1.痛いのじゃ痛いのじゃ!
☆☆☆
山の中にひっそりと建っている神社。築は数百年はいっているだろう。所々がボロボロで、ここ数年お手入れがされていないようにも見える。
神社にしては神格な趣は無く、既に廃墟となった神社、廃社と言われても違和感は無い。
……歯医者じゃないよ?廃社ね。
そんな廃社本殿の前。荒れ果ててはいるがまだ歩けるくらいの広場。女──身体は栄零ミヤ。中身は男である刈野緋彩は1人そこに佇んでいた。
現在時刻は18:00。陽も落ちかけ、場所も相まって辺りは薄暗い。
「お、お〜い……ミヤ〜?いたら返事してくれ〜?」
彼の声は足同様にガクガク震えている。
瞬間、後ろの茂みから音が聞こえる。身体が震える。
も、もうダメだ………
「──どうしてこんな事に……!」
遡ること約2時間前。
俺とミヤは学校の授業を終えて帰路についていた。自転車はこの前(入れ替わる時の事故)により壊れていたので、今は2人仲良く徒歩通学である。
男女2人で帰るのは怪しいだろう?
大抵の高校生はその光景に色んな妄想を膨らませるであろう。付き合っているのか?デキちゃっているのか?
しかし今日は転校初日である。いくら俺でもそんなプレイボーイみたいな真似は出来ない。根は陰キャだし。でも帰る場所は一緒だし、毎日バラバラに登下校するのはとてもじゃないがめんどくさい。そこで思い付いた作戦が『家が隣同士』である。そう、これにより2人で帰ることに違和感は無いのである!!!それに魔凛ちゃんに怪しまれた時の言い訳にもなる!!!そして俺が女の子と帰る口実にもなる!!!これぞ一石二鳥ならぬ一石三鳥!!!フハハハ!!!
「──おい貴様。何ニヤついてるんだ気持ち悪いぞ」
やっべ顔に出てた。
「でもこれお前の顔だぞ」
「私の顔は整っている。ただ中身が貴様になるとその整った顔で、そんな気持ち悪い顔が出来るのだと思うと、やはり私は中身が高貴な乙女であったのだな」
「おいこの顔面ぐちゃぐちゃにして返してやってもいいんだぞ」
とはまぁ冗談を言い合っているのだが、確かにミヤの顔面偏差値は高い。洋風な顔立ちに綺麗な金髪。まるでお城のお姫様のような絶世の美女。そしてそんな洋風美少女と一緒に帰っている俺の自己肯定感も上がっていく……はずなのだが、中身が逆のため全く感情がわかない。だって目に映る人物は俺なんだもん。なんにもドキドキしねぇよ。
対する俺の顔面偏差値は普通。Theふつう。黒髪に純日本人風の顔立ち。可もなく不可もなく。ミヤとは全く釣り合わない。まるで真逆の世界にいる人物……まぁ実際住んでる世界違うしな。
全ての要素が異質である為、注目度が高くて落ち着いて帰れない。学生のみならず、街ゆく人達にもジロジロ見られている。意外と視線というものは感じやすい。しかし身体が男であった時はそんなに感じなかった視線というものが、身体が女になっただけこうも視線を感じるようになるものだろうか。これが性別……いや、ミヤは顔面偏差値が高いからそれも相まってであろう。この視線はとても気色が悪い。……これからは女の子をジロジロ見るのは辞めようと思った緋色であった。
「……誰かついてきているな」
そんなことを考えていると、ミヤがボソッと口にする。尾行?なわけない。ここは仮にも通学路。うちの生徒であれば使うし、駅も近いので一般の人も使う公道だ。
「たまたまじゃね?」
「いや……コソコソ隠れながらついてきている」
……俺は気付かなかった。
「そこの曲がり角で待ち伏せしよう」
何この展開。
俺達は曲がり角でその追ってきている人を待ち伏せすることにした。正直言って、怖くなってきた。おしっこチビりそう。だって尾行だよ?これが仮にミヤのストーカーだった場合──いやぁぁぁぁ!俺が刺されるぅぅぅぅ!ドラマでよく見るヤツだ!!!だって俺可愛いもん!絶世の美女だもん!!転校初日でストーカー被害遭ってもおかしくないよなぁぁぁぁぁ!
「どうした。堂々と構えておれ。いざという時は──殺る」
きゃぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁあ!!!隣にいる人も怖いですぅぅぅぅ!!!この人魔法とか使えちゃう系だから相手の人瞬殺されるよ!!!逃げて!!!ストーカーさん!!!
──コツンコツン。
甲高い足音がゆっくり、ゆっくりと聞こえてくる。
──コツンコツン。
──コッツンコッツン(年寄り風)
……?
──コツコツコッツン(焦らす風)
……
──コツンツンツン(おでん風)
えーと……
──コツンコツンコツンコツンコツンコツンコツンコツンコツンコツン!!!(緊迫風)
「足音で遊ぶなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」
緋彩は角から出てきた人をひっぱたいた──。
「──痛いのじゃ痛いのじゃ!」
大きなクリクリっとした可愛らしい目。顔も整っていて顔面偏差値は高め。綺麗な黒髪ロング。小柄で華奢。抱きしめたら骨が折れそう。この学校においてとても人気が出る女の子であろう。普通ならば──
「お主!いきなり叩くとは無礼な!!!末代まで呪い殺してやるのじゃ!?」
「──なんだ益喜じゃないか」
土御門益喜。春義丘高校2年生。右眼に眼帯を付けている。先述の通り見た目のレベルはかなり高いが、この二言の言動でお分かりの通り、少々頭がおかしいため何かと距離を置かれている。
「なんだとはなんじゃ!?この可愛い女の子を殴っておいてよう済ました顔ができるもんじゃのう!?」
「自分で可愛いっていう奴があるか!」
「緋彩よ!この美貌!抱きしめてめちゃくちゃにしたくなるようなこの身体!そしてこの中身!こんな完璧な女子はこの世にはおらんぞ!」
「自分で言ってて恥ずかしくないのかよ……」
「──ところで緋彩。この子は?」
見かねたミヤが口を開く。
「あぁ。こいつは同級生の土御門益喜。去年同じクラスでな。見ての通り頭のおか──」
──ん?
ん?ん?
あれ?
こいつ俺の事緋彩って呼んだな?
いや、俺は緋彩なんだけど緋彩じゃないというか。身体はミヤだよな。だって俺の目の前に俺の身体が突っ立ってるんだもんな。
あれ?おかしくね?こいつはついに頭おかしいを通り越して、幻覚が見えるようになったか?それとも──
「──あぁお主らが入れ替わっとるのは知っとるぞ」
「なんで!?」
疑問。当然である。見た目はエレミヤと刈野緋彩。しかし中身は逆。なんていうおとぎ話のようなこと信じるわけも無いし、ましてや思い付いたり気付くはずがない。
「なんでと言われてものぅ。お主は知らなんだか。でもそちらの緋彩の姿をしたエレミヤさんならわかるんではないかの」
そう言われたミヤは少し考え込み。
「土御門……そうか、あの土御門家か?」
「ご名答じゃ《レハブアム》のソロモン一族が1人、エレミヤ様?」
──こいつは異世界を知っている。エレミヤの名前、そして《レハブアム》なんていう名前を即座に言えるのは知っている証拠。しかし何故だろう。違和感があるような……。
「──緋彩よ。何か疑問があるようじゃのう。お二人共の疑問に答えるためにも少しワシに付き合ってくれんか?」
いや怪しさ全開だよ。てかさっき尾行してきたのはこいつなのか?
「尾行みたいな真似をしたのはすまない」
「やっぱお前かよ!」
「正確にはワシでは無いがな。まぁそれはよい」
いや良くねぇよ?
「お主らを連れていきたいところがあるのじゃ」
と、言いながら歩き始める。訳も分からないが、ミヤが途端に喋らなくなったものの益喜に着いていくので俺も着いていく。
今から話してはくれるものの疑問が多すぎるな。
「──まずワシ、土御門のことから話そう」
そこから淡々と土御門のことを話し始めた。それは驚愕する、おとぎ話のような話であった。
土御門家。安倍晴明を先祖に持つ、陰陽道の子孫である。益喜はその土御門家の長女。
だが、安倍氏の土御門家ならばこんな町にいないはずであろう。
「──ワシの家族は分家の仲の分家。いや、居てはならない分家であろう」
益喜は土御門家の隠し子みたいな立ち位置であった。益喜も元が安倍晴明だとは知っているが、隠し子を作った土御門家の者を知らない。
だからこの町の山奥に家がある──と言う。つまり、土御門とは名乗ってはいるものの本家からは認められていない存在ということになる。
「──では何故私のことを知っているのか疑問になるな」
そう言ったのはミヤ。
異世界。その存在を知っているのはごく限られた人物達のみ。異世界の均衡を保つためには知られてはならない。それは新たな戦争の引き金になりかねない──。
だが《レハブアム》としては各異世界に協力者が必要となる。《地球》にももちろんその者はいて、しかも国毎にいると言う。ということは無論この日本にもいる。それが土御門家だとミヤは言う。
だがこの土御門家とは本家の方。隠し子的な存在の益喜達には知らされないはず。
「順番に話してやるから待っておれ。先に何故、隠さなければいけないワシらが土御門を名乗っているか──」
確かにそうである。土御門という苗字はそう見るものでもない。本家にバレたらマズイはずなのに、それでも尚土御門を名乗る理由。
「──ワシらの元の名は安倍。『の』は抜いて安倍じゃ。数年前までは安倍だったのだが、突如土御門となったのじゃ」
益喜の家は今は兄との2人家族らしい。両親は行方不明だという。現当主は兄─安倍益盛。その兄が突如数年前、土御門と姓を変えたのだ。
元々安倍家は土御門家に恨みを持っており、特に兄の益盛は歴代の中でも特に恨みが強い。その兄が『土御門』という名前になることを選んだのか疑問だった。
だが、安倍家が代々『土御門』に憧れていたのも事実ではある。それは何故か──
「──安倍家は代々特殊な力があってのぅ」
──呪力。彼らはそう呼んでいた。
呪符と呼ばれる札に呪力を流し込み、『怪物』と呼ばれるものを召喚する事ができる。
だが一般人の我々からしたら土御門、云わば安倍晴明の家系ならば全員出来そうなことである。そう益喜に尋ねてみた。
「みなそう言うが、それは安倍晴明だけじゃ。あやつは特別。子孫はみな『怪物』、妖魔や魔物、幻獣や幽霊と呼ばれるものすら視えん」
「そうなのか?」
「そもそも呪力だとか魔物だとかを祓うとかはおとぎ話。アニメの世界だけじゃ。陰陽道というのはそんなものではない。ネットにも載っとるぞ。ggrks……ググれカスじゃ」
……こいつネット好きなのか。にしてはちょい古い……。
──つまり益喜達の安倍家が特殊であることは間違いないようだ。
「さて、これ以上はどうでもいいとするとして……」
気になるは気になるけども……。
「まず、どうしてお主らが入れ替わっているのかについて──」
突如立ち止まり。
ドクン。
心臓の音が聞こえる──
「──ワシのこの右眼─オッドアイ─の力なのじゃ!」
振り返り、キラーンとポーズを決めながら言い放つ。
……………………………
突如うまれる沈黙の空間。
いや、まぁ、だって。
「──で、本当は?」
「本当じゃい!!!」
「ほうほう。じゃあその─オッドアイ─とやらの力を見せてもらおうじゃないか!」
俺は眼帯の下にあるであろう普通の眼を見るため、眼帯をはぎ取ろうとする。
「ちょっやめい!─オッドアイ─は─オッドアイ─であって、人を殺したりとかそういう力では無いの──」
バチン!
ついに耐えきれなくなった眼帯の紐が切れ、益喜の右眼が姿を現す。それはそれは見事な黒色の眼──
──銀色に輝く、美しい澄み切った眼であった。
「く、黒色ではなく銀色……!?」
「お、乙女から剥ぎ取りなんて最低じゃ……」
「ほんとにオッドアイだったんだな……でもオッドアイだからって俺たちのことがわかるとは思えないんだが……」
「ワシのオッドアイは『魂』を視ることが出来るのじゃ……」
「魂……?」
そう反応したのは意外にもミヤだった。
「どうかしたのか?ミヤ」
「いや……いやなんでもない。続きを聞こう」
うーん。さっきからこいつ全然喋らないしあのおふざけおバカみたいな感じじゃないな……。
「……ワシは『魂』の情報を視ることが出来るのじゃ。例えば、名前・生年月日・生い立ち・趣味・好きな人・性癖・性癖・性癖……」
ん?最後。
「『魂』に刻まれている情報を全て視ることができる」
「つまり視ただけでなんでもわかっちゃうってことか」
「そうじゃ。まぁ思考回路とかはわからんがの。でもお主が『普段Sっ気のある女が自分にはデレデレだったり、俺との愛は特別みたいなMっぽい感じがたまにみえるギャップが大好き』とかはわかるぞ」
「おぉおぉおおおぉいいいい!?ちょっと黙ろうかな君???」
「リアル感ありすぎて気持ち悪いぞ緋彩……」
いいだろぉぉ別にぃぃ!俺は俺だけにデレデレしてくれる女が好きなんだ!!!それの何が悪い!!!
というか……
「……つまり、我々の魂の情報をその眼で視たということだな」
急に話し始めるじゃんミヤ。
「そうじゃ。まぁ正確には緋彩の身体に入っておるエレミヤ様の魂の情報を視た、ということじゃ」
「ほう……では私のことや《レハブアム》のことも土御門家だからでは無く、魂を視て情報を得たという訳か……」
「ご名答じゃ」
「道理で──」
ミヤ的には《レハブアム》や異世界の存在を知っているのは、日本では土御門家のみとされている。かなり昔の分家で、存在を知られていなかった安倍家の者が知っている筈が無いということであろう。
しかし何故魂を視ただけで納得したのだろうか。アニメ好きの緋彩ですら、ミヤの魔法(?)で納得させられたレベルだ。こんな有り得ない事などそうそう信じれるものではない。
この疑問はすぐに答えてくれた。
「──安倍家では代々『この世には別世界が存在している』と伝えられておる」
つまり、それが『パラレルワールド』的な存在なのか『異世界』的な存在なのかは名言されていないが、今我々が認識、存在しているとは別の時間軸等にある別世界が存在している─と代々伝えられているらしい。
だから、最初は動揺はあっただろうがすぐに信じられたのか。俺はまぁ最初から信じてなかったがな。今もだけど?ね?うん。
しかしミヤは先程から何か考えているようだ。
「──さて、もうすぐお主らを連れていきたいとろこに着く」
この長い長い話をしている間に、俺達は山の中へと入っていた。山とはいってもそんなにでかい訳ではない。そこまで険しい道ではなく、道路も整備され地域の人もよく利用する公道。俺もたまに通るくらいには利用する。
だが、それも束の間その道路沿いの脇道に入り、整備されていない荒れた険しい道を行く。俺も通ったこともなければ、そもそもこの道がある事すら知らなかった。荒れてはいるが、人が通れるくらいに素人が整備したような道ではある。
「──ここじゃ」
そしてその道を進んだ先に。下へと続く長い階段が現れた。ここからでも見える。階段の先には鳥居が、その先に広い荒れた広場が姿を現す。
益喜が揚々と階段を降りていく。俺は異質な空気を感じながらも息を飲みながらゆっくり階段を降りていく。
階段を降りる度、広場の奥に建築物─神社のようなものが姿を現していく。ようなもの、というのはあまりにも神社とは思えないような風貌をしているからである。
崩れかけている土台の木々や屋根、壁。周りの木々が伸び、建物自体に絡みつき始めている。大きさは神社と呼ぶには申し分無い。しかし、大きさの割には威圧感や神々しさは無い。朽ち果てる寸前の、手入れがされていない禍々しさ直前。
その神社─廃社のような建物の全貌が見え、鳥居の前にて立ち止まる。
「──ここが旧安倍家、現土御門家の社。ワシの家じゃ」
──いや、どこがぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
って言うのも失礼なので心の中で叫ぶ。
いやいやいや!家ではないだろ!!??人が住めるようなところじゃねぇぞ!?てか見たことないよ!空が見にくい神社!木々に囲まれすぎじゃない!?てか神社なの!?ここに神社あるの知らないし、廃墟すぎるだろ!?
と、言い出したらツッコミが止まらない緋彩であった。そんなツッコミをしている間に益喜は鳥居をくぐる。彼はもちろんツッコミしている最中なので足が止まっているが、ミヤも同じく足が止まっていた。そして──
「──貴様、何がしたい?」
俺とは思えない低い冷酷な声で問いかけるミヤ。
瞬間、その場の空気がガラッと変わる。
「──ふむ。やはりエレミヤ様となると気付くか」
「え?ん?どういう事?何?え?」
「緋彩。この鳥居をくぐるな」
「え?なんで?」
「いいから。私から離れるな──」
だが──
──気付いた時には廃社の前、広場で1人─緋彩は佇んでいた。