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ペンダント

 翌朝、早めに出発したいと考えていたセザールたちだったがブロンシュの姿が見えず、黙って出ていくことはできないと途方に暮れていた。使用人は、執事をはじめ下男下女に至るまで全く見当たらない。もしかすると通いで誰か来るかと思っていたが、どうもその気配もない。

 

 ブロンシュの部屋はわからないしウロウロするわけにもいかず、最初に案内された居間で二人はどうすべきか悩んでいた。

 なにか書き置きを残したくても平民であるセザールとネージュは文字が書けない。


「どうするかな、そろそろ昼になる。出立しないとやばいな」

「なにかお礼の品を置いていく? わかってもらえるかわからないけど」

「そうだなあ、食糧がないって言ってたから……ドライフィグ(干しいちじく)とパンぐらいしかないけど」

 二人は袋の中を確認しながら黙り込んだ。この古ぼけた城にブロンシュを一人残していく、ほんの小さな罪悪感がちくりと胸を刺す。


 そう話していたところにブロンシュが現れた。


「あら、まだいたの」

 セザールとネージュが拍子抜けをするとブロンシュは指で唇に触れながら「ふふ」っと笑った。

「せっかく見逃してあげようと思っていたのに……」

「はい……?」

「いいえ、なんでもないわ。あなたたち、今から出ても間に合うのかしら?」

「たぶん、森を出られれば」

「そう。うーんどうしようかしら。まだお腹はすいてないわね……。夏だから腐っちゃうし」

 ブロンシュが小さな声でぶつぶつ言っているのを我慢強く待っていたセザールがたまらず声を上げた。


「泊めていただきありがとうございました。先を急ぐ身ゆえ失礼したいと思います。あっ、これを」

 セザールは、袋の中からドライフィグとパンではなく少し太めの鎖がついたペンダントを取り出した。鈍く金色に光るペンダントトップの透かし細工の中に、ブルートパーズとペリドットの小さな花が埋め込まれている。


 ブロンシュは目を見開いてペンダントを見つめた。


「これは……?」

「俺は傭兵として戦地に赴いていまして、敵将の首を取ったんです。それで褒賞として貰ったものなんですが、ここに泊めていただけなければ森で獣に襲われて命を落としていたかもしれません。お礼として貰ってもらえませんか?」


 ブロンシュは震える手でペンダントを受け取った。食い入るようにペンダントを見ながら言った。

「この、ペンダントの持ち主は?」

「は? えーと……」


 ペンダントの持ち主は百年戦争が始まった頃の英雄の持ち物だったと聞いている。『軍神』などと呼ばれた、ほぼ伝説上の人物で眉唾物なのだが。

 このペンダントも本物ならば大層な価値のあるものなのだろうが、傭兵への褒賞となるのならば大したものではないのだろうとセザールは思っていた。とはいえ、セザールが持っているものの中で価値がありそうなのはこれしかなかった。

 そして、なぜか咄嗟に差し出してしまったのだ。


「これの持ち主はどうしたのです!?」

「あのっ、英雄だと聞きました。すみません、名前は知りません」

「英雄? 生きているの!?」


 セザールは眉を寄せた。持っていた英雄は百年以上前の人物なのだ。生きているわけがない。(……ああ、でもやはり偽物なら今生きている人のものだったのかもしれない)とセザールは思い至った。

「わかりません。あちこちで大勢が死んでしまう……、戦争でしたから」


 ブロンシュはペンダントを握りしめて項垂れた。


「そう……。でもこれが、帰ってきただけで……希望が持てるわ」


 そのまま動かないブロンシュにセザールとネージュは戸惑ったが、そのままじっとブロンシュが顔を上げるのを待った。


 ゆっくりとブロンシュが瞼を上げて二人を見た。

「ありがとう、感謝するわ。大切なものを譲ってくれて。さあ、行きなさい。門を出たら西の方へひたすら進むの。そうすれば村へ続く道に出るわ」


 *


 数刻後、セザールとネージュはクロニテに乗り、無事に目的地の村に着くことができた。ここで食糧を補充して改めて故郷へと向かう。


 なんとか気分も落ち着き、宿屋の食堂でいる時だった。


「なあ、ご主人。つかぬことを聞くが、『忘れられた森』の中の城について知っているか?」

「『忘れられた森』の中の城だって!?」

 食堂で食事を摂っていた客たちが一斉にこちらを見る。

「『森』の城に行ったのか? いや、まさかな。あそこに行って生きているはずがない」

「え? ああいや、噂に聞いたもので……」

 もごもごとごまかすセザールに、店主は声をひそめ恐る恐る口を開いた。

「あの城には魔女が住んでいるんだよ」


 セザールとネージュは顔を見合わせた。

 腰まである金髪に白い肌。淡い桃色の頬で恥じらうように微笑んだ少女を思い出す。


(ブロンシュが……魔女?)


「昔は数か月に一度、村に降りてきていたらしいんだが、それを知る者も今では少ない。人やら動物やらが攫われていたらしく、たまりかねた当時の村長が贄を捧げるようになってから出てこなくなったからな。たまに肝試しで『森』に入る奴らもいるが、辿り着けないか戻って来ないかだ。だから真相はよくわからないんだが……」

 セザールはこくりと唾を飲み込む。

「魔女とは……どんな見た目なんだ?」


 横から酔っ払った男が乱入してきた。

「そりゃもう恐ろしい見た目だってよ! 頭にはツノが生えていて目は爛々と赤く燃えるようでキバも生えてる。魔女っていうより異形? それとも悪魔っての? 迷い込んできた人間を襲って喰らうんだ」


 セザールの前でネージュが小さく息を吐く。あの可憐で美しいブロンシュは魔女ではない。噂とはいい加減なものだ、と。


 *


 暗闇に包まれた『忘れられた森』の中。静かに佇む城の中では、ブロンシュがペンダントを両手で包むようにしてベッドに横たわっていた。


「待っているわ、愛しい人」

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