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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

2つのパパ

作者: 北緯64度

「家で済ませるわけにはいかないの?」


Aは首を振り、娘に中に入るよう促した。


「でも今日は久しぶりにパパとお出かけなのに……」


「いい子だからね。お腹が痛くなったらパパ悲しいよ。トイレは我慢しないって約束したよね?」


娘の頭を撫で、ゆっくり行くよう念を押してから、ようやく彼女を女子トイレへ送り出した。いつもの感じだと早くて10分、長ければ30分はかかる。運次第だ。


Aはオレンジ色の小さなライトが並ぶ、ほとんど人影のないヨーロッパ風の小道に立っていた。首から娘の食べ残したクマのポップコーンバケツをぶら下げ、両手にはお土産が詰まった大きな袋を下げ、トイレのそばでボディーガードのように見張っている。


深い夜空には、パレード後の花火も消え、星ひとつ見えない。遠くには人々の波が出口へ向かってゆっくり進んでいる。時計を見て、トイレの時間を差し引くと、娘とのデートもあと1時間で終わることに気づいた。


来年、娘は小学生になる。Aは誰かが時間を盗んだのではと疑うほど、つい昨日までおしゃぶりが必要だった娘が、今やペンを使って字を書くようになった。もしできることなら、もう少し一緒に住んで、日常のあれこれを一緒に体験したい。仕事が終わってから娘の寝顔を撫でるだけで、一日の疲れが癒されるのだから。


娘が4歳の時、細やかな前妻がAの秘密を暴いた。娘を連れて家を出て、今年になって娘に新しいパパを与えた。その男がどれだけ娘を可愛がろうと、Aはどうしても受け入れられない。しかし、どんなに頑張っても、前妻は娘と過ごす時間を週に1日しか許してくれなかった。


離婚後、娘は便秘になった。医者に見せても異常はなく、水分も繊維もきちんと摂っているのに、症状は改善しなかった。このことを思うたび、Aは娘がかわいそうでたまらず、同時に自分への嫌悪感が募る。人混みをぼんやり眺めながら、今夜はどれだけ飲まなければ眠れないかを考え、無意識にポップコーンバケツに手を伸ばしていた。


Aがポップコーンを食べかけていると、背後から学生時代のあだ名が飛び込んできた。振り返ると、小麦色に焼けた男が立っていた。夢によく出てくる相手を目の前にして、Aは思わず口を開けたまま、ポップコーンを床に落とした。


「やっぱり君だったんだ。久しぶりだね、元気だった?」


Bの垂れた目元と、太陽を感じさせる笑顔を見て、Aは懐かしさに胸を打たれた。まるで10数年前、たまたま同じ寮に入った大学1年生の2人が、一緒に行李を押して歩いていた頃に戻ったかのようだった。


「ああ、元気だよ。君は?」


Aがそう答えた瞬間、後悔の念が押し寄せた。目の下のクマと疲れ切った体は、どう見ても「元気」には見えない。対照的に、Bは精力的で、シワひとつない顔、筋肉で張りのある腕と胸元を露わにしていた。


Bの話し方は相変わらず心地よく、Aの心をざわつかせた。でも、Aは感情を抑え込み、ビジネスライクな態度を装って、普通の再会を演じるしかなかった。


和やかな会話が続いていると、日焼けした幼い女の子がトイレから飛び出し、Bに抱きついた。「父ちゃん、抱っこ!」と小さな手を上げる彼女をBは抱き上げ、肩に乗せた。そして笑顔でAに娘を紹介した。


突然の父親宣言に、Aの頭は混乱した。卒業式の日、「不公平だ」と涙を流し、自分を責めていた彼が、結局同じ選択をしていた。この何年も抱えていた罪悪感が、ようやく少し軽くなったような気がした。


子どもがいるせいか、2人は自然と育児の話題に移った。Bの娘も会話に加わり、ぬいぐるみにミルクを飲ませる仕草を一生懸命見せて、AとBを笑わせた。彼女には何が面白いのか分からず、怒ったように頬を膨らませた。その姿が愛らしくて、Aはお菓子を渡して彼女を慰めた。


娘から素直にお礼を言われ、さらにおどけた顔まで披露された。Bの娘はとても可愛らしかったが、Bには似ておらず、おそらく奥さんの遺伝が強いのだろう。Aは「奥さん、きっと美人なんだね」と言ってみたが、Bは反応せず、言いたげな顔をしただけだった。その様子にAは、Bが自分と同じ道を辿るのではないかと心配になった。


「番号、変えた?」


Bは首を振り、「変えてない」と答えた。


Aは唇を噛み、少し黙った後、低い声で尋ねた。「……また会える?」


震える声に、Bの目に一瞬苦悩がよぎったが、すぐに笑顔に戻り、「そんな言い方しないで」と諭した。


「君が心配なだけだ。ほかに何もない。一緒にご飯、いや、コーヒー一杯でもいいから、少しだけ時間をくれないか?」


Bは困ったように微笑み、娘の手を振らせてAにバイバイをさせた。誰よりもこの苦しみを理解していると思い、引き止めてもう少し話そうとしたが、幼い叫び声に遮られた。Bの娘が興奮して手足をばたつかせながら遠くを指さし、「パパ!」と叫んだ。


パパ?ぷにぷにした腕の先を目で追うと、人混みが引いていく通路に袋を提げた男が手を振りながら近づいてくる。日光灯の下に立った男は、小麦色よりさらに濃い肌をしていた。身長は自分とほぼ同じだが、体格はBよりがっしりしており、目尻に深い笑いジワが刻まれ、穏やかな雰囲気をまとっていた。


Bの娘は肩からさっと滑り降りると、男が持っていたビニール袋を開け、小さな手を中に突っ込んだ。目当ての戦利品を見つけると、ピンク色でふわふわのぬいぐるみを抱きしめながら、男の周りを跳ね回り、大きな声でAも聞き覚えのあるアニメの主題歌を歌い始めた。


紹介された男は、Bの夫だった。二人は結婚して長く、親戚の助けを借りて父親になる夢を一緒に叶えたという。夫の隣でリラックスした表情を浮かべるBの姿を見て、口の中にどうしようもない苦味が広がった。少しだけ無理して会話を続けたが、娘が「チキンナゲット食べたい」と言い出したところで、この運命的な再会は幕を閉じた。


Bの家族3人が手をつないで笑いながら去っていく後ろ姿を、Aは見つめ続けた。いつの間にか、Bの夫を自分と重ねてしまい、気づけば体が震え、呼吸が苦しくなっていた。抑えようとすればするほど、涙が止まらず、目尻に溜まっていくところをトイレから出てきた娘に見られてしまった。


「パパ、どうして泣いてるの?お腹また痛いの?」


慌ててポケットからティッシュを取り出し、鼻がむずむずすると言い訳しながら連続でくしゃみをするふりをした。でも、娘はじっと見つめてきて、信じていない様子。小さくて無邪気な顔には、年齢に合わない不安がにじんでいた。


やがて娘がAの服をそっと引っ張り、おどおどした声で聞いてきた。「この前、あの人のことパパって呼んだから?」


Aはその場で立ち尽くし、胸が何かに強く打たれたような感覚に襲われた。そして、しゃがみ込んで娘をぎゅっと抱きしめ、「パパが二人でも全然いいんだよ」と何度も伝えた。その後もアレルギーだと言い訳しながら、くしゃくしゃのティッシュの陰で静かに涙を流した。


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