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第3話 友達




 「あっ……変だと思いました?」


 こちらもまた、日和ほどに見られない奏の笑顔に、シュンと気落ちしたかのような声音に変化して聞いた。


 「ううん。肩が気持ち良かったから」


 「なるほど。良いんですよね?」


 「もちろん」


 1度止まった揉みも、再開されると心地良さが睡眠とは比べ物にならない。好きな人から、直接触れられることの幸せを、身に沁みて感じている奏は、おそらく世界で最も寛容な男だろう。


 ペコリと頭を下げ、「ありがとう」の意味を載せると続ける。


 「それでですね、その影響で、私は誰かに触れないと落ち着かない性格になったんです」


 だから、奏のことも不思議に思わず、肯定して受け入れたと、意味をプラスして受け取る。


 「こんな私のことなので、声を好きな奏さんの気持ちに寄り添えるとは思わないですけど、どうか気にしないでください」


 何度も何度も、奏のために「気にしないで」と伝える理由は、よく分かる。それだけ理解があって、人の性格を認められる人なのだと、理想郷に立つ女神を彷彿とさせる性格の良さに、奏は尊敬の念を抱く。


 一通り話し終えた日和の顔に、不満も嫌悪も皆無であった。気にしないでというからこそ、自分は一切気にしてないと、態度でも教えてくれる。


 フワッと吹けば、逆風なのにフローラルな香りが鼻腔を擽り、染められたとしても、艶のある白髪が靡く。それを押さえる姿も、愛おしく女神だった。


 「あ、あと……これは余談なんですけど……」


 「うん」


 初めての会話に、初めては付き物だ。どんなテンションなのかも、話し方なのかも、語尾なのかも、全てが初体験となる。だから、初めて日和から視線を逸らし、モジモジと両手を絡ませ始めた瞬間に、興味がそそった。


 今度は奏が覗き込む。とある理由から人気がありながらも、クラスメートとは、1年生の頃にデビューを失敗して以降、2年生になった今もなお、上手く関わることの出来ない悲しきボッチの優しい目。


 「私、奏さんに触れるのが、その……すっ……好ましいらしいんです……」


 「……え?俺に?」


 「はい……」


 状況の整理は先程から出来ていない。その上で、これまた驚きの言葉を言われた。予想なんてしてなかったが、到底当てれることではない。真っ直ぐな瞳で伝えた言葉の意味は、小学生でも理解可能。


 「なんで俺?」


 「1年生の3月上旬に、偶然奏さんに触れる機会があったんです。その時、一瞬だけですけど、触れた瞬間に、その欲が満たされた気持ちと同時に……いえ、ここから先はやっぱり止めときます……」


 「3月……あぁ、あれか!」


 1年生の3月上旬、思い出せば、放課後帰宅する際、傘立てに置いていた傘を取ろうとした時だ。普通ならば、ただ人と触れただけの些細なこととして処理され、忘れ去られることでも、奏にとっては好きな人と触れた瞬間として鮮明に覚えている。


 確か……指先が触れた……?くらいだよな。


 大正解。それ以外、触れる機会はなかった。話す機会はその比ではないほどあるが。


 「あの時だけで、俺に触れたくなったのか?」


 「はい。詳しくは言えないんですけど……」


 先も続けるのを中断したように、何かしらの言えない理由があるのは、奏も知ってる。だから「気になるんだけど」なんて言葉を漏らすことすらしない。


 人と関わらないため、善人としての人の良さは広まらないが、それをよく知る人は、奏を除いてまだ4人も存在する。それで満足なのだ。


 「色々とあるのは分かるよ。俺も、恥ずかしながらも、夢咲の声を聞いてたりしてたから」


 それが詮索しない最もな理由。自分がされたくないことをしない。至極当然と思い、凡事徹底の一端として思う。


 「だけど、親近感は湧いた。同じ気持ちを抱えてる人だって」


 やっと奏から日和と目を合わせる。真逆となって、下を見る日和の、小さくて精緻で優麗、美麗の顔を、朗らかに見つめる。


 「だから1つ、俺から提案をさせてくれない?」


 奏は酷く言えばバカだ。良く言って、優しいバカ。時に、その普段働かない思考力は、人のためなら天啓として開花する。


 「提案……ですか?」


 「脅しとかじゃないから、そんな身構えなくてもいいぞ」


 射竦めるように、目を細くして待つ。それに苦笑した奏は続ける。


 「内容は単純、友達にならないかって提案だ」


 「……友達……友達!?」


 今日はとことん逆転の日らしい。突然声を張り上げる、いや、奏基準で言うなら普通の声量で驚く日和に、目を見開くのは奏だ。


 「友達って、あの友達ですか?!」


 「うおっ、力上がった」


 触れ続けた肩に、日和の左手は強く握られた。女子にしては強い握力を感じで言葉を漏らすと、「あっ、ごめんなさい」と、怒られたかのようにシュンとする。


 喜怒哀楽というか、落ち込む速度が普通ではない。まるで奏に嫌われたくないような、あざとくも可愛い一面を覗かせる。


 「友達はあの友達だよ。遊んで笑って、高校に青春って彩りを持たせるために必要な人間関係のやつ」


 なんて、適当にそれっぽいことを並べただけ。奏に友達と呼べる人は皆無だから。


 「な、なんで友達に?」


 明らかに狼狽しても、気に留めることなく奏は幸せから来る笑顔を止めない。


 「なんでって、需要と供給だからだな。俺は夢咲の声、夢咲は俺に触れる。これを満たすには、お互い友達になるのが最善だと思わないか?」

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