようになって、そんな変化を実感する事が増えた。
時々突拍子もないことは言うけれど、自分の幸福を追求しつつ、関わる誰かのためにも動く。そんな彼女の前向きさが、社長さん自身の生き方や考え方を随分気楽にしてくれていた。
そういえば新聞販売所経由で野球のチケット入手できたんではなかったかと思いつつ、社長さんは長い休憩を終わらせて席を立った。
後日、社長さんの手に入れた観戦チケットを手に意気揚々と出かけた二人は、対戦相手に高校の大先輩がいるのに気付いてその話ばかりしてしまい、周りにいた観客から生暖かい目で見守られながら試合を見る事になる。周囲の視線を本人たちは気付かず仕舞いだったようだが……
ちなみに試合は地元チームの完封負けだったのだが、球場内でやっているイベントやお店に夢中になり、応援グッズの多彩さに盛り上がれたので、試合結果は割とどうでもよかったらしい。
つづく