第3話 『コンパのその後で』
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「いやー、終わった終わった」
「賑やかだったねー」
「そうねー」
「ずっと地元にいると同世代殆どいないから、こんなに同い年がいるんだって私ちょっとビックリした」
「わかるわー。やっぱ大きい街に吸い寄せられるんだね、若者は」
「二十代前半の言うセリフじゃないよ、ひふみん」
「あはははは。んでどうする?まだホテル帰る時間じゃないし」
「どっかで適当に飲むかなあ。ひふみんと二人で初飲みだし、なんか感慨深いな」
「確かにー」
ひふみとハルカは、高校時代の同級生から誘いを受けて、人生初のコンパに参加した。
とはいえ同級生と言ってもそんな親交のあった訳では無い。誘われた時に言われた『どうしてるんだろうと思って気になって』とか、 『綺麗になった佐伯さんや高宮さんと会いたいなって思って』なんて台詞も、単にコンパの人数合わせで呼ばれただけというのは承知していた。
実際呼んでおきながら、男子たちがひふみやハルカばかりに話しかけるのを見た彼女らは、面白くなさそうな顔をしていた。
お開きになった時も男子からのメルアドやラインの交換も適当に断る二人を見て、露骨に舌打ちするような同級生もいたくらいだ。
そんなだから二人になった時に同時に思ったのは、もう二度と彼女たちからの誘いはないだろうという事だ。
ひふみもハルカも相手が大学生と聞いていたので、恐らく意見も合わないし愛想笑いしてればいいかとしか思っていなかった。
案の定滑りまくる会話に場の空気がだんだん消沈していったのだが、二人はお構いなしに飲み会の席を楽しんだため、同級生には更なる逆恨みの原因を自分たちで作った気はしていた。
社会人と学生じゃ話し合わないから難しいかもよとハルカは事前に彼女たちに釘を刺していたのだけれど、多分今頃そんな言葉なんて覚えちゃないだろうなとも思っている。
「あ、ハルちゃんあの店入ってみない?」
「おぉう、なんかおしゃれ過ぎない?」
「いやあ、何事も経験だって。色々リサーチしたいとこだし」
「お、ひふみんお仕事モードか。それならしゃあないね」
そういって二人はアンティークな雰囲気の洋風酒場といったお店に入ってみる事にする。
夜の街は週末の良い時間を迎え、煌びやかな光の中で二軒目に向かう人たちが賑やかに往来を通り過ぎていく。
自分たちもその一員かなとひふみは思いながら、矢印に従って狭い階段に足を掛けた。
「っはーー!ようやく気兼ねなくお酒飲める―」
「ハルちゃーん、気を付けないと早いうちにおっさん化しそうだよ、その飲みっぷり」
「しょうがないじゃん、いつも飲みの相手って家族とか親方だし」
「まーねー、こんなこじゃれたお店もないしねえ」
「そうそう。んで、学生さんを適当にあしらっていたひふみさんはコンパに参加してみてどうだった?」
「いや、ちゃんと話聞いてたよ?会話ぶった切りしまくってたハルカさん」
「確かに聞いてたけどさ、ひふみん、プライベートの事踏み込ませないようなすごい壁が私には見えたんだけど」
「え、話す義理もないしそんなもんじゃないの?」
「興味ない人にはこれだよこの子は……」
「ハルちゃんも話振られたらイエスノーで豪快に答えて会話膨らませなかったし」
「回りくどいし面倒だし、振ってくる話題に興味持てなかったし……しょうがないじゃん」
「ほらー、私と一緒だし」
「んーまあ、それはまあ、認めるよ」
会話が少し途切れたタイミングで、店員さんがアヒージョなるものを持ってきた。
店の名物という謳い文句とアヒージョという語感だけで選んでしまったものだったが、ビールやワインと相性がよさそうな味にラッキーだったねと二人で笑いあう。
「でもまあ、学生さんの恋愛観ってのはなんか感じられてそれはそれでまあ、良かったかなあとは思ってる。ハルちゃんどう思った?」
「好きな音楽やYoutuber、ファッションにテレビ番組にスポーツ観戦とアニメ。それにサークル活動とか混ぜて話題一杯振ってくれたよね。よくもまあそんな事知ってるなって関心はした」
「へーえ、私全然覚えてないや。やってることは高校の頃とあんまし変わらない感じ?」
「そうじゃない?話題のネタが増えたくらいかなって思う。そういうネタに恋愛観とか人生観混ぜてアピールするの、教室でもよく見た」
「あれって、楽しいんだろうね、みんな」
「好きで出来てる人は、そりゃ楽しいだろうよ?周りの大多数は、必死こいて合わせてるように私は見えたけど」
淡々と話すハルカに、『おや?』と思ったひふみが食いつく。
珍しく話を深掘りし始めたハルカに、なんか楽しいものを感じたらしい。
「やりたくもないのにやってるって事?」
「ていうか、話題や流行に置いて行かれたくないとかいう……強迫観念みたいなの?」
「そこまで切羽詰まってはないでしょ」
「わっかんないよー?高校の時も結構いたでしょ、流行ってるからって似合いもしないのに追いかける人たち」
「先生にもいたねー」
「ははははは、いたいた。ああいうのって見てて頑張ってるとは思ったけど、楽しそうには見えなかったんだよなあ。無理やり友達同士で『似合う―』とか『いいなー』とか言い合っててさ」
「なんでそんなに頑張ってたんだろうね」
想像するだけで面倒臭そうな人間関係に、ひふみが眉を顰める。
「自分は流行に乗った最先端にいたいって願望じゃない?なんか自慢の恋人がいてみんなにちやほやされて、友だちに囲まれて毎日幸せでいたいって感じの」
そういうものなんだろうかと、ひふみにはどうもピンと来ない。ハルカもそうなりたい訳ではなく、客観的に同級生たちを見ていたんだなという事は理解できた。
「不思議。そういう幸せとかってさ、自分で感じるものなのに、何だか人にそう言われたいってだけに聞こえる」
「実際そうなんじゃない?ひふみんは高校の時豊田君と付き合ってたけど、あの時はどう思ってたの?」
「どうって言うか、一緒に居ると楽しそうにしていたみのる君、可愛かったよ?なんかめっちゃ必死だったし」
「平成最後の撃墜王とか言われてたひふみんと付き合ってたんだもんな。そりゃ必死だったろ」
その呼ばれ方嫌いなんだけどとひふみが拗ねると、ごめんごめんと謝りながらひふみの空いた皿にアヒージョをよそう。見え透いたゴマ摺りにジト目になりつつも、ひふみはみのる君を思い出す。
「そういえば卒業したらそうそう会えないし、別れようかって言ったのに食い下がったけど、結局別れちゃったな」
「あ、その話初耳」
「まあよくある話じゃないかな?みのる君一つ下だし受験生で、そんで私は新社会人。共通の話題も無くなって会う時間も殆ど取れなくなったし」
「それで徐々に疎遠になったのかあ」
「私も電話やメールとかだけのやり取り疲れたし、自分のやりたい事する時間も欲しかったんだよね」
「なんか可哀そうだなみのる君」
「そんなもんじゃないかなあ?大学も大阪行ったみたいだし、楽しくやってると思うよ」
店の照明でキラキラ光るグラスを眺めながらそう語るひふみは、何だか他人事だなあとハルカは思った。
「ハルちゃんも彼氏いたじゃんか、内海君だっけ」
「あー、二か月で別れたあいつね」
「忘れてた?」
「忘れてた。二言目には『普通こうじゃない?』とか言って、普通という名の自分の意見押し付けてくるから嫌になったんだよねえ」
「あーそれうざいわ」
「別れる時も『高宮さんそんなんじゃ男寄り付かないよ?』とか言いやがって……あ、思い出したらムカついてきた」
その後ハルカの繰り出す内海君普通語録にひふみが一々ツッコミを入れて遊びながら、追加の注文とお酒のお替りが進む。
ハルカの話題が尽きるとひふみの振った男たちの話に切り替わる。
自信満々で告白してきて、『別に野球部エースと付き合いたいわけじゃないんだけど?』と返されて撃沈した賀茂君や、ひふみに好き好きアピールしまくったはいいが、『ごめんけど好きになれそうな所見つけられない』と答えられて、一週間学校に来なくなった神石君の話題で盛り上がる。
二人で話が盛り上がりすぎて、どぎつい話に隣にいたカップルが段々消沈していくのに気付かないまま、夜は更けていった。
ビールがワインに切り替わり、二人して三杯目を飲み干すあたりでそろそろホテルに帰ろうかとなった。
「結局私もひふみんも恋愛音痴ってことになるのかな?世間様じゃ」
「そうなんじゃない?別にどうでもいいけど」
「そう言い切れるひふみん強い」
「どうでもよく思ってるの、ハルちゃんも同じだと思うけど」
くすくす笑いながら言うひふみにハルカも反論しない。こういう気負いも世間体も優先しない所で馬が合い、二人ともこの関係が居心地良いなと感じていた。
お会計をスタッフさんに告げると、席でお待ちくださいと言われた二人は帰り支度をしつつも話は止まらない。
「結局ひふみんは恋愛ってどうなりたいとかあるの?」
「んー、私別に男の人の持ち物とかステータスとか興味ないからなあ。ハルちゃんとの関係と一緒で、肩ひじ張らずにありのままでいられる人と、一緒に居たい感じかなあ」
「ブ男でもおっけーと」
「あはは、見た目はまあ慣れれば問題ないと思うけど、身だしなみきちんとできる人であって欲しいかな。ハルちゃんは?」
「私はこんなだからさ、仕事も大工だしどうせ世間一般の男には相手されないから……んーそうだな、私がこのままでいてもいいっていう人なら、まあいいかなって」
「ブ男でも大丈夫と」
「そこはひふみんと一緒かな。綺麗好きなら言う事無し。病的なのは困るけど……」
お釣りを持ってきてくれたスタッフさんにハルカが料理やお店の感想を言うと、オーナーにも伝えますと嬉しそうに答えつつ、手を振って店の入り口まで見送ってくれた。
「可愛い店員さんだったねー」
「うんまあ、可愛かったけどさ、あの人絶対私たちより年上だよ?」
「えー、可愛いに年齢関係ないって」
「まあそうだけどね」
ほろ酔い気味の二人の頬に、冬の入り口がやって来たような風が吹き抜ける。
空気の冷たさに心地よさを感じながら、二人はホテルへの道を歩いた。
「それで、ひふみんのリサーチとやらは成果あったの?」
「んー、お話面白すぎて忘れてた」
「だと思った」
「でも大事だよ、美味しいごはんと楽しい会話」
「両方揃うと最強だね」
「そうそう」
その後も会話は途切れることなく、照明の消えたアーケード街を進むと、所々で人だかりが出来ているのが視界に飛び込む。
「おお、ストリートミュージシャン」
「私初めて見る」
「私もだよ。ちょっと聞いてく?」
「いいねー」
ちょうど進行方向にいた人だかりで二人は立ち止まると、他のギャラリーに混ざってギター二人組の演奏に耳を傾ける。
熱心なファンもいるようで、五、六人くらい周囲と明らかにノリの違う楽しみ方をしている一団がいた。
二曲ほど聞くと周囲に合わせて拍手を贈り、何事もなかったかのように二人は再び歩き始める。
「頑張ってるねー、音楽好きなんだろうね」
「んー、普段音楽聞かないからよくわかんないけど、あれがいいって人もいるんだろうね」
「ハルちゃん興味なし?」
「私音楽って言ったら神楽しかわかんないし」
「あはは、……まあ私も聞くって言ったら落語だけだしなあ……」
「いろんな好きな物が世の中に溢れているんだねえ」
「まあ、それでいいんじゃない?」
結局興味も持てず、いつも通りの人は人、自分たちは自分たちで落ち着いてしまう二人だった。
その後ホテルに帰って修学旅行以来の外泊に興奮しつつ、二人は更に夜遅くまで話し込んでしまった。
けれども話題は恋愛云々の話はほとんど出てこず、何故か石川県で住み込みの仲居を始めた親方の奥さんを、どうやって穏便に家に連れ帰るかという至極お節介な話に終始したという。
つづく