第5話 『祭囃子は誘う』
3/5 投稿の仕方を変更。3話分割→1話一括
「ひふみーん、変身終わったー?」
「んー、もうちょっとー」
店の奥からしてくるひふみの声を聴きながら、自宅で浴衣になったハルカは、草履の鼻緒が大丈夫か確認しながら定位置に座る。
「でも良かったねー、おかみさん着付け出来て」
「高校の時覚えてたのに、暫く着ないとこれだよー。ハルちゃんよく覚えてたねえ……よっしっ、こんなもんか。おかみさんありがとうございます!」
そう言って奥から出てきたひふみは、普段は軽くまとめる程度の髪を結い上げ、いつもと違う雰囲気を纏っていた。
「おーおー、可愛く化けたねえ。ひふみんなんでも似合うからずるいよね」
「いやいやいや、服に着られることも多いし……ってあれ?ハルちゃん高校の時と浴衣違うね」
「これねえ、千歳さんの借りたんだ」
「親方の奥さんの?」
「うん。高校の時のなんか丈が足りなくなっててさ、千歳さんに相談したらタンスにあるの適当に着ていいって」
「へー、金魚いっぱい泳いでて可愛いねえ、その浴衣」
「でしょ?これ一番気に入ったやつなんよ」
くるっと一周して見せるハルカを見ながら、ひふみがニヤニヤしつつ突っ込んだ。
「ハルちゃんも化けてんじゃん」
「違いない」
あはははと楽しげに笑いあう二人の声がお店の中で響きあう。社長さんとおかみさんはそんな二人を見ながらうんうん頷いて相好を崩し、いつも静かな商店街が、祭りにつられて俄かに沸き立つ空気を味わっていた。
「こんな楽しいなら去年も行けばよかったね」
「夜店がつまんないからって渋ったのひふみんじゃんか」
「そうだけどさ、浴衣で二人でお出かけするのこんな楽しいって、着替えるまで思わなかったんだもん」
「今年は他の神楽見物にも付き合ってくれると嬉しいんだけどなあ……」
「ハイハイ……夏のハルちゃんは別人だから怖い怖い」
「秋の神楽共演までこんなだよ!」
「うん知ってる」
八月も終わりになると、県下一帯は祭りシーズンに突入する。
亀屋あさひ堂のおかみさん曰く、稲刈り前のこの時期は、五穀豊穣祈念の祭りが中心なんだとか。
「言うてもねえ、うちらにとっちゃ男女の出会いの場よね」
ひふみの浴衣や帯の細かいところを直しつつ、おかみさんが昔語りを二人に始める。社長さんともお祭りデートがきっかけでゴールインしたのだという。
昔々、稲刈り前の一段落付いたこの時期は、村の若者にとって伴侶探しの場という一面が祭りにあったのだそうだ。
そこから出雲で神様たちが取り持つ神無月の縁結びにコンボが決まれば、晴れて夫婦になれるというのが定説だったそうな。
着付けが終わるとお約束のようにひふみがコーヒーを淹れる。浴衣美人の淹れるコーヒーは良いと宣うハルカのおっさんトークに、おかみさんまでゲラゲラ笑って過ごした。
続く祭りの話題のさ中、ああそれが小規模になって年中やってるのがコンパだなとハルカがぼそっと言ったのに、ひふみが大笑いしながら同意する。
その後もひふみはハルカをからかったり嗜めたりしながら、なんだかんだとテンション高めでハルカの車に向かった。
このあたりの祭りで一番人が集まるのは、二人の通った高校もある鈴谷の美鈴八幡神社だ。車で十分も走れば行ける事もあり、足取りは軽い。
ただ、県境近いこんな小さな町では、祭りに来る的屋もほとんどいない。残念ながら祭りの賑やかさは街中と比べて数段劣ってしまうのは致し方ない。
祭りの賑わいがテレビや漫画の向こうとは別物とはいえ、ここの祭りは寂しいと感じてしまう所でもあった。
「もう少し夜店が賑やかだったら、あちこちのお祭りにも行きたいんだけどねえ……」
「他の集落も神楽メインで地元民が酒盛りするのがこの辺のお祭りだからなあ」
ひふみの呟きにハルカが眉をハの字にして答える。
「鈴谷は神楽も境内でやるから余計そう感じちゃうんよ」
「でも拝殿で神楽やってくれるの美鈴八幡だけだしなあ、この辺」
「そういうとここだわるよね、ハルちゃん」
ハルカの運転で神社に向かいながら、ちょっと微妙な所のある祭りの事で話に花が咲く。
程なく臨時の駐車場になっている二人の通った高校に車を乗り入れる。予想に反して車でごった返す高校の駐車場に、こんな過疎の町に人がたくさんいるのに衝撃を受け、二人の気持ちも浮き立った。
駐車場の誘導係に従って車を止めて外に出ると、どこかで見た顔が薄暗い照明の向こうに立っていた。
「ありゃ、三谷君じゃない」
「え?……高宮、と……佐伯さん?」
「おい、ひふみんはなんでさん付けなんだよ」
「いやあの……久しぶり」
ハルカのツッコミには答えず、三谷君はどぎまぎしながら浴衣姿のひふみをチラチラ見ていた。そういう態度取られるとハルカは勿論面白くないのだが、昔から高校で二人でいると、周囲の反応はこんな感じだったのを思い出していた。
「おひさだよ三谷君。今何してるの?」
「あ、隣の県の大学行ってる」
対するひふみは相変わらずのマイペースで、懐かしい顔に興味津々になる。
「へー、今は帰省中?」
「ん。親にぼさっとしてるなら手伝えって」
「そういや鈴谷だっけか、住んでるの」
「うん。下市」
ほつれ毛を掻き上げるひふみを見ながらハルカは『なんかエロイな』と思っていたが、三谷君も同様なようで、ハルカの手遊びにやたらと反応しまくっていた。
「他に誰か同級生とか来てるの?」
「なんか、深安と芦名が一緒に来てた」
「え?あの二人まだ付き合ってるの?」
出てきた名前にハルカが条件反射的に話に割って入る。ハルカの勢いに驚きつつ、三谷君は距離の近いハルカにどぎまぎしながら返事を絞り出す。
「来年結婚、らしいよ?」
「うぉぉぉ、ひふみんどうしよ、ついに結婚する同級生出現だよ」
「そりゃあそろそろ早い人は結婚するっしょ」
何言ってんだというひふみの態度にハルカはちょっと割り切り良すぎじゃないかと思いつつ、自分の年齢を思い返した。
「芦名君やるなあ。ゴールインまで突っ走ったかあ……」
「なんつか、すげえ仲良さそうで、ちょっと羨ましい感じだった」
「そっかあ、うし、そりゃ幸せのおすそ分け貰って来るかなあ……三谷君も頑張れよ!」
「何をだよ?」
「いや、良くわかんないけど」
なんだそりゃと三谷君は呆れた笑いを浮かべながら、駐車場に入ってきた車を見つけると誘導に向かった。
二人で三谷君に手を振りながら、ひふみがボソッと話し出す。
「なんか、面白いよね」
「何が?」
「会って少し話したらさ、高校の頃の感覚一気に思い出してね、その時のノリとかテンションで話せるようになる感じ」
「あー、うん、あれ、何なんだろうね?」
うんうん頷きながら、ハルカもひふみの言葉を反芻してみる。良いことも悪いこともあったはずなのに、思い出すのは楽しかったり嬉しかったりする事ばかりだ。思い浮かべる同級生の顔は何故か笑顔で、どこか甘酸っぱい後味すらしてくるのが不思議だった。
久々に見た同級生のせいなのか、二人はその後もたまに遊んでいた美鈴八幡の事を思い出しつつ、鳥居を潜って参道を進んだ。
境内には普段は存在しない明かりが沢山灯り、拝殿では丁度神楽団の入れ替えをやっているのか、時折人が行き交っていた。
ハルカは早速関係者に今日の演目を聞きに行き、そこまで興味ないひふみはすでに程よく出来上がっているギャラリーをくすくす眺めながら、境内をのんびり歩く。
「お、佐伯か、久しぶりだな」
「あれ、三上先生?」
「めかし込んできたなあ……着飾った若い子がいると祭りはいいなって思えるよ」
「あはは、先生もまだ四十前じゃんか」
「そうだけどなあ、三十超えたら二十代なんか眩しいだけだ」
高校時代何かと気さくに声をかけてくれていた教師に再会し、変わらぬ態度にひふみの口調も軽い。
高校生と思しき女の子三人組が通り過ぎる時、卒業生と気付いたようでどこか憧れめいた視線を浴びるのが面映ゆい。
「どうせ私も年取るのなんてすぐだよ」
「佐伯、そこは怒ってもいいんだぞ、女に年の話すんなとか」
「私がそういうの気にしないから言ってるんでしょ?」
「まあ……そうだけどなあ」
昔のやりとりを二人同時に思い出しながら、少しあったぎこちなさはすぐに氷解した。
「今日は先生もお祭り楽しみに来たの?」
「いや?寮の連中の引率だ」
「おぉ、という事は保護者いない高校生がこんな夜中に……」
「早速沼田先生の連れてきた女子寮の子と消えた奴がちらほら……」
「えぇー……教師的にそれは良いの?」
「まあ、何もない田舎で夏休み中部活やってる子たちだからな。教師的にはNGだけど、たまには羽目外さないと余計暴発しちゃうだろ」
「娯楽ないもんねえ、ここ」
「年取ると大きな町の祭りよりこっちの方がのんびり出来ていいけれど、若い奴らには物足りないわな」
なんとなくひふみが三上先生と話し込んでいると、演目を手にハルカが戻ってきた。
「おお、三上先生お久しぶりだ」
「高宮か……お前はちょくちょく会ってるから新鮮味ってものがないな」
「それはお互い様です。今日は生徒指導の監視役?」
「いや、寮生の引率だ」
「ああそれでか、高校生っぽいのがちらほらいるのは」
「数少ない娯楽だからな、美鈴の祭りは」
その後三上先生はひふみに話した内容を要約してハルカにも伝えると、お手々繋いで物陰に消えていった数組の高校生は大丈夫なのかと問い質す。
一応暗黙の了承としてお手付き無しという事で黙認という説明を受けたが、ハルカは無理だろと即答し、三上先生も肯定も否定もしないで胡麻化した。
そうこうしているうちに拝殿から笛の音が聞こえてきた。
ハルカの顔にぱっと朱を差し、問答無用でひふみの手を引いて笛の音に向かう。
三上先生はそんな二人に世辞抜きで今日は綺麗だと言葉を贈り、二人も素直に礼を述べると観客に混ざりに行った。
演目の『塵倫』の文字に早速ハルカがひふみに解説を始める。
しかしテンション高めのハルカの解説は感情が先行しすぎて、さっぱりひふみの頭に入ってこなかった。辛うじて鬼退治という事だけ理解すると、舞台に出てきた武者姿の演者のきらびやかな衣装に目が奪われる。
ハルカは鬼がどこから飛び出してくるかワクワクしながら待っていたが、左右の物影が光ったかと思うと花火を咥えた鬼が襲来し、だいぶ酔いがまわっていい感じになっている客席を蹂躙する。
鬼は更に子供を数人泣かし、知り合いらしき酔い客を数人足蹴にしてから舞台に駆け上がる。
呆気に取られるひふみを指さしてハルカは笑い出し、涙を浮かべて腹を抱えた。
その後も鬼役は度々拝殿を駆け下りて観客にちょっかいを掛けたが、『演目に集中しろ』と客からどつかれ、それにどつき返したりしながら賑やかに舞台を舞った。
「ハルちゃーん!」
「なに?」
「これって主役はもしかして鬼さん?」
「ある意味そうかも―」
笑いと野次が拝殿の周りに満ちていた。
その周辺で別目的と思われる若い男女が、物影を行ったり来たりして乳繰り合う。
去年より賑やかになったなあとハルカは一人嬉しく思う。
そして演目が数番先のはずの地元の神楽団メンバーが、観客に交じってもう泥酔しているのを見つけて心配顔になる。
まともに出来るんかいなと毎年のことながら心配しつつ、目の前の舞台にやがて意識を奪われた。
ちなみにこの日、三好君と深安さんにはひふみたちは会わずじまいだった。
後日ハルカが三上先生に聞いた所によると、高校の敷地内で昔を思い出して親交を深めている所を、見回りの先生に見つかり説教されていたらしい。
散々笑って舞に魅了された二人は、帰りも賑やかに感想を言い合いながら帰宅した。
次の日現場に入ったハルカは、『母ちゃんに会いに行く』と書置きを残して消えた親方の後始末にてんてこ舞いになる。
どうもハルカの浴衣姿を見て千歳さんの若かりし頃を思い出したらしく、よりを戻そうと奮起したらしい。
しかし親方渾身の二時間土下座の甲斐なく、千歳さんから『別れはしない』との言質を取るには取ったが、一人寂しく地元に戻る事となる。
「まあ、丸く収まる方向に取り敢えず一歩じゃない?」
顛末をひふみに説明しつつ、ハルカは半ば諦めた様にそう話を結んだ。
一人暮らしの気軽さを知った千歳さんは、暫く今の暮らしを楽しむことにしたらしい。
ひふみは未婚だけに夫婦の機微はよくわからないなあと一人思いつつ、次の神楽はどこに行くかといそいそとスマホをいじるハルカを楽しそうに眺めた。
つづく