第10話 『パートナーの対談』
「よう」
「どもっす」
「カットいつもどおりでいいの?」
「はい、面倒なんで短めで」
「了解」
越智啓吾とひふみが結婚した後、穴太慶彦はハルカに啓吾を紹介されたこともあり、散髪に啓吾の店を使うようになった。
最初は付き合いのつもりだったが、お互いのパートナーの話で情報交換できるし、何より結構ウマが合ったのも大きい。
ひふみとハルカだけでなく、こうやって啓吾と慶彦が親交を深めたからか、結婚した後四人がすっかり忘れていた新婚旅行は、石垣島でダイビングしたいというひふみのリクエストにハルカが乗った事もあり、ついでだから一緒に行こうとなって先月帰って来たところだ。
「その後どうです?新居」
「相変わらずのんびり過ごしてるよ。ハルちゃんに感謝だな」
「今でもたまに夜にうなされて飛び起きる事あるんスよね」
「まあ、あの時のフミちゃん鬼だったからなあ」
「ひふみさん普段全然そんな見えないから、その話聞いてめっちゃ意外でした」
「俺も意外というか、嫁さん本気にさせたらヤバいって心底思ったよ」
その後も二人の共通の話題と言えばお互いのパートナーの事になる。
ひふみ経由で聞くハルカの事を慶彦が、その逆ルートを啓吾が聞いてお互いに地雷を回避したりサプライズを仕掛けたりと、ここでの情報交換は二人にとってかなり有用だった。
あとは四人の実家からの子供はまだかの大合唱に辟易している話だったり、啓吾が始めた有機農業の実験の話や慶彦の実家で飼い始めたヤギの話、ハルカの親方の奥さんがついに家に帰って来た話など、結構話題が尽きる事は無い。
「それにしても、あの二人は何であんなに地元好きなんだろうな」
「あー、ハルちゃんも結婚の時住む場所、出来るだけ滝原の近くが良いとか言ってたなあ」
「それで鈴谷?」
「まあ俺は職場に問題なく通えるならどこでも良かったんで。ちょうどいい借家あったし」
「ハルちゃんの要求はさすがだよね。『リフォームや改造してもOKな借家』とか」
「もう好き放題やってますよ。残材集めてフローリング張り替えたし、注文流れのユニットバス安く入れて据え付けたり、枯れてた井戸復活させたり……」
「男が車に金使ったりするのと同じ感覚なのかな?」
「でっかいプラモ感覚かもしれない」
そう言って笑う二人だったが、慶彦にしてみれば、もうちょっとおしゃれや美容にお金使って欲しいとも思っていると軽く愚痴る。
ひふみもあまり服や化粧にお金使わないなと、啓吾もふと思った。
この前なんて洗面所で自分で髪を切っていた。旦那が兼業で美容師やってるのに、なんで自分で切るんだと少し寂しく思って言ってしまい、今度からお願いねと笑って謝られた事も思い出す。
「あの二人は一緒に居るのが好きなんだろうか?それとも地元が好きなんだろうか?」
「んー、両方じゃないスか?ひふみさんとハルちゃん、俺もなんかセットで当たり前みたいな感覚あるし、たまたまその二人が地元好きで幼馴染で親友だって感じで」
啓吾も専門時代から就職一年目までは街に出ていたが、祖母の介護で地元に帰って以降は家を出る気が無くなっている。
地元に居ろと制限されたり負い目があった訳ではなく、むしろ自由にしていいと言われていた。
その結果が家に残る事だったし、そんな意向だったから、地元志向のひふみも安心して結婚した一面がある。
慶彦はそもそも神楽好きで、練習やお祭り、神楽の大会に参加する時間が欲しくて地元に残った口だ。
今の神楽団で神楽を続けられるなら、他は何もこだわらない感じだった。
とはいえあまりに神楽以外に無頓着すぎて、ハルカと付き合うようになってからあれこれ指図され、すでに結婚前から尻に敷かれている。けれどもハルカに任せていればきちんとしてくれる安心感から、むしろ今ではすっかり頼りにしていた。
パートナーがそんな二人だったから、今こうして啓吾と慶彦も仲良くなりつつあるのだが、あまりにひふみとハルカの仲が良すぎて、たまに疎外感や嫉妬が混じる事もある。
そして啓吾と慶彦がパートナーの事を話していると、その仲が良すぎ問題の話になるのが常だった。慶彦の資金繰りが上手くいっていたら、式も一緒にしたかもしれないという慶彦のボヤキに、啓吾もそうかもしれないと納得する。
「そういえば結婚式の時も、当たり前のようにハルちゃん親戚の席にいたなあ」
「あー、言われてみればひふみさんもだわ」
「……血のつながった双子かって思う事あるぞ、あの二人」
「まあ似たもん同士ではありますよねー。てか、啓吾さん小さい頃の二人知ってるんでしょ?」
「いや、ほとんど覚えてない。校庭で放課後アリの行列見てた女の子を覚えてるけど、たぶんアレがフミちゃんだったかなって程度」
「まあ……小学生だからそんなもんか」
実際『お邪魔虫の啓ちゃん』などという有り難くない綽名を頂戴するくらい、啓吾の頃の男子と女子は疎遠だった。
「まあ慶くん、俺らの時代には男子と女子で、相容れない深い溝が小学生にあってだな」
「それでまともに話出来ないから、どうしていいかわからずミカちゃんにちょっかい出してたと」
まさかそこから攻められると思っていなかった啓吾は言葉を失う。少し楽しそうな慶彦の顔を見て、ハサミからバリカンに変えてやろうかと本気で思った。
「……それ言ってたの、ハルちゃん?」
「いや、ひふみさん」
「くっそ……フミちゃん喧嘩の度にそれ持ち出すんだよなあ……」
「うちの兄ちゃん言ってたけど、奥さんってそういう旦那の失点いつまで経っても繰り返して言ってくるらしいっスよ」
「ああ、もうそんな兆候あるわ」
そう言って楽しそうに啓吾をからかう慶彦だったが、ふとそれって他人事で済む話だろうかと思い至る。
「……うちも最近ハルちゃんが言う事キツくなってきたから、おんなじになるのかなあ?」
「可能性高いんじゃない?あの二人そういう所、似てる気がするし」
「あのハルちゃんが兄ちゃんの嫁さんみたいに?……考えたくない」
「そういえばさあ、最近親父がいっつも母ちゃんにやり込められてたの、情けないって思えなくなってきててなあ……気持ちよくわかるようになってんのよな」
「止めてくださいよ、他人事じゃないんだから」
話しながら次々浮かぶ『思い当たる節』を考えながら、慶彦もちょっとげんなりし始めた。
その後散髪を終え、ひふみの所にいるらしいハルカを迎えに行くという事で慶彦は店を出ようとしたが、どうせ今日は客が来そうにないと思った啓吾も、二人がいる店に行く事にした。
「そんなんで良いんスか?客商売なのに」
「馴染みしか来ないし、客が来たら電話かけてくるから大丈夫でしょ」
『準備中』の札の下に近くにいるから携帯にどうぞとメモ書きと電話番号を張り付けて、啓吾は店の表に鍵をかける。
実際客の来ない日もあるし、最近は病院や老人施設、お客さんの家に出張という事で稼いでる方が多いと、啓吾は慶彦にボヤキ半分で説明する。
「というか本物の店主さん、どうしちゃったんスか?」
「もう年だから営業任せるって。最近週二日しか店にいないし、出張嫌がって俺に任せっぱなしだし」
「聞くだけで出張は大変そうですもんねえ……そういや啓吾さん、店主さんが店閉めちゃったらどうするんス?」
「子供は後継がないしお前どうだ?ってどこまで本気か判んないオファー貰ってる」
「お客引き継げるし有難い話だけど、だいぶ古い店だし手入れいりますよね」
「だよなあ。客がまだ店に来る前提にはなるけど……そうなるとまたハルちゃん?」
「うえええ、絶対ひふみさん口出してきますよね?ハルちゃんのトラウマ増えそう」
「ハルちゃん……絶対断れないだろうしなあ」
「ひふみさんの事だから、何が何でもやらせますよ?間違いなく」
「想像できるだけに怖い。店の事になったら俺も他人事じゃ済まない気がするし……」
『なんでそう真剣になれないかなあ?』『使う人がちゃんと意見言わないとだめじゃない?』『これ啓ちゃんのためにやってるんだよ?』といった穏やかなくせにやたら鋭利な言葉で責められる様が、容易に啓吾の脳裏に湧き出てきた。
横の慶彦も夜な夜な愚痴と泣き言を寝るまで繰り返すハルカを想像して、途方に暮れそうになる。結果本当に店を引き継ぐか決まるまで、絶対あの二人には言うまいと結論付けた。
それからもはや開店している店も数えるほどの商店街を二人で歩くと、その昔巴旅館と呼ばれた建物の前に見慣れない車が停まっていた。
啓吾が物心付いた頃には既に廃業しており、厨房を使った冠婚葬祭の仕出し屋に転身した後、その商売もいつの間にやめていたと記憶している。
通りすがりの偶然に表に顔を出してきたのは、啓吾からすると四つ年上の先輩だった。奥さんらしき人も目の前に現れ、物怖じしない感じでこんにちはと笑いながら頭を下げる。
そう言えばなんでこの元旅館の事を知っていたのか、ようやく啓吾も思い出す。中学高校と一緒に通う事は無かったが、小学校時代は彼の事を慕って金魚の糞みたいにくっついていたのだ。
「何年ぶりだっけ?」
「暫く実家帰ってなかったからなあ。もしかしたら十年以上ぶりかもだな」
横の慶彦に申し訳なく思ったが、懐かしさで思わずその場で立ち話を始める。
聞けば彼の両親が最初は出稼ぎのつもりで街に出て、そのまま居ついてしまって暫くここは空き家になっていたらしい。彼はずっと気になっていたこの家を何とかしたくて意を決して仕事を辞め、ここに戻る事にしたのだそうだ。
今日は家の空気の入れ替えと、引っ越してきた時の為に不要物の引き取りを業者に頼んで待機している所だったと啓吾に語った。
仕事も森林組合の求人が偶々あって、応募したら即採用だったと嬉しそうに報告してくれた。
そこで話の邪魔にならない様に奥さんと二言三言話していた慶彦が、同業の後輩が目の前にいた事に嬉しそうに横から入ってくる。早速その場で連絡先を交換してあれこれ組合の仕事について話し始めた。
盛り上がる話の中で、奥さんもハンドクラフトが好きな人で、ここで雑貨屋でも始めようかと考えている話も慶彦はぐいぐい聞き出していた。
若干ここでの暮らしに不安があったらしい彼とその奥さんからは、段々不安が軽くなっていくのが見ていてもわかる。
ついでに自分の奥さんが大工をしていると宣伝も抜かりなくやって、啓吾と慶彦はその場を後にした。
「ハルちゃん次の仕事できそうで良かったな」
「まあ結構あれこれ詰まってるっぽいから、余計なお世話とか言われるかもだけど」
「そんな事は無いだろ」
「だといいですけどねえ」
そう言う割に悪いと全く思っていないのは見ていれば解った。
後日大きな仕事が突如キャンセルになっていたハルカの所に、入れ替わるようにこの時話していた仕事が舞い込んできて、ほっと一息つくことになる――――
亀屋あさひ堂で合流した四人はいつものように店でコーヒータイムとなった。そこににぎやかな空気に誘い出されてきた社長さんとおかみさんが加わり、その席で娘さんが後を継ぐべく帰ってくるという報告を、四人は聞くことになる。
その後じゃあこれで用済みになると勘違いしたひふみから『別の就職先を探さないとな…』という言葉が出て、社長さんとおかみさんが泡を食って必死に慰留する羽目になった。
すでにひふみ無しでは会社が廻らなくなっていただけに、ひふみの勘違いを正したあと、彼女の思い切りと切り替えの早さに一同慄然とした。
二人それぞれに店じまいも終わらせた帰り道、ひふみと啓吾は社長さんとおかみさんの娘、カンナの話で盛り上がる。
「それにしても店の事とかその娘さん解ってるの?」
「さーあ。まあそう言うのはこれから追々だと思う」
「……大丈夫かな?」
「まあ、結構根性ある子だから大丈夫と思うよ」
「二つ下だっけ、フミちゃんの」
「うん。そそっかしいけど物覚えはいいし、要領悪いけど教えたらちゃんと出来るし、安易に実家戻るって言ってる気もするけど、やる気はあるみたいだし」
「……フミちゃん、それ、褒めてる?」
「え?……いや、そのつもりだけど、なんか違ってた?」
「うん、なんて言うか、怖い先輩になりそうだなあって印象」
「えー?知らない仲じゃないんだし、ちゃんと優しくしますって」
ニコニコ笑いながらそういうひふみに、なんとなくひふみとカンナの上下関係を見て、啓吾はあまり深掘りすまいと思った。
後日実家に帰って来たカンナは、暴走や空回りを上手い事ひふみに転がされながら、元気いっぱいに仕事をする姿が日常になって行った。
『同級生女子にはめっちゃ避けられてたけど、後輩には慕われてたんだよなあ……ひふみんは』
どこか遠い目をしたハルカから、そんなひふみ評を啓吾たちはその後聞くことになる。
つづく




