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グザヴィエ

注!)自死の表現があります。ご注意ください。

 グザヴィエはまだ従士だった十四才の頃、小領主であった両親を流行病である黒死病で亡くした。

 その後一年にわたり、主であるオルレアン公を巻き込んで縁者たちの抗争があった。しかし、ブロンシュの父ガルシア子爵の後ろ盾を得ることによって騎士(シュバリエ)の叙任を得てオーベルジュ男爵家を継ぐことができた。

 それまで亡き父と良好な関係を築いていたはずの叔父や遠縁の者たちが、グザヴィエを蚊帳の外に置いてオーベルジュ家の行く末を話し合っていた時、ブロンシュの父だけがグザヴィエに手を差し伸べてくれたのだった。

 

 そこにどんなに思惑があったとしてもグザヴィエは感謝した。グザヴィエは己れの力のなさを痛感していたのだ。父母が守ったオーベルジュを継ぐことができるのなら利用できるものは利用し、どんな試練にも耐えようと思っていた。だが、ガルシア子爵の出した条件は小さなものだった。


 その一つがガルシア子爵家長女ブロンシュとの結婚であった。


 結局、ガルシア子爵の狙いもグザヴィエの領地であるのだろうと身構えていたグザヴィエであったが、顔を合わせたブロンシュは可憐で朗らかで意外にもささくれだっていたグザヴィエの心を癒した。

 同じ時間を過ごすうち二人は心を通わせ、お互いが必要な存在だとして認識していった。

 

 グザヴィエにとってブロンシュは新たにできた家族であり守るべきものであり、恋人であり妻だった。両親を亡くしてついぞ忘れていた笑顔を思い出させてくれた。そのような存在がいたことに感謝し、グザヴィエの納得のもとオーベルジュ男爵家とガルシア子爵家は運命共同体となった。


 穏やかで幸せな日々が続く。

 まだ幼い二人は本当の意味での「夫婦」ではなかったが、たくさん話し合い協力して領地を治めて城を運営し、満ち足りた生活を送っていた。


 だが、その日常はあっけなく終わったのだった。


 *


『行ってくるよ、愛しい人。必ず戻るからここで待っていて』

『待っているわ、愛しい人。あなたが無事に戻るまで』


 必ず、必ず戻る。


 グザヴィエは甲冑の下のペンダントに手をやり誓った。


 ***


 遠くに感じていた戦争はだんだんと広がり、間近までやってきていた。グザヴィエらは愛する者たちを守るため、騎士として主君に従う。


 グザヴィエは戦地へ、ブロンシュの父と兄とともに向かった。


 初めて経験する他国との戦場は文字通りの地獄絵図であり、到着早々戦いの場へと引き摺り出された。領内の鎮圧程度の戦闘とは異なり、生まれて初めて人の命を奪った。深く刺した剣の感触は、体を芯から冷えさせ震えさせた。

 夜になっても体の昂りは収まらず食べても吐いた。


「大丈夫か?」

「無理でも食え。ブロンシュのもとに帰りたければな」

 義父が差し出したスープの器を黙って受け取った。

「そうだぞ、グザヴィエどの。私も愛しい妻のために食べるとしよう」

「……はい。義父上、義兄上」


 そうだ。死んでなるものか、生きてブロンシュのもとへ帰るのだと、次の日からも兜の中で涙を流しながら歯を食いしばり、敵を斬り続けた。


 当初、体を冷えさせた感触はだんだんと慣れとなる。むせかえるような血の臭いも肉の焼ける臭いも日常となり、人を斬っていくのは生き延びるためだけの作業となった。

 グザヴィエは、いつのまにか自陣では「軍神」と呼ばれ、敵陣には「悪鬼」と呼ばれるまでになった。


 戦いの場ではブロンシュを想い、わずかな休憩の場では首元にしのばせたペンダントに手をやって目を閉じた。


 *


 戦局は厳しさを増し、追い詰められる。義父と義兄ともはぐれ、陣営はじりじりと後退する。

 そしてグザヴィエが従軍して三年後に起きたポワティエの戦いにおいて、不利と見たオルレアン公の陣営は混乱状態に陥り敗走した。その最中、フランス国王ジャン二世と側近たちとともに、グザヴィエも敵イングランド兵の手に堕ちたのだった。


 捕虜として拘束され跪かされながらも、顔を上げて周囲を睨みつける美しいグザヴィエに敵の兵士たちは欲を孕んだ目で見ていたが、そこに現れた一人の男に背筋を正す。

 冷たい目でグザヴィエを見下ろしたのはイングランド王国側の指導者エドワード黒太子だった。若干二十六才ながら歴戦を勝ち抜き、このたびの戦いでも勝利をおさめた。

 

「ほほう、そなたが『悪鬼』か。まだほんの若造ではないか」

 グザヴィエはまっすぐにエドワード黒太子を見た。

「なかなか芯がありそうだ。だがな、このたびの戦でそなたらの王ジャン二世も我らの捕虜となった。人質として我が国に連行することが決まっている」

 

 目を見張るグザヴィエに「ふっ」と笑ったエドワード黒太子は、周囲に向かって声を張った。

 

「我らの同胞を死に追いやった『悪鬼』グザヴィエ・ドゥ・オーベルジュは我が国に連れ帰り、父エドワード三世陛下の御前に献上する。これ以降は指一本触れることを禁ずる!」


 *


「ちょっとぐらいバレねぇんじゃねえか?」

 わざとらしくグザヴィエの腰に手を回しながら頬に唇を寄せ下卑た笑いをする一人の兵士に、もう一人は呆れた顔をする。

「やめとけ。処刑案件だぞ」

「ちっ。じゃあこれは貰っておくか」


 兵士がグザヴィエの首元にちらりと見えた金鎖を掴み引きちぎった。ペンダントトップにはブルートパーズとペリドットが輝いている。

「狡いな、お前。それ売った金で酒でも奢るんなら見逃してやるよ」


 グザヴィエを連れてきた兵士二人は、グザヴィエを砦の地下にある独房に突き飛ばし施錠した後、笑いながら去って行った。

 薄汚い敵兵の手からはブルートパーズとペリドットの小さな花が輝くペンダントが揺れている。


 目の前が真っ赤になるほどの怒りが込み上げる。

 グザヴィエは全てに絶望し、呪い、憎んだ。

 

 そしてブロンシュを想い、舌を噛み切った。

 冷たい石の床の上に横たわり薄れる意識の中、かすかにリュートの音色が聞こえる気がした。閉じた目から、つうと涙が流れ床にぽとりと落ちる。


(すまないブロンシュ。帰ると約束したのに……。どうか魂だけでもブロンシュのもとに……)


 *


 だが、神はそれを許さなかった。

 グザヴィエは、自分と同じように自分が斬った相手にも愛し愛される相手がいることに思い至らなかったからだ。我欲のために他者の命を奪った。

 それは戦争であろうと愛のためであろうと神にとっては関係なく、罰せられるべき罪なのだ。


 グザヴィエの魂はその後百年、天と地との間を彷徨うこととなる。

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