討伐部隊の面々
じっとしていると、生徒会のひと達が集まってきた。なかには、高等部のひとも居る。制服が違うのでよくわかった。襟が大きい、黒に近い濃紺のケープと、フリルのついた、ピーコックグリーンに白いラインの短いタイ、ケープと同色の長いスカート、それが高等部の女子の制服だ。中等部の制服は白が主体である。
項垂れるわたしの膝に、高等部の長谷先輩がお菓子の袋を置いた。顔立ちの整った女子生徒が、髪を耳にかけながら云う。
「橿原さんとおっしゃるの?」
誰から聴いたんだろう、と思ったが、わたしは頷き、はいと返事した。
彼女達をしっかり見て、わたしの名前を知られている理由がわかった。測定係の女性がわたしのスキルとコストについて書いた紙が、生徒会室の大きなテーブルの上に置かれている。それは生徒会のひと達の手を渡っていた。
中等部の生徒会長、古府さんがこちらを見詰めていた。彼は討伐部隊の隊長でもある。切りっぱなしの髪と分厚いレンズの眼鏡がトレードマークで、体格がいい訳ではないが、スキルの効果で雑魚ファニイなら一撃で倒せる。
「武器種は」
わたしは頭を振る。それは、説明されなかった。古府さんと長谷先輩が低声で喋る。「その部分、ぬけてるね」
「訊きます」
古府さんがケータイをとりだし、どこかへ連絡した。
武器種、というのは、勾玉持ちの人間がスキルを発動する際のトリガーのひとつだ。
槍でファニイを殺せる、というようなスキルは、それ以外の武器では効果を発揮しない。攻撃型のスキルだけでなく、防衛型、隠密型、鼓舞型にも武器は決められていて、それらを持っていることでしか発動しない場合と、それらを持っていると効果がアップする場合とがある。
古府さんがケータイを置いた。「リボンと楽器です」
生徒会役員達が頷く。何故それが「武器」なのかは謎だが、「剣」「槍」などの普通に武器として認識されているものだけでなく、「リボン」「ブローチ」「楽器」「箸」「脚立」「本」のように、それでどう戦うというのかわからないものが武器に認定されていることがある。鈍器になりそうなものはあるが、リボンやブローチでどう戦うのか。しかしわたしはその、特殊なタイプらしい。
古府さんがこちらを向く。
「勾玉の色は?」
「赤とオレンジです」
「そう」古府さんは満足そうに頷く。「今度の討伐から加わってもらいたいけれど、いいかな」
返事をできずに居ると、わたしに最初に話しかけてきた女子生徒が、咎めるみたいに云った。
「古府くん、彼女はまだスキルに慣れていないでしょう。しばらくは」
「でも、善波先輩、彼女はバッファーですから、その場に居てくれるだけでいいんです」
「そのあとはデコイになってもらうけど」
副会長の孔雀門さんが付け加えた。こちらも討伐部隊の隊長だ。中等部生が隊長の部隊がみっつ、高等部静画隊長の部隊がよっつあるが、人員は中等部高等部入り交じっている。
孔雀門さんは勾玉を持たない。
勿論、勾玉を埋めこんで測定はしたが、スキルが弱いのにコストが非常に重い、俗に云う「外れアブソリュート」だった。勾玉を成長させても無駄だったので、彼女は勾玉を切除した。その後、火器の扱いを学んで、勾玉を持った生徒をデコイにしてファニイを蜂の巣にする、という戦法で討伐部隊長にまでなった
善波先輩、と呼ばれた高等部の女子生徒が、孔雀門さんを睨んだ。孔雀門さんは肩をすくめる。「事実ですから」
「孔雀門さん……」
「まあ、だとしても、怯えさせてよいことはないよ」
長谷先輩が遮る。このひとは來多伎の防衛戦で何度も指揮を執っていて、勾玉を持たず戦闘に参加しないわたし達一般生徒への指示をしていた人物でもあるので、わたしでも名前と顔が一致している。
長谷先輩はわたしをちらっと見て、膝の上のお菓子の袋を示した。食べろ、ということだろう。わたしはお菓子の袋を開ける。なかには個包装のバウムクーヘンがたっぷりはいっている。
バウムクーヘンはバターの薫る高級品だった。しっとりしていて口溶けがよく、甘さがしつこくない。
「勾玉の色を追加してもらおう」
「わたしが持っている勾玉を提供します。オレンジだから、彼女はもう持っている色だし、資材にしてもらいましょう」
「それがいいね。古府、衛生部に伝えてもらえる? 赤とオレンジ以外の勾玉を摂取してもらいたいから、それと作業できる人間を寄越せと」
「はい、長谷先輩」
古府さんが席を立ち、出て行く。中等部の生徒会長と云っても、長谷先輩の命令には逆らえない。
わたしみたいなペーペーが逆らえる訳もないので、赤とオレンジ以外の勾玉の欠片を摂取されるのは決定事項なのだろう。
善波さんが生徒会室から出て行った。長谷先輩は高等部の生徒と低声で話している。孔雀門さん含む、勾玉を持たない生徒達が、部屋の壁に貼り付けられた來多伎の地図を見て話し合っていた。
「半径一キロメートルなら、この辺りに配置するのがいいと思う」
「的になりますよ」
「そこをまもるのがあたし達でありあんた達でしょ」
「円樟先輩のスキルで肩代わりしてもらえないかな」
「だめだめ、あれは古府とか善波先輩みたいな攻撃特化スキル持ちにつかうものなの。デコイはデコイの仕事をしなくちゃ。で、あたし達はあたし達の仕事をするの……」
右袖をひっぱられ、はっとそちらを見る。
乙津さんだ。わたしと同じ学年で、隠密型と治療型のスキルを持っており、小学生の頃から討伐部隊に所属していた。
バウムクーヘンをさしだすと、彼女はにやっとしてそれをうけとり、ひと口で食べた。乙津さんは数十秒ごとに範囲内の味方を治療するというスキル持ちだ。彼女が居るだけで、勝手に大怪我でも治っていく。おまけに、彼女自身は勾玉持ちでありながら、隠密型スキルの効果で戦闘開始から一定時間が経つとファニイに認識されなくなる。
口数が少なく、ぼんやりした子だが、なんとなく気が合う相手だ。乙津さんが居るのにさっきまで気付かなかったが、彼女が居てくれるのなら少しは心強い。
わたしは泣きながらバウムクーヘンを食べていた。左袖をまくり上げ、秋嶺さんがわたしのせなかを撫でている。「大丈夫だよ、橿原さん。すぐに終わるからね」
衛生部の、マスクと帽子で顔のわからない生徒が、注射器を持ってずらりと並んでいる。注射器にはそれぞれ、青、緑、黒、白、黄色、ピンク、紫、藍、萌黄、灰、などの、カラフルな勾玉の欠片がつめられていた。
あれを、これから順繰りに、わたしの腕に埋めこもうというのだ。彼らはまったく、わたしが勾玉を切除する時のことを考えていない。
スキルは減退したり、つかえなくなったりすることがない。体力の問題や負傷などで前線をはなれることがある攻撃型スキルの人間と違い、わたしみたいなバッファーは、ほぼ一生涯戦場に送りこまれ続ける。だから、勾玉を切除する可能性を考えていないのだ。
「彼女の武器と、勾玉を持ってきたわ」
善波さんが戻ってきた。衛生部の生徒が、わたしの腕に青い勾玉の欠片をいれる。わたしは洟をすすりながらバウムクーヘンを食べる。
勾玉の欠片が腕のなかにはいると、ちょっとだけちくっとした。
不思議なことに、よほど大きくならなけらば、勾玉は腕のなかにあろうと脚のなかにあろうと気にならない。異物感がないのだ。
わたしはバウムクーヘンの袋をからにし、善波さんが淹れてくれたミルクティをすすっている。秋嶺さんのくれたハンカチで顔を拭った。ポニーテールの根元に、善波さんが持ってきてくれた黄色いリボンを結んでいる。
すでに、善波さんが持っていたという勾玉を腕に反応させたので、わたしの腕のなかの勾玉はかなり成長しているらしい。その感覚はあまりなかった。気になるひとは凄く気になるそうだが、わたしは勾玉がそこにあるというのがよくわからない。
善波さんが楽器ケースを開ける。「ヴァイオリンよ」
「はい……」
「破損しないように抱えていてね。演奏できる状態でないと、楽器と判断されないから」
頷く。善波さんはケースを閉め、これは学校からの支給品です、とくくった。乙津さんが善波さんの腕をとり、頬ずりしている。乙津さんは小柄なので、頭は善波さんの肩にも届かない。
わたしは左腕をさする。これからどうなるのだろうかという不安と、バウムクーヘンの食べ過ぎで、吐きそうだった。