底辺Vtuberの勝利宣言《ビクトリー》
まあなんていうか、
私は俗に言う底辺Vtubverです。
ほら、ブイチューバーのスペルもミスってるし、
教養の無さが露見しています。
底辺Vtuber《春風坂ユメ》。
You〇ube登録者数322人。
「おつじゃれぽん~」
今日も今日とて、何故やっていか分からない配信を定型文で終了させる。東京のワンルームマンション。ゴミだらけ、パソコンの画面に向かって喋るだけ。
夢憧れてこの界隈に入ったはずなのに、
いつの間にか『いつか伸びる』と無条件に信じて、
ただただ数字を追いかけるだけ、の日々。
「やっと終わった」
おかしい。
こんなはずじゃなかったのに。
何度そう思ったか、もはや分からない。
「はあ、お酒お酒……それでいいよもう」
ゲーミングチェアから立ち上がって、キッチンにお酒を取りに行く。冷蔵庫を開けてお酒とサラミを手に取った。
「はあ」
ため息。
再び椅子に座る。
キーボードの上にサラミの袋、マウスの横には缶ビール。
「疲れた……」
自分のチャンネルなんて比ではない超有名チャンネルの配信などを確認したり、だらだらとした時間を過ごす。
ふと映る急上昇の動画。
Vtuberの切り抜き動画ってやつだった。
「見たことない人だ」
どうやら、とある切り抜きが不意にバズって、二日で登録者が二十万人も増えたというら今の流行であるVtuberらしい。ちょっと前までは私と同じだったのに、ある日を境に一瞬で上下関係が入れ替わる。
それが十分にあり得るのが、ネットの世界。
しかし、その可能性を信じ続け底辺を彷徨う人間が数多いるのも、同様にネットの世界だ。
一攫千金。
「うわあ、凄い。叫んでるだけなのに…………こんな再生数回るんだ」
例の動画を見ながら愚痴をこぼす。
あーあ、なんでわたしは、
「ダメダメ。マイナス思考ダメだよね」
酒で悪しき思考を疲れと共に流す。
ぐびと、缶ビールに口付ける。
そんな時だ、
『ブー、ブー』
とスマホが振動した。
「誰からだろ」
画面を覗くと、そこには『折紙』とだけ表示されていて、
「ああ。もしもし?」
電話に出る。
「あの夢原さん、折紙です」
「うん、どうしたの」
夢原というのは私の本名だ。
折紙というのは私の後輩である。
そして彼氏でもある。
いま、彼は高校三年生だ。
二歳差だから。
そーゆうわけで、私は必然的に大学二年生という事が判明する。
とはいっても中堅国公立だ。
オシャレも大してしていないし、高校時代に描いていた夢物語のような大学生活はない。
「あのですね、折り入って夢原さんに頼み事がありまして」
彼は、私が彼女だっていうのに、敬語を使う。
理由は彼女だとしても、先輩だから、だそうだ。
「はあ、というと」
「僕が文芸部なのは知っていますよね」
「まあ、うん。そりゃあ彼氏のことぐらいは」
「それでですね、僕が書いた小説が”運よく”新人賞を受賞しまして……書籍化という形になったのですが」
それを聞いて、ため息を吐きそうになる────そこで自分の汚さに気づいた。
自分があまりに伸びないからといって、その苛立ちを他人にぶつけるなんて絶対にダメなのに。何やってんの、わたし、最低だ。
後輩の成功を素直に祝えないなんて。
「…………あ、お、おめでと」
苦し紛れに出てきた声はたぶん、小さかったと思う。
「ありがとうございます。それでですね、頼み事というのは…………そう、その小説の広報を夢原さんにお願いしたいと思いまして」
「は?」
思わず、声が出た。
どーいうこと。
意味不明。
分からない。
この彼氏はわたしのことを馬鹿にしようとしているのだろうか。
違う、よね?
「どういう風の吹き回しかな」
「書籍化にあたって、編集者さんと色々なお話をしたんです。それで広報の話にふとなったんですけど、そういえば夢原さんがVtuberをしていたなって思い出しまして。お願いできないかなと」
「はは、冗談やめてよ。折紙クン、私のチャンネル登録者数知ってるでしょ?」
さっきも言ったけど、あえてもう一度。
底辺Vtuber《春風坂ユメ》。
You〇ube登録者数322人。
「確かに多いとはいえないし、編集者さんも乗り気ではなかったです」
「でしょ? はは、こんな底辺Vに誰が興味持つってハナシ。彼女だからって、ちょっと持ち上げたりしなくてもいいんだよ」
お酒を一杯ぐびと飲んで、自嘲する。
「でも僕は大好きですよ、春風坂ユメの配信。雑談配信面白いです。夢原さんのチャンネル登録者が多くいないのは、面白くないから、ではないです。ただみんなに知られていないだけなんです。夢原さん自体凄く面白い人なのに」
「そうかなあ、私はそうは感じない」
「いや、いえ……本当にそう思っているんです、僕は!」
知ってるよ。
告白してくれたのは、そっちなんだし。
「そう思ってくれるのは嬉しいけど」
でもごめん。
その方法はちょっと、自分が許せない。
実に傲慢で、独善的で、腐った思想かもしれないけど。
そうなんだ。
私はそう思うのだ。
────まるで後輩に哀れまれているようで、
そんな自分がたまらない。
これを受け入れてしまえば、夢に対して敗北宣言しているのと同一だ。
だから、
私は缶ビールを空にして、頭の中をぐるんぐるんにしてから、
「そのお誘いには乗れないな。君にも、君の編集者にも悪いし、私には相応しくないし、私には許せない」
「そうですか……分かりました。それが夢原さんの意見ですもんね」
「うん、受け入れてくれてありがと」
「いえいえ、先輩のことは当然に尊敬しますよ。恋人としても、先輩としても。……では」
そこで電話は切れる。
部屋は再び静寂が舞い戻った。
パソコンのディスプレイには、垂れ流しの切り抜き動画が映されているままだ。
で、さっきの行動に対する後悔が私を襲うわけ。
さっきの折紙クンの提案を受けれ入れていれば、余計なプライドなんてなければ、わたしも数か月後には『ああなれてたかもな』…………毎秒ごとにそんな後悔じみた回想を挟むのだ。
たったさっきの出来事なのに。
なんでこんなにも意思がぶれるんだろ。
「はあ、つまんな」
パソコンの電源を落とし、真横にあるベッドに倒れ込むように寝ころんだ。
スマホから動画配信サイトを覗く。
いつものように、変わらない日常でぐーたら。
「……………………」
それで何時間も消費する。
自分がなりたかった憧れを見て、そして現実を見て、それを繰り返して、時間を消費していく。
ある時だった。
ふと、思った。
────何してんだわたし、と。
「はあ、ほんっと、くそったれな界隈」
私はこの界隈で夢を見たけど、夢を叶えるのは不可能だろう。ほかのみんなに笑顔で勝利宣言、ビクトリー、はたまたピースサインするなんて到底有り得ない。
改めて冷静に考えて、そんな結論に到達する。
でも、
それで丁度いいじゃないか。
この生活が私には丁度いい。
決して良い大学に通っているわけじゃないし、
友達が多いわけじゃないし、
人気者になれるわけでもないし、
大金持ちでもないし、
不思議ちゃんでもない。
私は普通の人間だ。
だから、それでいいじゃないか。
幸せではない低空飛行が、もしかしたら幸せなんじゃないのか。
「はは、おもしろ」
これが現実ってやつか。
私はベットから起き上がり、冷蔵庫を開けて、もう一本。
つまりヤケ酒をしてみた。
頭の中をぐちゃぐちゃになるまでかき回して、
ただただぐーたら。
底辺大変だねと一人で愚痴る。
これこそが、私の底辺Vtuberなりの勝利宣言だ。
言い訳だ。
底辺、何が悪い?
悪いよ。
いる意味なんてないかもしれない。
でもね、それでいいんだ。
私は手でビクトリーを使って、苦笑してみた。
ビクトリー。
ピースサイン、それは日本においていわゆる勝利を意味するサインだけれど────しかし国が変われば、意味も異なってくるらしい。
例えばギリシャとか。
ギリシャでピースサインは、『くたばれ』って意味になるんだって。
ネットで得た知識だけど。
うん、言い訳には相応しい。
つまり、
これは勝利宣言。
底辺Vtuberの自分に送る、────くたばれ、という勝利宣言。
分かってる。
これは本当にひどい言い訳だって。
底辺を肯定する、ふざけたものだって。
でも、それが良いんだ。
「いいじゃん。底辺Vtuberの私は既にくたばっている、ってね。だからもうくたばりようがない、ただ進むだけ。ホント、うん、良い言い訳だよ」
そんなわけで、私は底辺らしく、『くたばった』ゾンビみたいな存在として、末永くVtuberでも何でもやってやろうと一人寂しく誓うのであった。
底辺Vtuber《春風坂ユメ》のその先は、まだ誰も知らない。
もしどこかの世界で、彼女の物語が急上昇に乗って一気にバズったりしない限りは────まだ、誰もその先を知ることはない。
ネットで伸びるのって、とても難しい。
私も今日一日かけて書いた短編を投稿したら、全てが0で死にかけていました。今の気持ちを込めて一時間弱で書いた短編がこの作品です。
共感できたかた、面白い感情だなと思ってくれた方はぜひ評価よろしくお願いいたします。