第2話 『お気に入りの仕事場』
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「やっほーひふみん。雨の日定期便だよー」
「そろそろかと思ったらやっぱりなハルちゃんいらっしゃい。ちゃんと稼いでる?」
「そりゃ勿論。黙って座ってても儲からない仕事だし」
「まあねえ、でも雨が続くと実入りも減るんじゃない?」
「できる事は減るけど、無くなるわけじゃないよ」
「そっか。親方は相変わらず?」
「雨じゃ乗り気しないだとか納品遅れただとか言い訳付けて午前上がり。私はがっつりリフォーム現場に放り込まれて今日の作業はようやく終わらせたところ」
「ちなみに何やってるの?」
「トイレ改修。最近多いよー、洋式にして手摺つけたりの改造」
「じいちゃんばあちゃん、限界まで自宅で頑張るもんね」
「ま、でも引き渡すときの嬉しそうな顔見ると、やって良かったっていつも思う」
「お、いっぱしの職人さんみたいだね」
「まあ一応それでお金貰ってますんで。あ、いつものちょうだい」
「ウィ」
ひふみがいつものごとく『来襲』するハルカとやり取りを交わすと、カウンター下の木箱からお気に入りのコーヒーグッズを出した。
最近現場の端材でハルカが作った道具入れで、店に持ってくる直前にハルカの弟は木箱を真っ赤に塗り、『ふみ専用』と右肩上がりのヘタな字で書いて、ハルカに腹パンを食らっていた。
当のひふみは顛末を聞いてけたけた笑っていた。真っ赤に塗られたど派手な道具箱ではあるが、どうやらモノ自体は気に入ったらしい。
前の日から降り続いている雨だったが、雨音はそこまで大きくない。梅雨時の小降りがしとしとと長く続く雰囲気だった。
軒樋の建て付けの悪い所から、雨が一筋落ちてぱたぱたと土間を叩く音が聞こえてくる。
いつものようにたっぷり時間を使ってひふみはコーヒーを淹れると、なんちゃってイートインコーナーに陣取るハルカの向かいに腰を下ろした。
「相変わらず平日は人っ気ないなこの店」
「休みの日も大してないけどね」
「私はひふみんが失業しないかちょっと心配だよ」
「あー、それはたぶん大丈夫。店番は仕事の一つだし」
「あ、そうなの?」
「うん。他にも材料の搬出入とか、ボイラーの整備点検とか、危険物の取扱とかは私の仕事だから」
「え?売り子以外にそんなことやってんの?」
「前の職場で取った資格フル活用してます」
「ほえええ」
この店に就職したのはてっきり看板娘にするためだけと思っていたハルカには、ひふみの話はちょっとした衝撃だった。
「というか前の職場もなんでそんな資格取れたわけ?」
「前に言ったでしょ、資格取得の支援制度のある職場選んだって」
「他にも定時上がりと賄い付きだっけ。寮暮らしだったよね?」
「そうそう。資格も前の職場に関連する資格なら受験代負担してくれたり、資格取ったら手当付いたりしたから、結構有り難かったよー」
「ひふみんそう言う所しっかりしてるなあ」
自然とその後の会話はひふみの前職の話になった。ハルカもそれまで断片的にしか聞いた事が無かったので結構興味津々で耳を傾ける。
ひふみは会社推奨の資格でも、どこでも使えそうな資格から順次取得しようとは最初から考えていたそうだ。就職は事務職なので取得したとしても無意味と会社も同僚も思っていたらしいが、別に事務職が資格取っちゃダメとは言われてなかったので、ゲームのアイテムゲット的な感覚で挑戦していたらしい。
「なんかねー、同期が十人くらいいたけど、他に資格取ろうって子は一人しかいなかったよ。まあその子は取得目指してたの簿記だったけど」
「どこだっけ?芙蓉自動車の下請け会社だよね?」
「うん、韮澤ゴム工業。そこでボイラー関係と危険物関係の資格取ったんだよね」
「ああそれならわかるわ、なんでそんな資格持ってるのか。この店で必要なのは意外だったけど」
「小さいって言っても工場だからね。機械動かしたりでボイラー使うし、ボイラー動かそうと思ったら燃料いるし、製造業では危険物とかボイラー関係とか割と一般的に必要な資格者だと思うよ」
「うんまあ……ひふみん自分で言ってたけどさ、普通事務職の女の子がゲットしようとは思わない資格だよね」
「でも手当のおかげで同期と結構給料もらえる額変わったよー」
「手当付くんならそうだよね…………ああ、それで同期から妬まれたりしたか」
「先輩からもね」
「うわめんどくせえ」
高校時代も女子集団から距離を置いていた二人だったので、女子の団体行動や集団志向は大の苦手だった。
社会人になっていきなりそのあしらいが上手くなったとは思えず、ハルカにはその後の展開と、今なんでひふみがここにいるか分かる気がした。
ひふみは社員同士の派閥やグループどこ吹く風で過ごし、元々社内でも孤立気味だったらしい。そのくせ男子社員や上司からちやほやされることも結構あり、潜在的な敵には事欠かない立場だったそうだ。
そこに事務職と無関係の資格で手当てを受け、ちょいちょい資格絡みの臨時仕事をもらっては、それに手当てがついていたそうだ。漏れる筈のない給与の額などの情報は、経理担当から他の女子社員に流れていたらしい。
当然のごとくそこを女子社員グループのお偉方から睨まれた。
ひふみは女子の派閥やグループ全てから結構な職場いじめを受けたようなのだが、言うほどいじめの内容は激化しなかったらしい。
というのも女子社員グループのボスさん連中も会社でボヤ騒ぎを起こしたり、社内不倫が発覚して大騒ぎを起こしたりなどという事があり、ひふみは何だか面倒臭くなって辞めたのだという。
「もう少しあそこにいたらフォークリフトとかクレーン運転とかの資格取ろうと思ったんだけどねえ」
偶然ってすごいねとハルカは思ったが何も言わずに置いた。
「ひふみん、君はどこに向かってるの?」
「え?面白そうじゃない?フォークリフト運転したり、クレーンでぶわーって荷物移動させたりするの」
「うん、言ってる事の意味はわかるけど、私は納入業者のユニッククレーン動かせても、別に嬉しくとも何ともない」
「ハルちゃんなら分かると思うんだけどなあ」
「私は材料の刻みやってピッタリ組み物納めるのが至上の喜びなんで」
そう言うとハルカは残り一口のコーヒーを飲み干すと、茶請けに出ていた試作品というあさひ饅頭コーヒー味を放り込んで微妙な顔になる。
ハルカの態度にちょっと不満げに眉根を寄せると、ひふみは一度ハルカの仕事場に遊びに行った時のことを思い出す。
そこでひふみはハルカが自分で刻んだ部材がどんぴしゃり組み合わさった時の話を、恍惚とした表情で熱く語られてドン引きした記憶がよみがえった。
まあ自分がハルカの喜びを理解できないのと一緒かと納得して、ひふみは今日はもう一杯コーヒーが飲みたくなって席を立った。
ひふみが二杯目のコーヒーを淹れようとした時、ちょうど休憩時間になったらしいおかみさんが店の中に来て、それじゃあ三人でお茶しましょうとなる。
「ふみちゃん、また豆買うとくけえね。どんなんがええかね?」
「おかみさんの好きなので良いですよー」
「そう?じゃあ明日にでも時津風珈琲まで行ってくるけえ。選ぶの楽しみじゃねえ」
最近おかみさんも社長さんも店で来客にコーヒー出すのを真剣に考えているらしい。
コーヒー担当は間違いなくひふみを当てにしており、気分だけで話を進めようとするおかみさんにひふみの態度は抵抗気味だ。
「ふみちゃんのコーヒーは美味しいけえ、独り占めしたい思うとるのも確かなんじゃけどねえ……」
それとなく攻防を繰り広げるひふみとおかみさんを見ながら、ハルカはさっきまでの前職のひふみの話を思い出していた。
二人とも苦手な女子グループのカーストの中から解放され、今の居場所はひふみにも居心地が良いのは見て取れた。
助け舟を出すつもりでハルカはひふみがこの店に雇われに来た頃の話を振った。この話題おかみさんは話慣れているのか、ちょっと誇張交じりで嬉々としてハルカに話し始めた。
曰く――――
一年ちょっと前に工場のボイラー危険物担当が丁度引退した。
ひふみはそのタイミングでふらっと履歴書を持ってきたそうで、履歴書の資格欄の内容は店にとっても渡りに船なものだったそうな。
それだけで即決できたのだけど、ひふみが店番になって土日を中心に店の売り上げも倍くらいになったとかで、看板娘としても重宝しているというのも話の中から知る事が出来た。
まあ、それまでの店の売り上げはお察しだったろうから、売り上げ倍増も手放しに喜べるものではないとハルカは思ったが。
それでもひふみが来た事で店にプラスになったのは間違いない。ひふみの選択肢が自分の生き方に即した妥当な物だったとも言える。
「ひふみん言う事無しだね、今の状況は」
ハルカの口から素直なそんな言葉が漏れる。それを受けたひふみも素直にその言葉を受け取った。
「まあそうだね。自分らしさ忘れずにお仕事させてもらえるし、有難いのは確か」
「だろうね」
「ハルちゃんもそうでしょ?言う事なしって言うのは」
「親方がパチンコ狂で奥さんに家出されて私生活で手がかかる以外は、言う事無しかな。親方の腕は確かだし」
今日日一人親方をやりながら、家を建てる時の色々な材料や職人の段取りも全部出来る大工は数少ない。そんなスーパーマンをやっている親方は確かに貴重な職人だった。
そこにすんなり弟子入りして、一応稼ぎでご飯を食べて行けるのは結構恵まれていると言える。
もっともそれはハルカ自身中学生の頃から親方の所に出入りして、早い段階から教えを受けているからという一面もあってこそだ。
ちなみに店で暇な時は好き放題振る舞うのにおかみさんが何も言わないのは、二人が『やる事はちゃんとやるし、商売の邪魔はしないから』に他ならない。
お客が来ればひふみは接客を決しておろそかにしないし、ハルカも邪魔にならないようにさっと店からいなくなる。
ハルカもたまにお客の話し相手になって、売り上げ貢献のアシストをする事もあくらいだ。そして店や工場でどこか壊れたりすると、ちょっとしたことならハルカがボランティアと修行を兼ねて手直しをしたりもする。
有形無形の貢献と共に、年頃の娘二人が賑やかにしてくれる事で、店の中は前と比べてぐっと華やぎが増した。
人通りも途絶え、たまに来る客も高齢者ばかりになった商店街の中でも、ちょっとした有名店になりつつある。
計算したつもりはないけれど、結果そうなった事に二人はしっかり便乗して今の立ち位置を確固たるものとしていた。
おかみさんはその後もお店の喫茶化をひふみに持ち掛けてははぐらかされ続けたが、最後のコーヒーを飲み干すと、ごちそうさまと共に前向きに考えてねと釘を刺すだけ刺して工場に行ってしまった。
ひふみは溜息と共に立ち上がり、困ったなあとぼやきながら空になったマグカップを回収した。
「ひふみん、そんな事言ってるけど心底嫌ってわけでもないんでしょ?」
「まー……ねえ……」
どこに抵抗を感じているのかハルカが聞いてみれば、「設備投資がねえ、ちゃんと回収できるかどうか……」というボヤキになって帰ってきた。
おかみさん、どうもひふみの私物で対応すればいいと思っている節があるそうで、個人用の道具でお客に出すものなんて作るわけにはいかないのに、道具を喫茶用に購入する事は端から頭にないのだとか。
「業務用の器具ってそれなりにするし、出すんならちゃんと出したいし、せめて専門店でお勉強してからにして欲しいんだけど……今の休憩中の喫茶の延長でしか思ってないんだろうなあって」
「なるほどなー。私にビル建てろって言われているようなもんか」
「うーん、その例えが正しいかどうかわかんないけど、なんか微妙な気がするけど、面倒だからそれでいいや」
「違うなら違うって言ってよ!無理やり同意されるとなんか恥ずかしい!」
「いやいやいや、心の底から納得したし」
その後例え話の『例え』が何なら納得できるかハルカが意地になって色々持ち出して話しているうちに、二人で大喜利やっているようになってしまう。結局ハルカはひふみを納得させられないままどうでもよくなって店を後にした。
店の外は相変わらずの雨だったが、雨粒はずいぶん小さくなって霧のようになってきていた。
「親方ほっといたらまたコンビニ飯だろうなあ……しょうがない、なんか作り置きして帰るか……」
奥さん早く帰ってこないかなあとその後もぼやきながら、ハルカは作り置きの献立の組み立てを頭の中で始めた。
つづく




