死刑宣告
今日はその、測定の日だ。
わたしは今年の初め、左腕に勾玉の欠片を埋めこんだ。今では技術が向上し、勾玉の欠片を埋めこむ場合は切開手術を必要としない。勾玉は人間の体との親和性が高いので、注射器で筋肉内に埋めこむことが可能になったのだ。
とりのぞく時は、それ用の勾玉を反応させて体の内部で大きくさせ、切開手術をする場合もあるそうだけれど、基本的には注射したところを切り開いてさがせばすぐに欠片がとりだせる。わざわざ勾玉を反応させるのは、欠片があまりにも小さかった場合である。
ここで、スキルとコスト、そしてランクが明らかになる。スキルの「強さ」はコストに比例しているので、コストが重いのはすなわち強い。
勿論、コストが重くてもつかいにくいスキルもある。そういうひとは討伐軍へはいっても仕方ないので、ランクが高くてもめずらしいスキルでも、勾玉を切除することをゆるされる。
ここは、來多伎学園といって、初等部から大学までが揃っている学園都市だ。多くの生徒が親元を離れて寮生活をしているか、敷地内にある下宿に住んでいる。
來多伎は安全と名高い。ファニイの襲撃をうけたことはあるが、生徒達がそれをはねのけてき。児童、生徒、学生の意志を尊重し、生徒会が強い権限を持って都市全体をまもっている。
自分が認識している者以外の瞬間移動をさせない、というスキルを持った、最高ランク・ユニークのひとが居て、そのひと――高等部の一年生男子――が都市全体を管轄している。
瞬間移動をさせないというスキルそれ自体はめずらしくはないのだが、彼は都市まるまるひとつをまもれるくらいスキルの効果範囲がひろい。勾玉を消費し続けているが、それは学園の「討伐部隊」が調達してくる勾玉や、「勾玉を増やすスキル」でつくられた勾玉でまかなっている。
そうそう、來多伎の討伐部隊は討伐軍の都市防衛部隊のひとつなので、彼らは來多伎に在籍している間、軍と一緒に討伐に行かなくてもいい。
ランクは下から順に、「コモン」「アンコモン」「レア」「スペシャルレア」「スーパースペシャルレア」「アブソリュート」「ユニーク」。最初はコモンからスペシャルレアまでがほとんどだったが、最近はそれよりも上のランク、そしてめずらしいスキルがどんどん見付かっている。
コモン、せめてアンコモンだったら、コストが軽くスキルも弱い。それに、勾玉の切除をゆるされる。ファニイに狙われにくい状態で、あと何年かを來多伎で過ごせるかもしれない。その間に勉強を頑張れば、安全な都市で暮らせるかも……。
「橿原さん」
「はい!」
順番がまわってきた。わたしは椅子から立ち上がり、片足が痺れているような気がしてよろけた。はやく勾玉を切除したい。來多伎に居ると云え勾玉を埋めこんでから今日まで、不安だった。もしファニイが来たら、勾玉を持っている人間から狙われるのだから。
測定は測定用の教室で行われる。そこは毎年一時期しか使用されない、普段はしめきられている場所だ。
その教室では、耳たぶに勾玉を埋めこんだ中年女性が、にこにこ顔で椅子に座っていた。勾玉が半分ほど露出しているので、おしゃれなピアスに見えなくもない。彼女の勾玉はグリーンとスカイブルーのグラデーションだった。勾玉の色は様々で、色によって効果が限定されることがある。
「どうぞ、座ってください」
女性に促され、わたしは彼女の前の椅子へ腰掛ける。彼女は測定用のスキルを持ったひとだ。傍らの机の上には紙とペン、それに勾玉を複数置いたバットがあるので、コストは勾玉なのだろう。
教室の隅には、先生がふたり立っていた。少しはなれたところに、軍人らしい男性がふたり、それに、生徒会の役員がひとり居る。
「楽にしてね」
わたしは首をすくめた。楽にしろ、と云われて楽にできるなら苦労はない。今日、これ以降の人生が決まってしまうに等しいのに。
女性はわたしを見詰めたまま、じっとしている。と思ったら、頷いてペンをとった。紙を見ずに、さらさらと書き付ける。ランクは……アンコモン。
安堵したのもつかの間、女性が片手をあげた。
「有用スキルです」
それは、わたしには死刑宣告に聴こえた。
「コストが軽すぎる」
「アンコモン相当だとは思いますが……このスキル内容でこのコストなら、かなりつかえますね」
「こんなにコストの軽い有用バッファーは、わたしも初めて見ました。色の縛りもないし」
「彼女の色は?」
「赤とオレンジです」
「それはいい」
大人達が話し合っている。わたしは椅子に座ったまま、呼吸を整えようと苦労していた。どうしてだか涙があふれてくるので、せわしなくそれを拭っている。その度にポニーテールが揺れて、すぐ傍に立ってわたしのせなかを撫でてくれている生徒会役員の体を叩く。このひとはもう測定を終えたんだろうか?
生徒会役員はわたしと目を合わせ、かすかに微笑んで頷いた。わたしを安心させようとしているのだろう。気持ちはありがたいが、効果はなかった。
軍服の壮年男性が顎を撫でた。「アンコモンだが、‘特例’だ。切除手術は認められない」
賛成です、と複数人が云う。測定係の女性は心配そうにわたしを振り返ったが、すぐに軍人達を見た。
「勾玉の補充をすぐにしたほうがいいのではないですか」
「そうしましょう。見てもらえますか」
「ええ」
壮年男性がやってきて、バットから勾玉をとりあげた。「橿原けいと、君のデータは軍で預かる」
「は、はい」
声は震えたが、なんとか返事をした。逃げたり、戦うのを拒んだりは、できない。そんなことをしたら罰せられる。
男性は頷いた。
「勾玉の位置は?」
「ここです」
左腕へ触れる。彼はわたしの許諾もなく、わたしの袖をまくりあげた。腕に勾玉がおしつけられ、しゅっと姿を消す。わたしの腕のなかにある勾玉に吸収されたのだ。
中年女性が戻ってきた。男性が云う。
「向上しましたか」
「範囲の拡大、効果の増大、コスト低下……かなり向上しています」
女性は頷く。「橿原さん、あなたのスキルについて説明します」
わたしは返事をせず、黙って項垂れている。女性は穏やかに、ゆっくりと、わたしに説明してくれた。
半径一キロメートル内の味方の攻撃力と防御力を八パーセント上昇、範囲内の味方の速度を五パーセント上昇、範囲内の敵の速度・与ダメージ・攻撃力・防御力を十パーセント低下。
勾玉の色が同じ場合は更にプラス二パーセント。効果をうける者の勾玉が二色以上の場合、色が増えるごとに追加ですべてにプラス一パーセントしていく。
それがわたしのスキルだ。スキルの発動にかかるコストは、こういったバフ、デバフスキルにありがちな、「時間」だった。戦闘開始――それは「武装」した状態のわたしのスキルの射程範囲内に、ファニイが侵入したと云うことを意味する――から三十秒後にスキルが発動する。
わたしのスキルにはおそろしい文言が付け加えられていた。
すべての敵が範囲内から居なくなるか、わたしがスキルを発動した瞬間、範囲内に居た敵をすべて排除するか、その敵がわたしから五十キロメートル以上はなれるまで、わたしのスキルは停まらない。わたしを中心にスキルは発動し続ける。
つまり、わたしがスキルを発動した直後に殺されても、スキル自体は戦いが終了するまで持続する。
「生徒会が預かります」
「それがいいだろう」軍人が頷いている。「すぐに討伐軍本部へ来てもらいたいものだが、彼女はひ弱そうだ。ここで防衛にあたるのが誰にとってもいい結果を呼ぶ。しばらくは生徒会で鍛えてくれ給え」
「ご理解、ありがとうございます、閣下」
「いや。君に意思があれば、本部はいつでも迎える、橿原くん」
「はい、閣下」
わたしはそんなことを云ってしまって、自分で意味がわからない。どうして普通に喋っているんだろうか。
わたしは生徒会役員の秋嶺さんに促されて、軍人達に丁寧なお辞儀をし、教室をあとにした。
秋嶺さんはわたしを生徒会室へとつれていった。わたしは防衛部隊にはいることがもう決まっているらしい。そのようなことを道々、云われた。寮も移動するそうだ。
「荷物などは心配しなくていいから」
「はい」
わたしは機械的に会話に応じていた。彼の云う言葉の内容は理解しているし、意味も完全にわかっている。わたしは防衛部隊でも高コスト高ランクの部隊に編成される。その為、特別寮へはいるし、なににつけても優遇される。なにも心配しなくていい。
スキルが酷いものだった。それがショックで、どうしようもなくこわい。
戦場へつれていって、しばらくその辺へ放置し、スキルが発動したらデコイとしてつかう。そういう運用法法も考えられる、というか、多くの高ランクバッファー、デバッファーは、スキルが発動したあとデコイとしての役割を果たすのが一般的だ。わたしは味方の能力を底上げし、そのあとは勾玉を埋めこんでいない人間達がファニイを攻撃しやすいよう、ファニイの標的になる。
ここに居る間はまだいい。問題はそのあとだ。わたしは軍へはいらされるのだろう。特例だから。
秋嶺さんはまだ、測定に立ち会わなくてはならない。だからわたしを、生徒会室へいれて、居なくなった。わたしは生徒会室のひえたソファに腰掛けて、レースのカーテン越しに床へのびた日差しを見ていた。
2022/09/28改稿しました。