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戦のあと






「お疲れさま」

 わたしはヴァイオリンケースを膝に抱え、孔雀門さんのくれたあたたかい缶入りココアをすすっている。メロンソーダは残念だったが、彼女のように慈悲の心を持ったひとがまもってくれるのは、本当に嬉しいことだ。

 扉が開いて、屋内から中城くんが出てきた。長谷さんの指示を聴いて、いつもわたしを運ぶ子だ。タンクからおりたわたしを見、孔雀門さんを見る。「橿原さんを運ぶように云われたんだけど」

「ああ、うん。けいと、立てる?」

「大丈夫」

 からになった缶とヴァイオリンケースを手に、立ち上がった。しかし、脚が震えている。

 中城くんが苦笑いでわたしを抱えた。孔雀門さんがわたしの手からあき缶を奪い、ひらひらと手を振る。

「じゃ、また明日、けいと。明日だったらいいけど」

「うん。また明日」

 片手を振り返した。「いい?」

「うん、ありがと、中城くん」

「橿原さんは遠慮がちだな」

 中城くんはそう云って、屋内へ這入る。


 まもってもらっている、バッファーが沢山居る、怪我で死ぬ可能性は低い、……とわかっていたって、デコイを続けるのはこわい。わたしは、ほかのバッファー達みたいに強くない。戦闘が終わると、疲れもあるが、戦闘中の恐怖がよみがえって、こんなふうに歩けなくなる。

 多分、一年経っても仲間を信用し切れていないんだろう。見捨てられるのではないかとずっと思っている。

 はっとして、眠ってしまっていたと気付いた。「ごめん……」

「いいよ。橿原さん疲れてるんだろ」

 中城くんはくすっとして、わたしを抱えなおした。

「中城くんもでしょ?」

「俺はあんまり。白堊が来てくれたから、怪我も軽くすんだし」


 白堊くんは、円樟先輩同様の、効果範囲内の味方の怪我を肩代わりする、というスキルを持った同期だ。自己犠牲型スキルのひと達は、どうしてたえられるんだろう。わたしは孔雀門さん達が居ても、デコイになるのは不安なのに。

 中城くんにしたって、そうだ。彼はバッファーを運ぶだけでなく、ファニイに接近して戦う。彼の「武器」は「拳」なのだ。


 一階までおりたようだ。廊下には常夜灯しか灯っていない。

 勾玉持ちが万一、すべて倒されてしまった場合、灯を目印にファニイがやってくるかもしれない。だから、夜、ファニイと戦うことになったら、どこも灯は消すし、カーテンなどで屋内の光がもれないようにする。ここは、灯を消してしまったほうが、カーテンをひくよりもはやいのだ。常夜灯は、ブレーカーを落とさない限り消えない。

 中城くんは楽しそうに喋っている。

「働きがよかったってことで、勾玉を沢山もらえるみたい」

「……よかったね」

「橿原さんも、毎回沢山もらってるよね。凄く優秀だから」

 頭を振る。「わたしのスキルが優秀ってだけ」

「そんなことないよ。橿原さんはがんばって……」

 中城くんは驚いたみたいな声を出した。続きを云おうとしたみたいだったが、廊下の向こうから声がして、彼は動きを停める。


「お疲れさま」

 長谷先輩がやってきた。自ら前線に立ったのだろう、左袖が返り血まみれだ。人間の血か、ファニイの血か、わたしは最近見分けが付くようになった。

 長谷先輩は鼓舞型スキルと攻撃型スキルを持っていて、なおかつ武器が槍、というめぐまれたパラメータをしている。味方のスキル発動をはやめながら広範囲のファニイを焼き払いながら槍で戦う、というひとだ。

 銃などの遠距離武器のほうがめぐまれているのだろうが、弾薬が尽きたら銃を鈍器にするしかなくなる。槍は槍で、折れた時にその辺ですぐにかえが見付かるかわからない。最近はどこだって武器を備蓄しているから、やっぱり拳で戦う中城くんのようなひとが一番損だろうか。なんにせよ、完璧なスキル構成のひとは居ない。


「お疲れさまです」

 中城くんが応じ、わたしも頷いた。戦いが終わると疲れてしまって、口をきくのが億劫になる。特に、わたしよりも圧倒的に偉いひとが相手になると。

 長谷先輩は苦笑いになる。

「中城、橿原さんも、疲れてるみたいだね」

「大丈夫です」

「初等部のシェルターでゆっくり休んで。中城、そこまで橿原さんを運んでもらえるかな?」

「はい」

「もう連絡はしてあるから、君達用の食事や寝床は用意してもらえてる。汗を落として、腹を充たしてくれ給え」

 本当に戦いが終わったのだ、と思うとほっとした。中城くんがにっこり笑う。

「長谷先輩!」

 そんな穏やかな雰囲気を破る、悲鳴のような声がした。

 わたし達はそちらを見る。普通人の部隊だ。孔雀門さんとはまた別の中隊である。

「秋嶺が……!」

 長谷先輩が眉をひそめた。わたしはそれ以降の言葉を聴きたくなかった。




 宇枝先輩は、結界を張る為のコストが増大していっている。

 勾玉を消費してスキルを発動するタイプに起こる可能性のあることだ。勾玉は一旦、体のなかにとりこんだ状態にして、それをコストにする。つまり、勾玉が成長している、ということだ。

 成長に伴ってコストが軽くなるなら大丈夫だが、なかにはスキルが強化されるかわりにコストがどんどん重くなっていくひとも居る。宇枝先輩はコストが重くなっていく一方らしい。

 ファニイの死骸からとりだした勾玉は、今回半分以上が結界の維持に用いられることになった。宇枝先輩の結界に勾玉が大量に必要なのは、困ったことだが嬉しいことでもある。宇枝先輩の結界は前よりも大きくなって、学園都市の周囲のかなりの範囲を結界内に収めるようになった。

 宇枝先輩は卒業後、軍へ行って、首都の防衛にあたると決まっている。彼の跡を継ぐひとは大変だろう。

 秋嶺さんがその重責を担うひとりだったのに。


 小雨の降るなか、わたし達はまあたらしい制服を身につけ、都市の北東にある墓地へ来ていた。わたしとみやびちゃんは花束を抱えていた。

 秋嶺さんはわたしのような孤児だ。彼は討伐部隊にはいって亡くなってしまった多くのひと達と同じく、ここに埋葬される。

 秋嶺さんは、範囲のせまい結界をはれた。宇枝先輩のように本人を起点に発動するものではなく、範囲を指定して置いていける結界だ。加えて、攻撃型スキルを持っていた。だから、前線に出て、治癒型鼓舞型スキル持ちを結界で覆い、そのひと達のスキルの及ぶ範囲で戦っていた。

 秋嶺さんは、「範囲内の味方が外傷では死なない」というスキルを持った人間が、そのコストを支払う……時間が経過するまでに、ファニイに殺された。


 秋嶺さんとは、それほど親しくしていた訳ではない。

 でも優しくしてくれた。わたしに結界を張ってくれたこともある。コストが軽いのにとても優秀だと誉めてもくれた。レアで特例でもないから勾玉を切除できるのに、彼はそれをしなかった。デコイになることを選んだ。


 気付くと涙が出ていた。隣に居る中城くんが、わたしの肩へ腕をまわし、はげますみたいに優しく叩いてくれる。中城くんも泣いているのに。

 孔雀門さんが古府さんに抱き付いて泣いていた。秋嶺さんには、普通人の部隊もついていっていたのに、瞬間移動してきたファニイに太刀打ちできなかった。そのファニイは刀を持った、派手な服装の者だったそうだ。頭部の形状が普通のファニイとは違ったらしいから、ボスファニイだろう。

 長谷先輩は居ない。秋嶺さんのことを伝えられた直後、遺体を確認に行って、そこで倒れてしまったのだ。ふつか経つが、長谷さんは立ち直れていない。臨時で指揮を執っているのはマリさんだった。

「秋嶺くんに、最後のお別れをしましょう」

 マリさんが墓石を見ながらささやいた。わたしとみやびちゃんが、そこに花束を供える。墓石を見ないようにした。彼が生きた年数を見たくなかったのだ。わたしと同じくらいしか生きずに、死んでしまった。そのことを確認するのがこわい。

 わたし達は項垂れて手を合わせ、泣きながら墓地をあとにした。ここには、討伐部隊に所属していた孤児達のお墓が、沢山ある。弔ってくれる血縁の居ないひと達が眠っている。わたしもいつか、ここにはいるんだろうか。それともその前に、軍本部へ行くんだろうか。

 中城くんと腕を組んで歩いた。中城くんには、家族が居たと思う。でも彼は泣いていた。優しい子なのだろう。

 マリさんがまっさおになって口を覆っている。栗色の髪が、彼女が項垂れるとふわっと顔にかかった。






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