討伐
秋嶺さんが亡くなっても、ファニイが居なくなる訳ではない。
現状、結界を張る為に勾玉が必要である。わたしはやつれてしまった長谷先輩の指示で、マリさん、みやびちゃんをはじめとした、十人の部隊に編成され、外へ向かった。目的は都市の外に居るファニイ達の討伐、そして、その額の勾玉の入手だ。
勿論、スキルを持っているのが十人、というだけで、普通人の部隊も同行する。ただし、彼らは結界のぎりぎりに陣どって、結界内から銃でファニイを攻撃する。わたし達は結界の外に出て戦う。その違いがある。
ファニイは人間に敵意をむき出しにしてくる。勿論、勾玉を持っている人間を優先的に狙うが、結界のほころびを待って常にそのすぐ外側で待機しているファニイ達は、おおむね凶暴化している。普通人ではその迫力にたえられない、とされていた。
それが事実かどうか知らないが、普通人はファニイに対して、勾玉持ちよりも恐怖心を抱きやすいらしい。脳波がどうのこうのといわれてもわからないのだが、そう云われているのは云われている。
凶暴化したファニイの大軍を前にパニックになる危険を冒すよりも、結界内だからファニイは絶対に近寄ってこないという安心のもとで落ち着いた攻撃をしてくれるほうがいい。それが、長谷先輩の判断だったのだ。
長谷先輩はもう死人を出したくないようだった。「味方が外傷で死なない」スキル持ちの人間も、結界のなかに配備されている。それぞれの効果範囲から外れないように戦うというのが彼の方針だ。最初に、長谷先輩とマリさんでファニイを大勢倒して場所をあけ、そこにバッファー達が陣どって、近接攻撃組がバッファーをまもり遠距離攻撃組がファニイを殺す。隠密型スキル持ちが勾玉を回収する。
長谷先輩は秋嶺さんを信頼し、自分や宇枝先輩の跡を継いで学園をまもってくれると思っていたのだ。彼のショックは目に見えていた。
「けいと、右ー!!」
孔雀門さんの声がして、わたしは前方へ転がった。右斜め後ろからなにかがとんでくる。
「橿原さんごめん!」
中城くんがわたしの体を飛び越えた。お米の袋を地面へ落とすような音がした。
ぐいっと腕をひっぱられ、立つ。ヴァイオリンは無事だ。リボンも外れていない。
中城くんは顔にかかった返り血を拭う。
「ごめん、すぐ戻るから」
「うん」
中城くんはそう云って、結界内へ走り込んでいった。宇枝先輩の結界は、彼が味方と認識している者を通すようになっている。味方だと思っていないと人間でも通れない。よその都市から破壊工作に来る人間が居ない訳でもないので、宇枝先輩の結界はとても凄いものなのだった。
こんな情況で、人間同士で争わなくてもいいのに。
中城くんはきがえて戻ってきた。彼のきがえは結界のすぐ内側に、沢山用意されている。スキルの為だ。
「ちょっと強くなったから、安心して」
頷きを返した。中城くんは清潔な手でわたしのせなかを軽く叩き、槍を持ってつっこんできたファニイに回し蹴りをくらわす。
中城くんは、「撤退すると攻撃力・防御力・体力にプラス五パーセント」される。スキルは、中城くんのスキル射程範囲内からファニイが居なくなった状態を「撤退」と判断しているらしいのだが、きがえをすると距離をとらなくても撤退と判断されるのだ。だから彼は、戦闘中に何度かきがえる。そりゃあ、ファニイがうようよしているのにきがえるのだから、戦いの意思なし=撤退と判断されても変ではない。
來多伎の外には前時代のビルが廃墟になって並んでいるのだが――なかには例の地雷作戦でつかわれ、半壊したビルが幾つもある――、そのひとつの屋上にマリさんが居るのが、かすかに見えた。わたしのバフが届く範囲だ。火花が散っているのは、銃を撃っているからだろう。それと連動して、マリさんの脚や腕から、ぱっぱっと血が飛ぶ。
傍で機関銃の連射がはじまる。ファニイがまとまっているところへ、孔雀門さん達がどんどん弾を撃ち込んでいるのだ。数十体のファニイが倒れ、隠密型スキルを持った巨海くんとみやびちゃんが、ファニイの額から勾玉をとり、袋へいれる。
わたしめがけて飛んできた槍を、中城くんが横合いから殴って粉砕した。ファニイは勾玉持ちを狙うが、知恵があるのでそのなかでも弱い者から殺そうとする、みたいだ。それはわたしの体感。わたしは討伐に出る度に、ファニイの標的になる。
「おらよ!」
古府さんが刃物を投げつけ、雑魚ファニイよりもひとまわり大きいファニイが倒れた。「橿原さん、これ」
巨海くんが走ってきて、勾玉の袋をひとつわたしにおしつけた。わたしはそれを、ヴァイオリンを落とさないようにしながらうけとり、弓を持った右手で苦労して勾玉を掴んだ。「中城くん」
「ありがと!」
中城くんはわたしが投げた勾玉をキャッチし、うなじへおしあてた。彼の勾玉はそこにある。
中城くんが右拳を突き上げると、上空から炎をまとった石が降ってきた。
「もういいかな」
結界のすぐ外で張っていたファニイは、ほとんど居なくなった。普通人の部隊も結界から出てきて、勾玉回収がはじまる。彼らは体内に勾玉を持たないので、うっかり吸収してしまう可能性はゼロだ。
ぱりっとのりのきいた制服を着た中城くんが、うなじをぽりぽり掻いている。彼は、勾玉に異物感を覚えるタイプらしい。
「大丈夫? 中城くん」
「ああ、ありがと、橿原さん」
ハンカチを渡すと、彼は顔の返り血を拭った。「歩ける?」
「さあ……」
返答しかねた。今回はファニイの攻撃を避けたり、敵味方関係ない大範囲攻撃から逃げたりと、忙しく動きまわっていたが、もうそろそろ戦闘が終わるのだと思うとどっと疲れが出てくる。
中城くんはにこっとする。「善波先輩に怒られないなら、また俺が運んでいいかな」
「ごめん、歩けなかったら、お願い」
「うん」
「けいとさん、怪我はありません?!」
ファニイの撤退がはじまって、マリさんが、崩れそうなビルをまわりこんで走ってきた。マリさんは怪我の血を洗い流したらしく、スキル発動の反動のあとは見えない。制服も、あたらしいものになっていた。制服のかえが必要なひとは大勢居る。
ぎゅっと抱きしめられた。みやびちゃんがとことこやってきて、わたしの手を軽く掴む。くっくっ、と舌を鳴らす。みやびちゃんが傍に居るんだとわかる。でもそれは、みやびちゃんが不安な時にやることだ。
マリさんがわたしからはなれた。「中城くん、彼女をまもってくれてありがとう」
「えっ、あ、はい」
「ファニイは撤退してますし、あなたは彼女をつれて……」
マリさんが口を噤んだ。「……あれは? どこの車かしら?」
彼女が示したほうを見る。ファニイの死骸をのりこえて、大型の車が走ってくる。
ジープ、というのかな。後ろに幌のかかった、車高の高い車だ。それはファニイの死骸を踏み潰し、弾きとばして走ってくると、わたし達の傍で停まった。
幌が一部、あがって、銃を抱えたひとが顔を覗かせる。高校生か大学生くらいの男のひとだ。
中城くんがわたしと車の間にはいった。マリさんが姿勢を正す。
幌から、男のひとがおりてきた。
「來多伎学園のひと達ですよね」
「ええ。あなたがたは?」
「保護してもらいたいんです。街がファニイにやられて」
マリさんの表情が険しくなる。近隣の都市がファニイに襲われ、住民が避難してくることは、これまでもあった。
マリさんが軽く手を振ると、孔雀門さんが走ってきた。「孔雀門さん、避難民です」
「はい。津場、長谷先輩に連絡して」孔雀門さんは配下に指示してから、男のひとを見る。「車はこの一台だけですか?」
「あと三台、こちらへ向かってます」
みやびちゃんが男性に飛びかかった。
なにが起こったのかわからない。男のひとはみやびちゃんを撃った。みやびちゃんは吹っ飛ばされて地面に倒れる。「なにを……」
「ファニイ!」
みやびちゃんが叫んだ。「バフがかかってる!」
それで意味がわかった。中城くんが車へ向かい、マリさんは銃をかまえる。わたしの、というか多くのバッファーのスキルは、射程範囲内にファニイが存在することが発動のトリガーになる。わたしのスキルは発動までにさほど時間がかからない。
車の荷台からファニイが飛びだしてきた。それも、大量に。
中城くんの攻撃スキルは味方もまきこんでしまう。だから彼はそれをつかわず、ファニイを殴り倒している。
マリさんはライフルを足許に置き、拳銃に持ちかえていた。弾切れだ。孔雀門さんが結界内へ戻り、銃弾を調達している。
みやびちゃんは、あの男のひとから逃げてビルに飛びこんでいた。男のひとが追ったが、あのビルには古府くんが居る筈だ。みやびちゃんの怪我は彼女自身のスキルで癒されているだろうし、心配しなくてもいい。
わたしはマリさんの傍に居て、避雷針になっていた。中城くんは動きが激しいから大丈夫。マリさんはその場から動かずに銃を撃っているから狙われる。わたしが身代わりになる。
突然、大量のファニイがあらわれたことで、普通人の部隊は混乱していた。結界内へ退避できたのは半分程度で、残りはみやびちゃんのように近場のビルへ逃げ込んだり、ファニイへ向けてひたすら銃を撃ったりしている。
なにか重たいものがせなかにあたった。わたしはその場に膝をつく。息ができない。肺の辺りに鋭い痛みがある。
「橿原さん」
中城くんの声がした。「ごめん、俺の後ろに居て」
「な……」
「喋らなくていいから!」
中城くんが近くに居るのはわかった。だが、視野が白っぽくて、なにもはっきりとは見えない。
「善波先輩」
孔雀門さんの声がした。
「中城くん、けいとをお願い!」
「はい」
鋭い銃声がした。
怪我はみやびちゃんのスキルで治っていく。わたしはなんとか立ち上がる。ヴァイオリンと弓は放していなかった。よかった。
「マリさん……?」
マリさんが座りこんで泣いている。誰か、倒れている。
孔雀門さんだ。
わたしがそちらへ行こうとすると、中城くんが正面から抱き付いてきた。「橿原さん、見ないほうがいい」
「中城くん、はなして」
「だめだ」
でもわたしは見た。孔雀門さんは頭を撃たれたみたいだ。その辺りに血がひろがっている。
戦闘は一旦、終わっていた。「味方が外傷で死ななくなる」スキルは、発動までに時間がかかる。そういうことだ。
ビルからみやびちゃんと古府さんが出てきた。「ゆい!」古府さんが孔雀門さんへ駈け寄る。わたし達は泣いている。