子爵少年と隣国王太子
何でこんなに新しいエピソードが出るのが早いかと言うと、下書きをしてあるからです
セリーネ様が
『ふふっ。驚いたでしょう?これから放課の度に魔法演習をするのよ』
という、とんでもない発言をしてから二週間。
無事復学は出来たものの、私は放課の度に魔法で攻撃されている。
今だってほら。
ただ歩いてるだけで曲がり角から女子生徒が私に手の平を向けているし。
これ絶対攻撃されるやん。
「炎魔法発動!」
ほら見ろ。
この子は炎属性か。
初級水魔法でいいかな。
「初級水魔法発動」
魔法には属性がある。
炎 水 氷 草 雷 風 光 闇
闇魔法と光魔法が使える人はめったに居ない。
この8属性のどれか一つだけが使える。
普通は、常識的には。
確かに極稀に2つの属性が使える者は現れる。
ただ、200年前に現れてから、二属性持ちは現れていない。
私は2つの属性どころか、全属性使えてしまう。
バレたら面倒臭いから、普段は水魔法しか使っていない。
ちなみに、浮遊魔法とかは応用魔法だ。
だから、ほとんどの人が使う事が出来る。
魔力量が少ない人は、使う事が出来ない。
「セリーネ!君はなんて美しいんだ!」
「ああ、殿下はなんて格好いいんでしょう!」
「あんな邪魔な女とは大違いだ!」
「あんな方と比べないでくださいよぉ!もう!」
この人達は相変わらず人の目も構わずイチャイチャしてる。
正直かなりキツイ。
恥じらいは無いのかな?
仮にも婚約者の居る殿方と関係を深めるのは、立派な浮気だ。
別に殿下に愛など微塵も、これっぽっちも無いから気にしてない。
「ねぇ聞いた?留学クラスに転校生だって。アリスティア・ローズが魔力暴走を起こすちょっと前にはもう居たらしいよ」
「え?どんな子どんな子?」
「男の子。すごいイケメンらしいよ」
「本当⁉うわぁ〜会ってみたい」
「滅んだ国…セリューム王国とレオナルド王国の間の国って何だっけ?」
「ミネラル王国だよ。本当地理弱いね」
「そのミネラル王国の第一王子なんだって」
「へぇ。何でレオナルド王国に来たんだろう」
「なんでも、婚約者を探す為だとか」
私は二人の女子生徒に後ろを歩きながら会話を聞いていた。
前に居る二人が邪魔で、前に行けなくて少し困っている。
セリューム王国か。
久しぶりに聞いたな。
セリューム王国とは50年前に滅んだ国だ。
セリューム王国のあった場所には、誰も入る事が出来ない強力な結界が張られた。
いや、何者かに張られてしまったと言った方がいいだろうか。
セリューム王国の後に新しい国を作る事も出来ないから、世界中が頭を抱えている。
そして、セリューム王国が滅んだ原因は闇に葬られ、生存者が居るかも確認不能となった。
今は草木が生い茂り、50年前の殺風景の面影も無くなっていると聞いた。
王族も、魔力を沢山持った者すらも入る事が出来ないと言われている。
結界は普通、発動者が解除するか、発動者の魔力を上回る者が触れれば壊れる。
だが、それすらも叶わなかったと言う事だ。
中に入れた者は居ないのだろう。
「あれ?でもミネラル王国の王妃様ってお子さん産めない体じゃなかった?」
「そう!国王も第二王妃を迎えないしね」
「じゃあ、血の繋がりは無いのかな?」
「養子として引き取ったのかな?」
「そうみたい」
「留学クラスって本当に色んな人が居るよね」
「そりゃあそうよ。他国からの留学生全員居るクラスだもの」
そろそろ噂話にも飽きたなぁ…
「すみません。通してください」
私は早く前に進みたくて声を掛けた。
「きゃあ!」
叫び声を上げて前に居た一人の女子生徒が叫び声を上げて、倒れた。。
またこの光景…
もう嫌だ。
「大丈夫⁉」
もう一人の女子生徒は、倒れた生徒を起こした。。
「何するんですか⁉」
「声を掛けただけですが…」
「本当に貴方って最低!」
どうしてそうなるの?
何でいつも私が悪者になるの?
「何をしている」
この声どこかで聞いた事がある気がする。
そうだ。
レイの声に似ている。
「レイ…?」
顔をあげると、灰色の髪の毛と緑色の瞳を持った男の人が立っていた。
「レイチェル様…」
違うか…
レイは前髪が長くて、瞳が見えなかったから顔はよく覚えていない。
いや、見ようとしなかった。
でも、あの子なら…
『アリスティア!』
私の中で、レイの笑顔が浮かんだ。
レイは私と同い年で、引き取られるまでの一週間、一緒に遊んでいた。
レイなら私の事を信じてくれたのかな?
私の事を守ってくれたのかな?
「何があった?」
え?
どうして?
今まで誰もそんな事聞かなかったのに…
全部私が悪い事になってたのに…
誰も私の声を聞いてくれなかったのに…
この人は私を信じてくれるの?
この人は私を救ってくれるの?
お願い助けて。
そう叫べたらどれだけ楽だったのだろう。
誰も信じてくれないこの学園で、希望を、願いを持つだけ無駄。
そんな考えを捨てる事が出来たなら…
「アリスティア嬢がセレナを突き飛ばしたんです!」
何を訳の分からない事を。
突き飛ばしてなんて無い。
きっとこの人も信じてくれないんだろうな。
「おっかしいなぁ。俺には声を掛けているようにしか見えなかったけど?」
「え…」
耳を疑った。
でも、確かにこの人に私は庇われた。
どうして私を信じてくれるんだろうって思った。
「き…気のせいですよ…」
「…い…ます」
私は小さな声で言った。
大きな声で言わないと、誰にも伝わらない。
「違います!私は何もやっていません!」
男の人は満足したように笑った。
「それでこそアリスティアだ」
「……」
何で私の名前を知っているんだろう。
「何事だ!」
サリオン殿下…
その後ろにはセリーネ様が立っていた。
「アリスティア・ローズ!また貴様か⁉いい加減にしろ!」
「アリスティア様!もう罪無き人を虐めるのはやめてください!見ていられません!夜会の事をまだお怒りであれば、謝罪致します!なので、私のお友達を虐めるのはやめてください!」
また勝手な誤解を…
そもそも、夜会の件は貴方が始めた事でしょう?
「そうだ!貴方は魔力量が多いと聞きました!私見てみたいですわ!」
セリーネ様がそういった瞬間、私達の周りを30人以上の生徒が囲んだ。
彼女は笑っているが、その笑顔の裏には悪意がある。
何を考えているの?
セリーネ様。
ここにはレイチェル様と女子生徒二人が居るのよ?
「その三人を守って見せなさいよ!皆さん」
私達を囲んでいた生徒達が一斉に杖を向けた。
杖は魔法を使う際に使うと正確に魔法を打つ事が出来る為、多くの生徒が使っている。
「ちょっと!私達を殺す気⁉」
セレナさんが声を荒らげた。
全くもってその通りだ。
「待て!何のつも」
「大丈夫。絶対に守るから」
私は文句を言おうとしたレイチェル様を止めた。
下手に逃げれば、また魔力暴走を起こしかねない。
「炎魔法発動」
「水魔法発動」
「氷魔法発動」
「風魔法発動」
「草魔法発動」
「雷魔法発動」
嘘でしょ⁉
基本六属性全部⁉
「防御魔法発動!」
一時的に防御魔法で結界を張ったけど、恐らくすぐ破られる。
よく見たら、私達を囲んでいる生徒達の瞳が虚ろだ。
「強制魔法か…」
レイチェル様がそう呟いた。
私が思い浮かべていたのと同じ魔法を思い浮かべていた様だ。
「レイチェル様もお気づきでしたか」
強制魔法は闇魔法の一種だ。
光魔法の使い手であれば治す事が出来ると聞いた事がある。
闇属性の弱点属性は光属性だ。
闇魔法を使えるのは、この学園でただ一人。
セリーネ様だけ。
珍しい闇魔法の使い手。
しかも、公爵令嬢と言うチート。
だからと言って、魔法を人を傷付ける事に使うだなんて。
許せない…
「光魔法発動」
そう言った瞬間、周りに目映い光が現れた。
初めて光魔法を使ったけど、上手く使えたみたい。
私達を攻撃していた生徒達は倒れた。
「温かい光…」
誰かがそう呟いた
一方で、サリオン殿下が大きな声をあげた。
「アリスティア…どこまで学園の生徒を傷つければ気が済むのだ!」
「は?」
思わず声が出てしまった。
この状況でも私が悪いと言えるの?
「生徒に強制魔法をかけたのは貴方でしょうセリーネ様」
「また私に罪を着せる気なのですか⁉」
「違っ」
「セリーネもうこんな奴と話す必要は無い」
何故…
「何故いつも私が悪者になるのですか⁉どうして私が…私だけが責められるのですか!理不尽ですよ!こんなの!」
「アリスティア嬢は皆にかけられた強制魔法を解いていたのですよ?全くの誤解です」
何でレイチェル様は私を庇ってくれるのだろう。
「自作自演だろう!」
「アリスティア嬢は二属性持ちですよ⁉しかも貴重な光魔法!」
この王子はどこまで馬鹿なのだろう。
私が今使ったのは光属性の魔法だ。
普段は水属性しか使っていないから、二属性持ちになる。
しかも、希少な光属性だ。
私が本当は全属性使える事がバレなくて良かった。
でも、光属性が使えるだけで大問題だし、二属性持ちも結構問題だ。
「サリオン殿下、レイチェル・ミネラル殿下、セリーネ様。アリスと話をさせてください」
ユリアが皆に話しかけた。
また来たの?
あんなに酷い事を言ったのに…
突き飛ばしたのに…
「ねぇ、もう一度話をしよう」
「……」
私は何も言えなかった。
「アリス?」
「貴方と話す時間が無駄」
え?
またこの感覚。
心の底で、ほんの少しだけ感じている事が口から出ている。
「何で…そんな事…言うの…?私達親友でしょ…?」
ユリアが悲しそうに言う。
やめて。
これ以上は本当に駄目。
「私が攻撃されているのを見て見ぬ振りをするのが親友だと言うの?そんなものを友達と言えるの?いつもいつも貴方が狙ったようなタイミングで来るのは私に見直して欲しいと思っているから?それとも、皆にいいところ見せたいから?」
「違うよ!私はただ…」
「何が違うの?アリスを庇ったら私まで攻撃されるって怖気づいてたんでしょう?貴方は良いわよね。色んな人から愛されて、慕われてさ。嫌われている私の事を見下しているんでしょう?」
「違う!」
ユリアは声を荒らげて言った。
「もう良いでしょう?これ以上話すだけ時間の無駄」
私が言い放つとユリアは悲しそうに顔を歪めた。
「そっか。アリスはそう思ってたんだ。少なくとも私はアリスの事親友だって思ってた。馬鹿みたい」
待って。
違う。
「もういいよ。貴方の事を親友だと思わなければ良かった。行こ」
ユリアは私にそう言うと、一緒にいた友達と一緒に歩いて行った。
「哀れだな」
「親友にあんな事を言うなんて」
「ユリア様が可哀想よ」
周りから聞こえる噂話もどうでもいい。
「アリスティア…」
私は立ち上がり、第七図書室に向かった。
ねぇ、神様。
私は貴方に一体何をしたのでしょう。
こんなにも虚しい思いをしなければならない事をしたのでしょうか?
どうして…
どうして皆が幸せそうな中、私だけ沢山のものを失わなければならないのですか?
全てを失った気分だった。
きっとここからだろう。
いや、もっと前からだろうか。
私の世界から色が消え始めたのは。
「アリスティア嬢!」
私を呼び止めるなんて、どこの命知らずだろう。
私は廊下をただ普通に歩いていた。
「何でしょうか」
私は無愛想に返した。
目の前に居たのは灰色の髪の毛と緑色の瞳を持った人。
誰だっけ。
会った事はある筈。
「この間はありがとう。時間はあるか?」
「まぁ…」
「少し話をしてもいいか?」
私が人と話しているのに屋上から攻撃しようとしている生徒がいる。
「伏せて」
「え?」
「防御魔法発動」
私が魔法を発動した瞬間に、辺りに轟音が鳴り響いた。
土埃がすごくて、私に話しかけて来た男子生徒は咳いていた。
この間の私の魔力暴走で校舎が破壊した為、校舎には強力な防御魔法がかけられていた。
だから校舎は無傷だ。
「拘束魔法発動」
私は攻撃してきた生徒に拘束魔法をかけた。
「大丈夫ですか?」
「あぁ…なんとかな」
「行きましょうか」
「え?アイツは…」
この人が気にしているのは屋上で動けなくなっている人の事だろう。
「いいです。ほっときましょう」
「自己紹介がまだでしたね」
「そういえばそうだったな」
社交界では爵位が高い人の前に爵位が低い人が名乗るのが正直だ。
この人は王族だった筈だから、私から名乗ることになる。
「私はレオナルド王国第一王子、サリオン・レオナルド殿下の婚約者のアリスティア・ローズです。以後お見知り置きを」
「元レオナルド王国子爵子息だった、ミネラル王国第一王子、レイチェル・ミネラルだ」
え?
レオナルド王国の子爵?
「レ…イ…?」
「お久しぶり。アリスティア」
「レイなの?」
「ああ」
「随分大人びたね」
「しばらく王子教育されてたからね」
レイとの再会は嬉しい筈なのに、何も感じない。
「本名はレイじゃなくて、レイチェルだったんだね。…敬語の方がいい?」
「いや、レイ呼びで構わない」
「何でレイって名乗ったの?」
「両親に、知らない人にはレイって名乗れって言われてたんだ」
本当に何もかも変わったなぁ。
レイは確実に良い方に向かっている。
私と違って。
私は無言でレイを見つめた。
「何?」
レイは頬を少し赤らめて言った。
何も考えずに見つめちゃってた。
申し訳ないな。
「ごめん。で、話って何?」
「何でアリスティアは虐められてんの?」
「…っ。何の事?虐めだなんて」
「誤魔化せると思ってるの?俺を舐めないでよ」
真っ直ぐな瞳でそう言うレイから、目を逸らす事が無かった。
「ねぇ、レイ。私は貴方と会えて、良かったと思っているの」
「アリスティア?」
「でもね、貴方は私と一緒に居ちゃいけない」
レイは膝から崩れ落ちた。
私がレイに睡眠魔法をかけた。
レイは四つん這いになり、意識を保つので精一杯だろう。
「だから私との思い出は忘れて、私に関わらないで幸せになってね」
私がそう言うと、レイは意識を完全に失った。
私はレイの頭に手を置き、記憶を抜き取った。
記憶はパズルの様になっている。
それを魔力を注いで抜き取る。
それにより、抜き取った記憶は対象者から消え去る。
それを所持することが出来るのは、記憶を抜き取った者だけだ。
「ごめんなさい、レイ。私は貴方にまで嫌われたくないの。貴方にあんな事はされたく無い。この最低な女を許してね」
❅ ❅ ❅
「うぅん」
ミネラル王国第一王子としてこの国に留学して来た俺は、俺は何故か保健室のベットの上で寝ていた。
俺は何をしていたのだろう。
記憶が無い。
誰かと会っていたような…
俺は起き上がって、ベッドを囲んでいるカーテンを開けた
「レイチェルさん。目が覚めましたか。貴方は裏庭で何をしていたのか覚えていますか?」
「……」
俺そんな所に行ったっけ?
正直何でそんな所に居たのかも思い出せない。
「先生が運んで下さったのですか?」
「いえ、運んで来たのはアリスティアさんよ」
「アリスティア…?」
聞き覚えがある気がする。
初めて聞いた筈なのに…
「気分が優れないなら、まだ休むか外の風の当たって来てはどうでしょうか」
「そうします」
俺は保健室を出ようとした。
その時に先生の呟きが聞こえて来た。
「どうしてレイチェルさんからアリスティアさんの魔力を感じたのかしら」
俺はどう言う事か聞こうとはしなかった。
さっきから精霊の気配を感じる。
何でだろう。
姿を表した精霊は険しい顔をしていた。
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この世に存在する全種類の精霊がいた。
『レイチェル!ティア危ナイ』
『記憶戻ッテ!』
『カケラヲ持ッテ来ナイト!』
『王ノ所二行ク方ガ早イ!』
『思イ出シテ!』
『大事ナ記憶!』
『ティアガ心ノ闇二飲ミ込マレル!』
『助ケテ!』
精霊達が何を言っているか分からない。
ティア?
アリスティア嬢の事か?
「危ないって?」
『王様来タ!』
『王様!コッチダヨ!』
『早ク早ク!』
王様って精霊王の事か⁉
強く風が吹き、目の前に大人の男性が現れた。
「そう慌てるな」
『ティア危ナイ!』
「分かっておる」
『死ンダラ王様ノ責任!』
「こりゃ手厳しいな」
精霊と親しげに話しているこの人は精霊王なのだろうか。
「レイチェル・ナーヴァ…いや、レイチェル・ミネラルの方がいいか?」
「……」
「そう案ずるな。我はアリスを救いたいだけだ。我は貴様の記憶を返しに来た」
「俺の記憶?」
「手を出せ」
俺は素直に手を出した。
手に落ちて来たのはパズルのピースの様な物だった。
それが手に落ちて来た瞬間、俺の頭の中は、アリスティアとの記憶で溢れた。
『ねぇ、レイ。私は貴方と会えて、良かったと思っているの。でもね、貴方は私と一緒に居ちゃいけない。だから私との思い出は忘れて、私に関わらないで幸せになってね』
『ごめんなさい、レイ。私は貴方にまで嫌われたくないの。貴方にあんな事はされたく無い。この最低な女を許してね』
最後にアリスティアが俺に言った言葉が溢れて来る。
アリスティアの悲しげな顔、震えた声。
意識を失う前に零れた一粒の涙。
何故、こんなにもあっさり忘れたんだろう。
「精霊王。記憶を返して頂きありがとうございます」
「よい」
「失礼ながらお名前は…?」
「悪いな。言っていなかったな。我がゼノンだ」
そんな会話をしていたら授業終わりのチャイムが鳴った。
「生徒が来るな」
そう言ってゼノン様は消えた。
アリスティアに会いたい。
会って話をしたい。
「精霊達」
『何?』
『ドウシタノ?』
「アリスティアの居場所を知っているか?」
『分カルヨ!』
『アレ何テ読ムノ?』
『第…第七?』
『ウ〜ン』
『着イテ来テ!』
『コッチ!』
精霊達が案内してくれた場所は第七図書室だった。
アリスティアは本が好きなのか?
『魔法ヲカケテアゲル』
『ナンデモ通リ抜ケラレル』
『誰カラモ見エナイ』
俺の体は透け、自分からも見えなくなっていた。
これならアリスティアの本心も聞けるかも。
俺は扉をすり抜けた。
「♪〜〜♪〜〜」
そこには美しい声で、本を読みながら歌うアリスティアの姿があった。
その瞳には光がなかった。
精霊達がアリスティアに近づいた。
『ティア』
『何デ悲シソウ?』
「私はね、幸せになっちゃいけないみたい。時折…ううん。ずっとユリア達が憎いの。大切な親友なのに、皆から好かれて、愛されているユリアもエリックも憎い。きっとその内、レイも憎くなるかもしれない。これ以上人を憎みたくないの。だからね、私はやってはいけない事をしたの」
『ティアハ悲シイ?』
「悲しいのかな?分かんない」
精霊と話すアリスティアは、さっき話した時と雰囲気が全く違う。
確かに最後はこんな雰囲気だったな。
いつものアリスティアと違う。
笑顔が無い。
「嫌い嫌い。皆嫌い。消えちゃえばいいのに」
アリスティア、どうしてそこまで我慢をするの?
嫌なら嫌とはっきり言えばいいのに…
そんな事を考えていたら、アリティアがこちらを見た。
「そこに誰が居るのかは知らないけど、嫌いな女の弱みを握れて嬉しい?」
バレている。
アリスティアには探知能力があるのか?
「好きなだけバラせば良いんじゃない?どうせ誰も私の話を聞かないんだから。皆簡単に信じてくれるわよ。でも、やっとちゃんと私が犯した罪が出来るなぁ…」
ちゃんとした罪って何だよ。
お前は何もしてないんだろ?
分かるよ、そんな顔してたら。
「…でしょ」
「え?」
思わず声を出してしまった。
だが、アリスティアは気付いていないようだ。
「もう十分でしょ!これ以上私に罪を着せても何もならない!ただ私が殿下とセリーネ様に怒鳴られて終わるだけ!そんなのを見て何が楽しいの!もういい加減にしてよ!」
声を荒げるアリスティアに、笑顔で庭を駆け回った時の面影はなくなっていた。
『ティア』
『落チ着イテ』
『怒ル駄目』
精霊が必死に訴えた。
精霊は負の感情が苦手だ。
だからアリティアに怒って欲しくないんだろう。
「……行きましょう」
アリスティアは扉へ歩いて行った。
彼女はそのまま何も言わずに、出て行ってしまった。
『モウ良イ?』
「ああ。ありがとう。…アリスティアはいつもああなのか?」
『ティアハ人ガ嫌イ』
『憎ンデイル』
『信ジテナイ』
精霊達がそういう。
「我は時間が無いと思っておる」
「ゼノン様…」
突然現れたゼノン様に俺は、驚いた。
不機嫌そうな顔をしているゼノン様からは、何か会ったのだと読み取れた。
「ゼノンで良い」
「時間が無い…とは…?」
その後聞いた話は、俺には全く意味が分からなかった。
❅ ❅ ❅
ここはどこだろう。
私、さっきまで部屋で寝ていたよね。
私は真っ暗で何も無い世界にたった一人で居た。
私は水の上に立っていた。
正確には水のようなものの上に立っていた。
動くと、水溜りに水が落ちた時にする音がしている。
レイの記憶を消して、図書室で精霊との話を聞かれた後に体調が悪くなって早退した。
その後、部屋で本を読んでいたはず…
「おはよう!アリスティア!」
「うわぁ!誰⁉」
黒色の髪と美しい金色の瞳を持つ、見知らぬ少女に話しかけられた。
「私はアルネーゼ!アルって呼んで!」
「ア…アル?ここは一体…」
「ここは人生が嫌になった人だけが来られる世界!ここに来れば幸せな夢を見られるよ!」
幸せな夢…?
何を言っているか分からない。
そんな都合のいい事ある訳無い。
でも、もしそんな事が出来るのなら…
「でもね、条件があるの!」
「条件…?」
「貴方の自我を私に頂戴!」
「は…?」
アルの言っている事が分からない。
自我を頂戴ってどう言う事?
「ごめんね…自我は…あげられないな…」
「じゃあさ、試しに幸せな夢を見てみる?」
そうだなぁ。
試しに見てみても良いかも…
「じゃあ、見せて…」
「いいよ」
アルは私の額に人差し指を当てて言った。
「いってらっしゃ~い」
「お〜き〜て〜。愛里寿〜」
「もう朝…?」
「愛里寿ってば寝ぼけてるの?」
私は上半身を起こして、目の前に居る少女に話しかけた。
茶髪と黒目かぁ…
「貴方誰?」
「愛里寿?大丈夫?頭ぶつけたから記憶が混乱してるの?」
「頭をぶつけた?」
「あっちゃ〜。記憶喪失とか本当にあったんだ…」
頭を抱える少女は見た事が無い服を着ていた。
「改めまして、私は鈴木菜緒」
「なお…ね…」
「愛里寿…自分の名前思い出せる?」
分からない…
何だったっけ?
私は静かに首を振った。
「貴方は桜井愛里寿だよ」
「思い出せない…」
私はベッドから降りて、立ち上がった。
「愛里寿…いつからそんな姿勢良くなったの?」
「いつも通りだと思うけど…」
私達が会話していると、部屋の扉が勢い良く開いた。
「愛里寿!倒れたって聞いたけど…マジ⁉」
「ここ保健室だぞ。静かにしろ」
「うっさい!あんたは愛しの君が倒れたのに心配すらしてないの⁉」
「愛しの君言うな!」
「あらら。真っ赤でちゅよ〜?どうちたんでしゅか〜?」
「死ね!」
「酷い!」
わぁ、すごい。
暴言のオンパレードだぁ…
「あんた達静かにしなさいよ!愛里寿は記憶喪失で具合悪いんだから!」
あーあ。
言っちゃった…
「うぇえぇぇ⁉そうなの⁉愛里寿大丈夫⁉」
「だからうるせぇって!」
「うるさい!Shut Up(訳:黙れ)!」
「あん?go to hell(訳:地獄に堕ちろ)!」
ゆりあは不機嫌そうに顔を歪めている。
「ごめんね。あの二人いつもあんなの。悪い奴らではないんだけどね…男の方は伊吹。女の方は世玲奈」
話を聞いていた私は猛烈な眠気に襲われた。
「どうだった?」
そうだ私…
私があの人達みたいな普通の学生だったら…
幸せだったのかな…
「楽しかった…」
「じゃあ!」
「考えておくね」
白い天井にシャンデリア。
戻ってきたんだ…
「おはようございますお嬢様。学園に行く支度を致しますよ」
「うっ…」
メアリーはカーテンを開けながら言った。
朝日が眩しすぎて思わず声が出てしまった。
学園…行きたくないな。
準備を終えた私は部屋から出ようとした。
その時、部屋の扉がノックされた。
「はい」
私は扉を開けた。
そこに居たのは、私と同じスミレ色の瞳を持った男の人だった。
「ただいまアリスティア!」
「お兄様?留学していたのでは?」
うん。
分かるよ。
どうせ私に会いたくて早く帰って来たとでも言うんでしょ?
「飛び級して早く帰ってきたんだよ!可愛い俺のティアに会いたくて!」
ほらみろ。
そう、私のお兄様はシスコンなのだ。
「ティ〜ア〜」
私に抱きつこうとするお兄様を華麗に交わし、冷めた声で言った。
「気持ち悪いですよお兄様」
「冷たい」
「メアリー。行こう」
「待て」
お兄様が真剣な声で私を呼び止めた。
「学園はどうだ?」
「…どうだとは?」
「噂を聞いてな。一人の娘が殿下の恋人を虐めていると。名はお前と同じアリスティアと言うのだが」
私はその場から急いで立ち去った。
お兄様にまで疑われるの?
本当に、私が幸せになる未来は無いのかな。
どうしたら開放されるんだろう。
こんな世界に希望なんて無い。
何もかもどうでもいい。
魔法学園に着いた私は、いつも通り攻撃された。
周りの大人は見て見ぬ振りをする。
味方は居ない。
分かっている。
この世界が…
ユリアが…
エリックが…
幸せな皆が…
憎い…
『じゃあ貴方が消しちゃえば?』
頭の中に響いた声には聞き覚えがあった。
今朝、夢の中で聞いた声。
「アルネーゼ…?」
『貴方にはそれが出来る力があるよ。憎い奴らを殺して、幸せな夢を見ようよ』
「そんな事出来ない…殺人は嫌だ…誰も殺したくない…」
『そんな綺麗事を並べて逃げるの?殺せばいいじゃん。憎いんでしょ?許せないんでしょ』
違う…
私は…
『幸せになりたいんでしょ?』
人の命を犠牲にしてまでなりたいわけじゃない。
「雷魔法発動!」
「炎魔法発動!」
「防御魔法発動」
朝っぱらから人を攻撃して楽しいの?
私が嫌がれば、貴方達を本気で攻撃すれば、貴方達はやめてくれる?
遠くにいるユリアが、私の目に映った。
彼女は、私の方を見ずに友達と笑いながら歩いていた。
ねぇ、助けてよ。
ローズ領で沢山人助けをしたなら、私も助けてよ。
幽霊少女なら助けてよ。
私の救世主になってよ。
ねぇ、ねぇ……
「私を……助けてよ……」
『素直になって良いんだよ。もう一度聞くよ。アリスティア』
「素直に…」
『私に貴方の自我を頂戴。幸せになれる世界に連れて行ってあげるから。幸せになりたいんでしょ?』
それを聞いた瞬間、私の中の何かが切れた。
「あげる!自我なんていらない!そんな物どうでもいい!幸せになりたい!」
『いいよ。おいで』