わたし達の世界
喋るファニイがあらわれたそうだ。
あの車を運転していた人間が、長谷先輩達に語った。ボスファニイが喋ることは確認されていたが、それだけではなく、雑魚のようなサイズなのに人間と意思の疎通ができるファニイがあらわれたのだと。
彼らは家族がファニイに捕まっていて、作戦に協力せざるを得なかった。作戦が失敗したから人質達は死んでいるだろう、と運転手は泣いた。
孔雀門ゆいさんの遠い親戚が来て、彼女の遺骨をひきとっていった。
ファニイが人間のように喋る可能性は指摘されていた。実際、ボスファニイには滑らかに喋る者も居た。話は嚙みあわないそうだが。
しかし、彼らには彼らの言語があり、人間の言葉を習得するのはボスファニイクラスだけだと思われていた。
そうではなかったし、スキル発動までの無防備な時間を狙うという作戦をとるファニイが居ることも想定すべきだった。長谷先輩もマリさんも酷くショックをうけていた。
みやびちゃんが唸っている。空咳がまじる。
ファニイがあらわれて、世のなかは変化した。わたし達に大きく関係があるのは、結婚だ。できる年齢がひきさげられた。死んでしまう中高生が増えたから。
客席をうろうろしているみやびちゃんは、ウエディングドレスを着ている。長谷先輩と婚約しているというのは本当だった。彼女は嬉しそうに見えないが、あの唸り声も空咳も、リラックスした時に出るものだ。少なくともいやがってはいない。
かつては様々なコンテストが行われたというコンサートホールは、わたし達素人の手で飾りたてられていた。長谷先輩とみやびちゃんが籍をいれたと知って、みんなで結婚式を計画したのだ。
このところ……哀しいことが多すぎる。折角のお祝いなのだから、盛大にやらないといけない。
わたしはきちんとアイロンをあてた制服姿で、武器を持っている。ヴァイオリンは弾けない。弾ける状態は維持してあっても。
コンサートホールの二階にある、特別席だ。ここには窓がある。そこから外を見たって、今日は雨だからなにも見えない。
「中城くん達が心配?」
やってきた、礼装のマリさんが云った。わたしは頭を振る。本当は、とても心配なのに。
中城くんと古府さんを筆頭に、勾玉持ち五十人と、普通人百三十人が、ファニイに占拠されたという街へ、人間を助けに向かった。出発したのは、孔雀門さんが人間に撃ち殺されたふつか後だ。長谷さんも古府さんもマリさんも、孔雀門さんを殺されても、その街のひと達を助ける選択をした。中城くんと古府さんは、志願してその隊にはいった。
なんの連絡もない。それがいい報せだと思いたい。
気持ちがぐるぐるとまわっている。中城くんが居なくなって、眩暈がおさまらない。
みやびちゃんと長谷先輩が、舞台に腰掛けている。宇枝先輩がふたりに、結婚を誓わせている。ここには司祭は居ない。ファニイなんてモノがあらわれて、多くの宗教は意味を持たなくなってしまった。
わたしは窓のある場所から動かない。マリさんがわたしの隣に座って、わたしの手をぎゅっと握る。
「孔雀門さんのお葬式は、にぎやかだったわね。彼女、喜んでくれていたらいいのだけれど」
「はい」
頷いた。孔雀門さんのお葬式では、みんなおいしいものを食べ、飲み、彼女が好きだったカードゲームをした。
マリさんは項垂れている。「わたしが死んでも、なにも残らないわ。スキルに頼っているだけだもの」
マリさんへ顔を向ける。
「マリさん?」
「けいとさん、お願いがあるの」マリさんの声は震えている。「ずっと一緒に居て」
マリさんも不安なのだ、と、わかった。
わたしは勝手に、マリさんは凄く……強いひとで、優しくて、だからファニイと戦うのもこわくないのだと思っていた。
でもそうじゃない。マリさんだって、普通の人間なのだ。勾玉があっても、人間だ。戦うのはこわいし、仲間が死んでしまったら不安になる。
わたしとかわらない。マリさんだけじゃなく、古府さんや、長谷先輩や、みやびちゃんや、中城くんも、こわくても戦っているんだ。
「はい」
わたしは涙をこらえている。
「ずっと傍に居ます。ずっと、友達です」
「ありがとう。わたしの友達は、みやびとあなただけだもの」
マリさんは洟をすすりながら顔を上げた。
湿った風が吹いて、銃声が聴こえた。誰かが扉を開けて、銃を撃ったのだ。結婚のお祝いに。
お祝いみたいに警報が鳴り響いた。窓から光がさしこんでくる。雨はやんでいない。
「古府達が戻ってきた!」誰かの声がする。「ファニイをおびきよせるのは成功だ!」
わたしとマリさんは目を合わせ、頷き合った。揃って、通路へ移動する。マリさんは礼装でも、銃を持っている。長谷先輩の声がする。
「宇枝、初等部へ。橿原さん、屋上へ! 善波さんも!」
わたし達は屋上へ向かった。
中城くんがスキルをつかったのがわかった。勾玉が目減りしているだろう。助けに行きたい。けれど、わたしにはその力がない。
だから、彼が戦いやすいように、ここから逃げずにバフをかける。
「けいと、わたしが手を出したら、銃弾をのせてもらえる?」
「はい」
普通人の部隊はまだ、屋上には来ない。わたしとマリさんは並んで立っている。マリさんはライフルを持っていた。設置して撃つことはない。彼女の主義だ。
中城くんと古府さんが走ってきた。結界が縮んでいるのが見える。長谷先輩はこのことを予測していた。ファニイは勾玉持ちを執拗に狙う。中城くん達はファニイをひきつけて、例の街から來多伎まで移動させるのが仕事だった。
すでに避難は完了している。ここに居るのは勾玉持ちか、戦う意思のある武装した普通人だけ。
「みやびの晴れの日に、水をさすものじゃないわ」
マリさんが怒った声を出し、引き金を引いた。ファニイが一体、もんどり打って倒れる。コンサートホールから多くの勾玉持ちが走りだし、ファニイへ向かっていった。わたしのスキルが発動したのか、中城くんがこちらを見て軽く手を振った。
わたし達はこういう世界に生きている。