第12話 『大体のことは、何とかなるようにできている』
「ふわああぁぁ……」
ひふみがトングを使って蒸篭から蒸し饅頭を取り出し、紙袋にひたすら詰めてゆく……
試合開始どころか、球場が開場して割りとすぐ位からひっきりなしにお客がやってくる。
「い……いいバイトと思って来たけど、これは……」
「感想はあとで!ハイ四つ上がり!」
日が暮れるころには出来上がった行列が、その後短くなることはなかった。
ハルカの弱音をたしなめつつ、ひふみが作りすぎを心配して社長に苦言をしたのをあざ笑うかのように、蒸篭に放り込む前の在庫がみるみる減ってゆく。
接客担当のカンナも、疲れがピークに達し語尾がだんだんおかしくなりつつあった。
――――ハルカとひふみは球場にいた。
二人のいる店舗ブースには、もうもうと煙を上げる蒸篭が鎮座している。その中にはこの日の売りに出すために、カンナがひふみに散々ダメ出しをされ続けた末出来上がった『ビールによく合う特製あさひ饅頭』が満載されている。
いわゆる肉まんだ。ちなみに一つ、三百円也。
そもそもの発端は、商工会経由でやってきた出店依頼に、亀屋あさひ堂の一人娘で営業担当のカンナが飛びついた事による。
県内外の市町村がプロ野球の開催日にブースを出展し、わが町のPRをするという、毎年行われている人気企画だ。
なにせ、二~三万人が集まるイベント会場に出店できるわけで、出展者は皆一様に気合が入る。特に飲食がらみはその場の売り上げもさることながら、PRや販促効果も大きく、地元への観光客や行楽客の呼び込み効果が絶大だった。
その上お祭り空間と同じわけだから、通りすがりの人々の財布のひもの緩みっぷりも半端でない。
他の出店者と共に、去年までの出店者実績をしっかりリサーチしてやってきた亀屋あさひ堂の面々とハルカだったが、最初はひふみとハルカの子供たちをそれぞれの親に預けて、ちょっとした独身気分でのイベント参加のつもりで準備していた。
曰く、花田植えの衣装って、確かにかわいいけど隣町の小原のイベントじゃないか!とか、
曰く、町のマスコットキャラの早乙女神楽って女の子だったって知らなかった!とか、
曰く、ライセンス費用発生しないなら、球団ロゴを饅頭に焼き印しとけばよかった!など、
およそ仕事気分になれず、夜遅くまで文化祭準備をしている感覚で過ごしていた。
その後も町や球団の広報担当さんにちやほやされながら、カンナを入れて三人できゃいきゃい言いながら写真に納まる。
試合を見に来ていた高校の同級生や先生と、記憶の糸を辿って必死で名前を思い出しながらそれなりに盛り上がって会話する。
そんな感じでちやほや女の子扱いされるのもこれが最後かねえと浮かれて軽口叩きながら過ごしていた。
―――のが、二時間ほど前のこと。
試合開始時点で蒸篭に入れる前の残り在庫は二百個もなかった。
あまりの忙しさに町の広報担当を無理矢理引き込んで列の整理をやってもらっても、状況は何一つ改善しない。結局そのままお客を捌くうち、試合開始三十分で完売御礼の札を出した。
「すごいなあ、牛串とかだとよく完売見るけど、肉まんでねえ……何個用意したの?」
「えーと、千二百個くらい用意してました」
球団の広報の方が商工会長さんと打合せを売り場の横でやっていたが、その最中に完売になってしまい、いいネタになるからとその後もあれこれひふみは取材を受ける。
ホームページの記事にしてくれるらしく、きっと社長も喜ぶに違いないと、機材の片付けをしながらハルカたちも喜んだ。
その後ほかのお店の手伝いや呼び込みを交代しながら行い、たまに試合を観戦しながら楽しく過ごした。
「……いやあしかし、ハルちゃんと私は勝ち運ないね」
「いや、私は小学校の時家族で来た時は勝ってるから、たぶんひふみんが勝ち運ないんだと思う」
「それは私に野球なんか見に来るなという……そういうこと言いたいの?」
「いやひふみん?……別に興味ないよね?野球。よく言うよほんと」
「えへへ、でもこの空気感は好き」
「お祭りは好きだもんねー」
「ハルちゃんの神楽好きほどじゃないけどね」
子供たちはすっかりお眠で二人の両親に抱きかかえられて合流した。
他の出店者や便乗してついてきていた出店者の家族も三々五々バスに戻ってきたが、皆一様に嬉しそうに談笑しながら帰ってくる。
大型車の駐車場として指定されたここは、碌に外灯もないため少々夜は物騒な雰囲気だと思っていたが、どこからともなく聞こえてくる声や、警備員の笛の音、道路向こうで電車の行きかう音が一体となり、独特のにぎやかさを作り出していた。
「なんかいいね、この景色」
「そうだね。みんな楽しそうに笑ってるからかな?」
場の空気に浸るひふみの呟きに、ハルカも優しい笑みを口元に湛えて答える。
寝返りを打とうと身をよじる子供の背中を摩りつつ、子供って体温高いなあとひふみはしんみり思う。体の触れる部分はしっとりと汗ばんでいて、汗疹にならなきゃいいけどと少し心配も頭をもたげる。
人数確認を終えて出発するバスの中は、球場でも結構飲んでいた筈なのに、打ち上げと称した酒盛りがはじまる。
二人目が離乳食始まっていないからと、缶ビールを恨めしそうにスルーしたハルカに付き合い、ひふみも仲良く緑茶で乾杯の唱和に答えた。
翌週の亀屋あさひ堂は、土日に少しお客が増えたくらいで表向き特に変化はない。
ただ、出店時に置いておいた、通販やFAXで使える注文書付きチラシの効果か、メールやFAXでぼちぼち注文が入るようになっていた。
「それにしても子供が出来て初めて知る、行政支援の充実っぷりよ……」
「だよねえ、すごいよね。手当に検診、予防接種にいろんな教室とかイベント。至れり尽くせりだよ」
「Iターンとかで移住してくると更にすごいらしいよ」
「なんか人の取り合いしてるの?国の中で」
子供に関する自治体の助成を色々調べ、ひふみにも共有しようとパンフレットや資料を役場からもらって来たハルカは、いつものように店の中で椅子に座ると早速ひふみにあれこれ説明する。
「人口減少社会だからね、争奪戦なんよ、どこもかしこも」
「やだ……ハルちゃんが賢い言葉使ってる……」
ひふみのからかいに、話題の主導権は自分と確信している今日のハルカは余裕だった。
「実際大変だよ。なり手がいない、後継者がいない、俺が死んだらもう終わりにするって話ばっかり。たまに若い子いたと思ったら次の月にはいないし……」
ひふみの淹れてくれたコーヒーをちびちびやりつつ、試作品のお饅頭を頬張る。
ミルク餡と蕎麦粉入りの牛皮はやっぱりチャレンジが過ぎる気がするなとハルカは思った。
「建設業に行った同級生、会社辞めた後違う業種に行く人ばっかりだもんね」
「まだ替わりが来るって思ってる社長さん多いのもちょっと終わってるよー。もう今から協力会社さん確保できるか心配しかない」
「まあうちのお店のお客さんも、じいちゃんばあちゃんメインだしねえ」
「ほんっと、同年代どこいったの?」
何かハルカが社会問題を憂いてる風に見せているけど、別にどうでもいいと思っている事をひふみは感づいていた。ちなみに人が多い所が苦手なひふみは、多少人の気配がある今くらいがいい塩梅なので、とくに文句は無い。
「ところでハルちゃん、日本の人口問題とハルちゃんが来月から飲みたいコーヒー豆をどうするかの問題、どっちが大事?」
「コーヒー一択で」
「またいつも通り寺山さんとこでまとめ買いするんだけどさ、私は一種類はサントスにしたいです」
「んー、じゃあもう一種類はブレンドで」
「ありゃ、なんか飲んだことないのに走るかと思いきや……」
「一周巡ってバランスのいいの飲みたくなりまして」
「うんまあ、気持ちは分かるかなあ」
注文内容をメモに取りながら、ひふみはカウンターに顔を載せてニコニコとハルカを見る。
「なに?」
「んーと、なんかいいなって思って」
主語も説明もないその言葉に一瞬怪訝な顔をするハルカだったが、いつも通りの他愛もないやりとりに、相変わらず楽しさや嬉しさを見出すひふみの素直さを見る。
「あー、ひふみんにとってはいつも通りのこの感じが楽しいって事か」
「そうそう。やっぱわかってるねえ」
「そりゃあ、おしゃぶりの奪い合いして以来の仲ですし」
大体言いたい事は言葉にならなくても解ってしまう時がある。ハルカはひふみとの以心伝心ぶりが心地よく感じる事もあるが、ちょっと通じすぎて呆れる時もある。
「おしゃぶりの話、お母さんたち何度もするから覚えちゃったよ」
「毎回同じ所で同じ笑い方するんだよねえ」
「私たちもああなるの?」
「なるんじゃない?同じ感じで子供ネタで笑いあってさ、旦那さんへの愚痴話したり、喧嘩した後で逃げてきたりとか」
「それ全部もうやってるし」
「あははは、違いない」
ハルカがコーヒーカップを持ち上げて一口飲もうとしたら、もう中身はなくカップの底にうっすらコーヒーかすが見えるだけだった。良い潮だと思ってハルカが子供を迎えに保育園に行くとかで席を立つ。
ひふみも事務室に声をかけ、どうせお客はいないからという事で近所のスーパーに買物に行く事にした。
見送ろうと駐車場まで付き合ったひふみは、二家族でバーベキューやる話の日程を詰めてからまた明日ねと小さく手を振る。
「今日の晩御飯は?」
唐突なハルカの質問に少し考えて答えた。
「春菊の白和えと猪肉を何かで煮込もうかと」
「ちょ……何かって何さ?」
「何かって、……何かだよ」
言ってるうちに『あれ?なんて考えてたっけ?』と自分でも思い始めたひふみは、困惑した顔でハルカにそう答えた。
「うははは、ひふみんが壊れてる」
「い、いいじゃんそのうち思いつくだろし」
「ハイハイ」
どことなく二人とも相手がいつも通りだと確認出来て、今日がまた明日も続くだろうと自然と思えてその日は別れた――――
それからいくつか季節をまたいでも、佐伯ひふみと高宮ハルカは相変わらず亀屋あさひ堂の一角で今日ものんびりとした時間を過ごしている。
「変わんないねー、ほんと。何も変わんない」
「どうしたのハルちゃん。なんかアンニュイ」
「んー、この何でもない事が毎日淡々と過ぎていくんだなあって、そう思っただけ」
「退屈?」
「いやいやいや、悪くないよ。自分のペースでいられるっていう感じあるし」
久方ぶりにひふみのネル式ドリッパーが活躍しているのを、ハルカは楽しげに眺める。一つ一つの所作が迷いなくて綺麗だと見惚れてしまうほどに。
「私はそもそも田舎暮らし好きだし、人が色々言ってても『あーあの人はそうなんだなあ』としか思えないから……気にならない」
「ひふみん達観してるよね、ホント」
ひふみが手入れが大変なんだよねと言いながらドリッパーの掃除を始めるのを眺めつつ、時たま人間離れした感性の幼馴染を見遣る。
「ハルちゃんの方が、生きるの楽しんでるように見えるけどな……私は」
「まあそれ、ひふみんがずっと隣にいるからかもだし」
「あははは、腐れ縁だもんねー」
自分の好きな事に素直でひたむきで、およそ裏表なく垣根を作らない人誑しなハルカ。その屈託ない笑顔に今日もひふみは癒される。
「そこで親友とか幼馴染って言葉でないの、なんで?」
「いやあ、照れるじゃんか、そういうの」
お酒でもないのにコーヒーカップを二人で重ね、そして一口コーヒーを飲む。
売り場に満ちるコーヒーのほのかな香りと、すりガラス越しに賑やかに響く雀のじゃれあい……
このひと時が過ぎれば、今日もお互いまた日常の中に飛び込んでゆくだろう。
けど明日ここに来れるならそれでいいやと何だか思えて、二人で無意味に笑い合った。
ファーストコンタクトがおしゃぶりの奪い合いだったと互いの両親に散々聞かされてきたけれど、結局どっちが勝者だったか聞こうと思いつつ、二人ともいつも聞き忘れてしまう。
まあ、べつにどっちだっていい事なんだけど――――
おしまい




