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第4話 『住めば都の田舎町』

3/5 投稿の仕方を変更。3話分割→1話一括


「ひふみん儲かってる?」

「んー、ぼちぼちでんなあ」

「それは何より」

「やっぱ喫茶コーナー出来たのは大きいかも―」

「そりゃよござんしたね。でも私は最新マシンよりひふみん珈琲がいいかなあ」

「お代は頂くよ?」

「そりゃそうでしょ、商売なんだから」

「んじゃちょっと待っててね」

 四月からひふみの職場、亀屋あさひ堂ではそれっぽく置いていたテーブルと椅子を活用すべく、喫茶コーナーを始めた。


 おかみさんや社長さんは期待を込めてバラ色の未来を想像していたようだが、ひふみに言わせると「ま、こんなもんかな?」程度の客の入りだった。

 どうも通りすがりの観光客全てを捕まえる気でいたらしいのだが、そんな吸引力が過疎地のお菓子屋にある訳もなく、社長さんが勢い込んで考えていた喫茶用のお菓子メニューも、「保存が利かない」「味が一定にならない」「そもそもコーヒーに合わない」というひふみのダメ出しが続出し、社長さんの心が折れて暗礁(あんしょう)に乗り上げて久しい。

 ただ、既存の商品の売り上げは実際に上積みされているので、通りすがりの観光客を捕まえて喫茶の(つい)でに主力商品をお買い上げ頂くという効果はあった。


「それにしてもコーヒーマシンなんか良く入れてくれたね」

「大変だったんよー、社長さんたち説得するの。まあ、今のペースだと減価償却けっこうかかりそうだけど」

「中古とはいえこんな高そうなの、誰が見つけたの?」

九十九(つくも)自動車の高田さん。あの人顔広いから」

「ああ、最近よく店で会うダンディなおじさま?」

「そうそう、その人」

 メインの陳列カウンターの後ろにでんと陣取るコーヒーマシンは、ダンディな高田さんが伝手を辿っているうちに見つけたものだという。

 車で十分ほど南にある集落で、数年前にIターンしてきたご夫婦が始めたカフェで使っていたものなのだそうだ。

「カフェ今はどうなった?」

「あ、潰れたよ」

「鈴谷にあった鈴Cafeでしょ?出来たの三年前くらいのはずだけど、もう潰れたの?」

「なんかねー、良いものにこだわりすぎてメニューえらく高かったらしくてね、地元の人も一回行ったくらいでリピートつかなかったんだって」

「地産地消だのオーガニックだのすごいこだわりだったよね?」


 高校卒業直後だったハルカも新聞の折り込みに入っていた鈴cafeの広告はよく覚えていた。

 こんな田舎町にすごくおされなお店が出来て、町まで出なくてもこれからはお出かけ先に困らないんじゃないかという、淡い期待を抱いたものだった。


 すっかりハルカとひふみ専用になったマグカップに、淹れたてのコーヒーがゆらゆら揺れながら目の前までやって来る。丁寧に豆を挽いてじっくり淹れたコーヒーは、他の客に申し訳ない位にハルカを(とりこ)にしてしまう。


「まあそれでランチ二千円超えてたら通えないよ。地元の人も無農薬野菜っての協力して生産したのに、虫食いあるとか色が悪いとか不揃いだとか文句言われて、そっぽ向いちゃったらしく……」

「地元に嫌われたら終わりだよね……」

「あの価格設定じゃトラック乗りの人も寄り付かないし、通りすがりの行楽客だけでやろうとしても無理だって」

「それで潰れたと」

「そうそう。今は餃子屋になったよー。うちらの高校の卒業生が、地元帰って来て始めたんだってさ。今度一緒に行こうよ、中々美味しかったし」

「もう食べてきたのひふみん?それにしてもすごい転身だねそれ、オーガニックなカフェから餃子屋とか」

「なんか面白かったよ、結構前のまんま店とか調度品使ってるのに、ちゃんと餃子屋だったし」

「想像できないな、面白そうだけど」

「豚も近くの養豚場から一頭買いして使ってるという、意味不明のこだわりがまた面白い」

「私やひふみんみたいなひねくれ者のツボ突いてるね、その店」

「結構流行ってたよ。学校帰りの腹ペコ高校生でも気軽に入れるみたいだったし。まあそこで使ってたコーヒーマシンがね、餃子屋には必要ないからどうしたものかって困ってたらしいんだよ」

「そこにダンディ高田さんが話を聞きつけて持ってきてくれたと」

「そういうことー」


 ふとハルカはお茶請けに出てきたお菓子の見慣れない形に、試作品がまた出てきたのかと気が付く。

 ひふみによると、万策尽きた社長さんが餡なしあさひ饅頭を作ったとのことだった。

 ひふみと社長さんのやり取りは時折聞いていたので、こういう所でやたらこだわりを出してくる親友の注文の多さを思い出しながらぱくついた。

「お、悪くないんじゃないこれ?」

「あらそう?社長さん自信なさそうというか、もうどうにでもしてくれって感じだったけど……」

「ひふみん追い込みすぎだよ。うんでも、これは盲点だったかも。足すんじゃなくて引く方がいい感じだよ。何か欲しいなら上の所にハチミツでも塗ってみればいいんじゃないかな?」

「あーなるほど……うん、それ社長さんにも言ってみる。私も初めて食べたけど、これはいいかもねえ」

「ていうかもらった直ぐ後に試食くらいしてあげなよ」

「だって社長さんも『感想はもういいよ。自信ないし』とか言ってたから、後でもいいかなって思っちゃって……」

「なんか社長さん可哀そうになってきた。大変なんだよ?作る方は。食べる方は言いたい事言えば良いだけなんだから」

「んー、後で社長に謝る」

「それがいいかも」


 ハルカに言われて思う所もあったのか、ひふみは素直にすまない思いを口にして、見た目に判る感じで軽く凹んでいる。

「まあ長い事悩んでたメニューが出来たわけだし、それはそれでいいんじゃないかな」

「うん、そこはそう、だね。喜んでおくわー」

 その後は長く引き摺る事もなく、ひふみも前向きに考えていたほうが良いかと思い直す。ハルカが思いつくまま出すアイディアをひふみが時折メモしながら、お昼のまったりとした空気を二人は味わった。


「それにしても、鈴cafeの元オーナーさん、どこでどうしてるんだろうなあ……」

 そして再び話題は潰れたカフェの話になり、話し足りなかったひふみがいい顔で乗って来る。

「最初は賃貸で様子見ましょうって役場の担当さんが言ってたんだって。でもそれを押し切って、いきなり空き家買って改装始めたらしいよ。オーガニックの地場野菜も頼めばだれかすぐにやってくれるって思ってたみたいだし」

「それはダンディ高田さん情報?」

「うん。コーヒーメーカー買う時色々話聞いたの。奥さんは夢いっぱいで資金計画とかもできない人だったけど、ご主人さんは大手メーカーの部長さんまで行った人だったから、まあ大丈夫かって思って融資もすんなり降りたとか」

「ちなみにどこから借りたのかな?」

「そりゃあもう我らが……」

「あー、組合さんね」

 きっと地産地消で近在農家にもメリットありとかそういうノリだったんだろうなとハルカも察した。

「ダンディさん偶々(たまたま)資金計画見た事あったらしいんだけど、売り上げ計画見て目が点になったって。二千円で高いなーって思ってたランチ、実は値下げした後だった。夜メニューとかはまあお察しくださいレベル」

「一体どんなお客さん想定してたんだろ……」

「いいものは良いと分かってくれる、そんな人は必ず来るって考えだったそうな」


 んな訳あるかいという顔でハルカはコーヒーを一口飲むと眉根を寄せた。そんなご都合主義な考えたからこそ、無謀な出店も出来たのだろうとも思ったが。

「そんな夢物語で商売できるなら、うちの親方城建てて住んでるだろうね。現場にベンツで乗り付けて」

「亀屋あさひ堂もビルになってるよねー。まあ結局ご主人さんが大手メーカーさん出身だし大丈夫だろうと思ったら、そんな事は無かったってオチ」

「老後の資金突っ込んでたろうに、他人事ながら心配です」

「今頃街に舞い戻って盛大に田舎ディスってると思うよ」

「違いない」

 元々この町に生まれ大きくなった二人は、県庁所在地のような大きな町に少々コンプレックスを抱いている所はある。

 田舎なら商売楽勝と思われてて面白い訳もなく、出てくる言葉も態度も辛辣(しんらつ)な物になってしまう。


「どこで商売するにしても、自分たちの強み弱み知らないと難しいと思うのよねえ。ハルちゃん自営業だし、私よりその辺シビアでしょ?」

「そりゃまあねえ。私の仕事は親方のお客さんの口コミあっての商売だって思ってるよ。だからまあ、そこは親方におんぶに抱っこかなあ。高宮ハルカの名前でご飯食べるとかまだまだ無理だろうし」

「なんかさ、テレビの向こうじゃCM打ったり広告撒いたり色んなことやってるけど、そんな事しないでこの町で取り敢えず商売できてるのって、なんでだろうって思う事あるよ」

 ひふみは頬杖を突きながら思ったことを呟くと、少し冷めてしまったコーヒーを口にする。

「それはねえ、昔からの人の繋がりとか信用とか、そういうので成り立ってるからじゃないかなあ。広告って言ってもせいぜい新聞の折り込み位だし、テレビでCM流しても意味ないし……あ、この店はCMとかやってもいいのかな?」

「町内プラスアルファしか基本お客いない店が、テレビでCM流しても無意味だと思う」

「ネット通販とかは?」

「あれも町内出身者とその関係者が中心だからねえ。たまに物好きな人がオーダーくれるけど」

「そこ物好きって言っちゃうんかい」

「食べた事もないのにいきなり注文してくるんだよ?物好きな人だなって思っちゃうよ」


 結局二人とも自分たちのお仕事は、小さな色々を少しずつ大きくしたり積み重ねていくしかないのだと達観(たっかん)していた。

 ひふみの勤め先はコーヒーマシン一台導入するだけで大騒ぎな小さなお店だし、ハルカの仕事は縁側の床板一枚張り替えるのだって、ちゃんとした仕事だ。そういった細々した事の積み重ねが、自分たちの仕事への意識を形作っている。

「でも今回の事で知れたのはねえ、こういう小さな町ってボランティア的に動いてくれる人がたくさんいる事かなって思う」

「ダンディ高田さんとか?」

「うん、ダンディさんもだけど、ハルちゃんもコーヒーマシンの所まで電源引っ張ってくれたり、排水管付けてくれたりとかしたでしょ?」

「材料代は貰ったけどね。私には普段の恩返しとか、専門外工事の実践の場とかちゃんとメリットあるし」

「そうそう、お互い持ちつ持たれつって感じの、そういうの。この町だとねえ、大事だと思う」

「なんか現場でも普通に住人さんやらが一緒に作業してることあるもんなあ。確かに仕事とボランティア分けるの難しい所で成り立ってるかも」

「大きい町の人はしがらみとかお節介とかで嫌がる事もあるけど、私は嫌いじゃない」

「それたぶん時間に余裕があるからできるんだよ、みんな」

「そうかもね。最初の職場、そんな雰囲気全然なかったもんなあ。早々に辞めちゃったの、なんかギスギスした余裕がない空気が嫌だったのも、あるかもしれない」

「ひふみんマイペースだから余計そうかもね」

「今はほら、自分らしくいられるから、楽なんだよね。無理しなくていい。季節も感じるし、時間の流れも心地いい。私にはそう言うの、自分にはとても大事だと思ってるし」

「やることやって、たまに人助けやって、自分の時間も作れる感じ……かな?」

「そうそう、そんな感じ」


 いい落ちが付いた所で……と、そこでひふみが仕切ってお茶会はお開きになった。

 そのタイミングで引き戸が開いて三人組の女性客が来店する。

 段々ひふみの勘働きが冴えてきてるなと思いつつ、ハルカは先にトレーを下げてカウンターに入ったひふみに向かい合う。

「おいくら?」

「んー、お茶請けセットで800円の所、なんとお友達価格で25%オフの600円」

「うわ、お得!」

「思っても無い事言わない。でもまあ、実際お店出すのその位かな?」

「そだね、悪くないんじゃない?」

「んじゃそのお値段で」


 そんなお店の人に相談もなしで安直に決めていいものかとハルカは店から出ながら思ったが、後日メニュー表には餡なしあさひ饅頭セットは600円と表記されていた。

 少しずつ増えてきていた常連さんにも、餡なしあさひ饅頭は好評だったようで、何種類か味を増やして提供するうちに、他の主力商品と共に店のカウンターに並ぶまでになった。

 ただ、ひふみがハルカに言うには、日々少しずつ増える餡なしあさひ饅頭の生産量に、社長さんだけは未だに複雑な表情を浮かべるのだという。


つづく

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