第11話 『賑やかになってきた』
「知ってる知ってる。店の建具直しに行ったから。なんか、三十代くらいの男の人だった」
「お店始めるって挨拶来たのよ昨日」
いつものごとく仕事の途中休憩でやって来たハルカを相手に、ひふみはつい先日かつて本屋だった店のある家に引っ越してきた人物についての話をはじめた。
元本屋の持ち主は東京暮らしで帰ってくる気も今のところないとかで、新住人に格安で貸し出したとの事。元々は東京での仕事仲間らしい。
「へーえ、何のお店?」
「あちこちの家に眠っている古いおもちゃ発掘してレストアして売るお店」
「なんだそりゃ?」
「本業は別にやってるけど、それはどこでも出来るから、好きな所に住んで副業したいからってことで引っ越してきたらしいよ」
ひふみはいつものように店備え付けのマシンは使わず、使い慣れたネル式ドリッパーにゆっくりお湯を注ぐ。店内に満ちてゆくコーヒーのいい匂いを堪能し、ハルカの頬も自然に緩んでくる。
「なんてか、自由な人っぽいなあ……」
「面白い人来たよねえ」
「素直にそう思えるのって、ここの商店街でもひふみんくらいな気がするなあ」
ひふみのコミュニケーションの取り方は基本聞き役だ。
だから話を聞いて欲しい人が目上や後輩関係なくひふみの所にやって来る風景を、ハルカはもうすっかり見慣れている。
「それにしてもひふみん、どんだけその人から情報引き出してるのよ……」
「あははは、なんかお話し好きな人みたいで、聞き手に廻ったらいっぱい話してくれた」
「相変わらず人の懐に入るのは上手いんだよなあ」
「いやいや、得意なタイプとそうでないタイプ、ちゃんといるから」
「いやいやいや」
「いやいやいや」
結婚して姓が変わっても、基本二人の関係に大きな変化は無かった。多少お互いの用事や付き合いが増えた影響で、会う頻度が減ったくらいのものだ。
「でもまあ、ぼちぼち若い人増えるのは良い事だね」
「ここのカンちゃんと……えーと名前忘れた……啓吾さんの先輩さんとか、それで今回引っ越してきた人……あー名前忘れちゃった……」
「あと未確認情報だけど、巴酒造の跡取りさん、いま別の酒蔵で修行してて戻ってくるつもりらしいよ。慶くんが直接話して聞いたみたい」
「へーえ、あそこ廃業して結構になるよね」
「うん、十年くらいかなあ……先代さんガンで亡くなってどうすんだって大ごとになってたの、大人が騒いでたからなんか覚えてる」
「あ、もしかして小学校の時巴って名字の先輩で転校した人いたけど、戻る気でいるのってその人かな?」
「たぶんそうでしょ」
「ほええ、根性あるなあ。女の人だよね?」
「だよー。一人っ子だったはず。……まあ私も巴先輩ってうろ覚えだけどさ、その記憶辿って思うに、なんかカンちゃんと合いそうな気がするなあと……」
「親同士の交流が元々有りそうだもんねえ」
「いや、そういう訳じゃないんだけど」
何となく微妙な空気が流れるも、大した話題でなければ妙にかみ合わない時はお互い深堀しない。ひふみはコーヒーカップをセットし始め、ハルカはあっさり話題を戻した。
「それにしてもそのおもちゃのレストアとか言うの、商売になるの?」
「そこはそれ、ここ最近のネット通販とかの威力だってさ。個人営業でも普段の情報発信しっかりやって、いくらかの伝手持ってて、多少在庫置けるスペースあればなんとかなるんだって」
「あの本屋が多少って言うには広すぎる気もするけど……」
間取りを思い浮かべ、一人暮らしにはそもそも広すぎなんじゃとハルカは独り言ちながら、何時ものように運ばれてきたコーヒーに口をつけ、ほうっと安堵の息を吐く。
県北の町には足早に冬が迫って来ていて、ハルカは店に入るまでの刺すような風を思い出して身震いする。明日現場出る時は一枚機重ねしようかと考えていると、ひふみがふと店の入り口に目線を移した。
「ハルちゃん、ちょうどいいから色々聞いてみたら?」
そう言ってニコリ笑うひふみの視線の先で、硝子戸を開ける音とこんにちはという挨拶が重なってハルカの耳に届いた。
「それで?いつの間にお手伝いしてる訳だ」
「いやあ、ノリというかなんというか……。まあ、リフォームするお宅って結構不要物出るでしょ?お客さんがゴミ出しどうしよって困ってた時にね、ゴミの山の中におもちゃ見つけた時にふと思い出して電話したら……紹介料くれるって言うしさあ……」
「あ、ちゃんとただ働きじゃないんだね」
「その場でテレビ電話使っておもちゃ見せたりしたりとか結構手間取るから、当然お支払するって言ってくれて……」
「それで自分も本屋間借りして、不要な家具を修理して販売したり、手伝える手直しやったりしてると」
「いやいや、冬場は大工仕事できないときあるからさ、その間にできる作業とか実際結構有り難いのよ」
「まあ子供出来てあまり無茶しなけりゃいいけどって慶くんも心配してたから、丁度いいんだろうけど」
「そうなんよ、慶くん過保護すぎ……って、子供出来た事もう言ってたっけ?」
「先週ハルちゃんのお母さん経由で聞いた。すごいね孫フィーバー。私も人事じゃないから先が思いやられるよー」
「あんの人はもう……安定期入るまで黙っててって言ったのに……」
「あははは、そりゃ無理だよハルちゃん。高宮家のお祭り体質考えたらあちこち言いまくるに決まってんじゃん」
「え?ちょっと待って近所みんな知ってるの?」
「そりゃもうハルちゃんが言ったその日のうちに。うちの親と祝杯上げてたみたいよ?」
「うひゃあ……」
「今のハルちゃんは未来の私の姿だよー。どうせ同じ目に遭うんだろなあ」
「ひふみん遠い目しないの……おかげで大工仕事親方にも止められてさあ……千歳さんにもキレられるし……親方が現場乗っ取るし……」
「愛されてるねえハルちゃん」
「愛が重い」
テーブルに頬杖ついてだらしなく座るハルカの背中を、ひふみは優しくポンポン叩く。
実際大事な友人が大きいお腹で大工作業して、流産でもされたら寝覚めが悪いというものじゃない。親方も千歳さんの帰宅の件での恩返しということで、儲けの半分はハルカに渡すと漢気を見せてくれた。その結果夫婦関係が安泰となったそうなので、ひふみとしてはみんな丸く納まったからいいじゃないかと思っていた。
しかし当の本人は体動かしていないと落ち着かない性質なので、じっとしているというのが相当苦痛らしい。
その後もハルカは落ち着かないのでやりかけで親方に引き継いだ現場に顔を出し、手は足りてると追い返される。懲りずに支払いに訪れた建材屋では、銀行振り込みにしろ無理するんじゃないと説教されたりで、徐々に生活が窮屈に感じることが増していった。
結果というかなんというか、月が替わるころにはハルカはちょいちょい仕事を廻してくれる、おもちゃのレストア屋の乃木さんの所で仕事するようになった。
激しい運動でなければ体にいいこともあり、あちこち出かけないならと慶彦や高宮家の面々も妥協してくれたそうで、レストアに必要な細かい工具にお金がかかると愚痴りつつ、ハルカは結構楽しそうに通っている。
商店街にいる時間も長くなり、ひふみの所にも乃木さんと連れ立って休憩に来ることも多い。
ハルカにするとあまり面識ない未婚の男としょっちゅう一緒にいることに、慶彦は何も言わないのか心配になるくらいだった。
けれどもとくに慶彦は気にしている風ではなく、むしろ仕事中や神楽の練習中に妊婦の近くに誰かがいてくれるのが有難いらしい。
ちょっと無防備すぎないかとひふみは心配な所もあるが、ハルカたち夫婦のお互いを疑いなく信頼している関係が、少々羨ましくもあった。
冬から春に向かう季節には、日に日に大きくなっていくハルカのお腹を、ひふみが優しい目で眺める日々が続く。
ハルカに子供が生まれる事に、ひふみはどことなく現実感を持てないでいたが、なんとなく『いいなあ』と思いながら啓吾とも子供のことを話す日も増えた。
ひふみと啓吾も子供は別に作らないつもりではなく、お互いの体に問題があるわけでもない。ただ、今の新婚生活をもうちょっと続けようかな?といった、軽い感じで日々を過ごしていただけだ。
「まあそんなわけで、ちょっとうらやましく思ってはいるんだけど……」
晩酌しながらひふみがちょっといい気分になって啓吾にぽろっと漏らしたのだが……
「うんまあ、最近ため息増えてた原因はそれ?」
「え?そんな出てた?」
「うん……」
啓吾に心配されて見守られていたことに、ひふみはお察しされていたのに赤面してしまう。
『お酒のせい?』
啓吾にしてみればなぜ赤面するのか良くわからなかったが、普段見せない一面をひふみが見せたのになぜかほっこりする。
とはいえはいそうですかとすぐに子供が出来る訳でもなく、それからネットやら何やらで調べたり、ハルカの通う産婦人科にひふみが行ってみたりで、ひふみが色々考えながら妊活じみたことをしてみたが、半年もしないうちに啓吾が音を上げた。
お互いその気になって夜を過ごすのはいいのだが、タイミング図ってやろとするとなかなか上手くいかない日々が続き、ストレスで事にも及べなくなったらしい。
「というわけで行き詰りました……」
「まーたひふみん、ガチガチに計画立ててやろうとしたんでしょ?」
「うんまあ、確率そのほうが高いかなって思って……」
「男の人ってそういうの無理って人、結構いるらしいよー」
「そだね。まさに自分が当事者になってるよ」
ひふみの心配をよそに、もうすぐ生まれるかという時になってもハルカは変わらずコーヒーを飲みに店にやってくる。
お医者にもたくさん飲まなければ大丈夫と言われたというが、タバコやお酒はダメなのに同じ嗜好品のコーヒーは何で大丈夫なのか、ちょっとひふみは心配だった。
「まあ多少タイミング気にしつつ、酔った勢いでイチャコラしてれば自然とできると思うけどなあ……検査したんでしょ?一応?」
「うん。二人ともいたって健康だそうです」
「そりゃよござんした」
一日一杯と自分で決めたハルカが、カップに残ったコーヒーをくいっと呷る。
もうすぐ臨月となるため、昨日からレストア屋の乃木さんの所へも出入りしなくなった。これまでハルカを自由にさせてきた慶彦も、さすがにそわそわし始めている。
ハルカにあれこれ世話を焼くのはいいのだが、明らかに仕事にも神楽の稽古も集中力を欠くようになっていた。
仕事仲間もそんな慶彦を生暖かく見守り、神楽団のメンバーからはいい笑顔で子供が生まれるまで練習に来るなと通達される。
当の妊婦も自分で車を運転することを禁止され、自由が奪われてゆくと訴えて逆に周囲から説教されたりしていた。
「ハルちゃんがお母さんかぁ……」
「意外?」
「んー、現実感ない感じかな。ハルちゃんがお母さんになるのはうれしいなと思いつつ、なんか置いてかれる感じが日に日に強くなるというか」
普段飄々とマイペースに過ごすひふみの凹み様に少々驚きつつ、ハルカはカウンターに臥せってしまったひふみの頭を優しく撫でた。
「なんで妊婦よりひふみんがナーバスになってるのかね?」
「春の陽気のせいかな?逆説的に人を孤独にするよね、春」
「春?……っくくくっ……逆説とか……何か今のひふみん、録音して後日聞かせたくなりそうな事、たくさんき口走りそうだね」
ひふみの一言にプルプル震え始めたハルカを、顔を上げたひふみが恨めしそうに睨む。
「そうやって私のことみんなで笑いものにすればいいんだ……」
「よく言うよ。そんなやさぐれた事ひとっつも思ってないくせに」
「いいもん、誤解されやすいの昔からだし」
「面倒だとか言いながら、わざと誤解放置してたじゃん」
身に覚えのあるひふみは「そんなことない」と思ってもいないことを口にしつつむくれてしまう。
その後ひふみの愚痴をハルカが聞くといういつもと逆の光景が一時間ほど繰り広げられ、店の人たちや迎えに来た慶彦を瞠目させた。
別れ際に「元気な赤ちゃん産んでね」と不貞腐れた子供みたいな態度で別れ際にいうひふみにハルカは爆笑で答え、ひふみの頭を乱暴にナデナデした後で収まらない笑い声を響かせながら車は出発する。
――――翌月ハルカは無事に男の子を出産し、生まれた子供を見に来たひふみは、その日の診察で妊娠が発覚した。
つづく




