運命の日
緊張する。
わたしは学校の廊下に並んだ椅子のひとつに腰掛け、膝の上で両手を組んでいた。周囲には似たような格好をした生徒が沢山居る。皆、一様に緊張した面持ちだ。
今日は「測定」の日だ。今日、わたし達のこれからが決まる。これから、どう生きていくかが、決まってしまう。
どんなスキルで、コストは幾らなのか、それがわかる日だ。
わたしは橿原けいと。十四歳の中学三年生女子。今日は二学期最初の日で、わたしにとって測定の日でもある。
測定、というのは、この世界の人間みんながやることだ。この国では十四歳か十五歳か、とにかく中学三年生の二学期のはじめ頃に、学校で「スキル」と「コスト」を調べる。もしくは自費でそれよりも前に調べる。
スキルは、そのひとが持っている超能力みたいなもので、コストはその超能力をつかうのにかかるもの。時間が経てば勝手にスキルが発動するひとも居るし、なにかを犠牲にしてスキルをつかうひとも居る。例えば、お金とか、体重とか。
スキル、とか、コスト、を、多くのひとがつかうようになったのは、ほんの数十年前のこと。「ファニイ」と呼ばれる怪物があらわれて、人間が戦う必要に迫られたあとのことだ。
ファニイは人間のように二足歩行する、奇妙なモノ達だ。
大体、人間サイズで、人間と比べれば頭が大きすぎて首が目視できず、腕が長めで脚は短い。肌はうすい緑色やうすい青、寒色系の黒など様々だが、人間のような色の者は居ない。血は赤いけれど、不自然に鮮やかな赤だ。爪のない個体が多く確認されている。また、体の表面に左右対称の模様を持っていることが多い。階級の高い者ほど立派な服を着ている。
そいつらは数十年前、世界のあちこちに唐突にあらわれ、人間を攻撃してきた。
目的不明、どこから来るのかも不明、その上、強い。
人間達は対抗したのだけれど、人間のように二足歩行して人間のように武器を持って戦うのに、人間と比べて尋常ではなく打たれ強いファニイ達は、銃で数ヶ所撃たれた程度では死なない。化学薬品も、人間に悪影響を及ぼす濃度でも太刀打ちできなかった。
とられた対策は、「ライフルで頭を複数回撃つ」「機関銃で蜂の巣にする」「爆弾で吹き飛ばす」「ロケットを打ち込む」「上から大量のものをかぶせて圧死させる」など。そのどれも有効ではあったのだけれど、一体を処理するのにかかるお金がかなりのものになってしまう。その上、世界各地で同時多発的に大量に発生したので、火薬も銃の弾も品薄になった。
最終的に人間は、住む場所を限定し、半数近くが地下へ潜り、廃墟になったまちへ地雷をしかけることにした。地雷は作成にリソースがそんなに必要ではないし、しかける場所を工夫すれば、銃で蜂の巣にするよりも火薬を少なくファニイを処理できる。
具体的には、爆発をきっかけにしてその上の構造物が崩れ、ファニイ達を潰してしまう……というようなつかいかたをしていた訳だ。ファニイ達はしばらく、地雷で相当、数を減らした。
のだけど、ファニイ達にも知恵はある。次第に、人間達が地雷をしかけている場所を察知するようになっていった。
しかも、ファニイたちは超能力を有していたのだ。なにもないところから炎をつくりだしたり、近寄る者達に同士討ちをさせたり、まちをひとつ氷漬けにしたり……更に厄介なことに、ある種のファニイには、瞬間移動のような能力があることもわかった。
地雷作戦は、人間達が頑張って発展させた都市を破壊した割に、ファニイを減らせなかった。ファニイ達は地下に逃げていた人間達のところにも、瞬間移動をつかって移動し、襲ってくるようになった。しばらくは、ファニイ達による一方的な殺戮と、それから逃げる人間、という図式だった。
それがかわったのは、ファニイを生け捕りにしたり、ファニイの死体を調べていたひと達が、ある発見をしたからだ。
ファニイ達は人間に近い身体構造をしており、遺伝子にはほんの0.03%の差しかない。
違うのは額に半分埋まっている「石のようなもの」だけだった。吃驚するけれど、肌の色なども、その石みたいなものの影響だそう。
その石のようなものは、形状が似ていることから「マガタマ」と呼ばれるようになる。これは今や、全世界の共通語だ。
勾玉自体は、ただの石だ。その辺に置いてあっても、なにか悪さをするでもないし、役に立つものでもない。大きくても長さ一寸というところ。
しかし、勾玉を研究していたひと達は、ゲノム解析が終了する前にそれがファニイの身体能力や超能力のもとだと仮説を立てた。その上で、動物に勾玉の欠片を投与したり、外科手術を行って体へ埋めこんだりして、どうなるかを観察した。
動物達では効果が見られなかったものの、研究チームは「ファニイの力のみなもとは勾玉である」という説を捨てきれず、ゲノム解析の結果人間とファニイが似通っているということをよりどころにして、実験として人間の子どもに勾玉の欠片を埋めこんだ。
非人道的である。許容されるべきではない。当時、そう批判されたのだけれど、結果がわかると世論は掌を返した。
勾玉を埋めこまれた子どもは、ファニイのような超能力をつかえるようになったのだ。
それから、各国が共同で研究を続けた。もはや、人間同士で些末な――民族だとか領土だとか宗教だとかの――争いをしている場合ではない。全人類が「対ファニイ」の軍隊を求めていた。
ファニイの超能力と差別化する為に、人間が得た超能力は「スキル」と呼ばれるようになった。そのスキルには、発動の為に対価が必要な場合があることも判明し、それらはどんな対価であってもひっくるめて「コスト」と呼ばれるようになった。
わかったことはむっつ。
ひとつ。勾玉は欠片でも効力を発揮する。これは確定事項。
砕けた勾玉でも、それを体のなかへ埋めこめば、埋めこまれた人間はなにかしらの超能力を発揮した。
ふたつ。勾玉は勾玉を吸収して成長する。これも確定事項。
不完全な状態の勾玉同士をくっつけると、ひとつの完全な勾玉になる。完全な勾玉同士をくっつけても、ひとつの勾玉になる。完全に体の内部に勾玉がある場合でも、皮膚越しにその部分へ勾玉を押し当てれば吸収される。
みっつ。成長した勾玉はそれまで以上に人間の力をひきだす。これも確定。
例えば、半径百メートル内の味方の怪我を癒す、というようなスキルを持っていた場合、勾玉が成長すると効果範囲がひろがったり、怪我を癒す力が向上したりする。
ただ、スキルが向上することはわかっているが、向上の仕方は様々だ。もしかしたら、「コストが減る」だけかもしれないし――それでもとっても大きな向上だけれど――、怪我を癒すだけでなく範囲内の味方の攻撃力を上げる、みたいなあらたな効果が追加されるかもしれない。
勘違いされがちだが、複数の勾玉を持ってもスキルが増えることはない。「勾玉の吸収量」が問題のようで、勾玉が吸収させるとあらたなスキルを得ることはある。勾玉自体のサイズは、ある一定よりは大きくならない。ただし、複数埋め込むことは可能だ。
よっつ。勾玉を埋めこんでも、とりのぞいても、体に悪影響はない。これはほぼ確定だが、まだ仮定。
勾玉を体へ埋めこむことで、最終的にファニイのようになるのでは、とおそれていたひと達も居たが、それは可能性として低いと考えられている。
ファニイは勾玉を、自然に体のなかで生成している。ファニイを生け捕りにして勾玉をとりのぞき、しばらく観察したところ、勾玉は再生したそうだ。環境が悪かったのか、ファニイは死んでしまったけれど、その時に採取された勾玉は実験に用いられた。
ファニイと違って人間は、勾玉を埋めこまれても「排泄しない」だけで、勾玉を自然に生成できるようになる訳ではない。なかには、スキルをつかう度に勾玉が目減りしていくひとも居る。当人が申し出ればとりのぞくことは可能だし、例えば勾玉を埋めこんだ状態で人間離れした身体能力を操っていたとしても、勾玉をとりのぞいてその反動が来る、ということもなかった。
いつつ。ファニイは勾玉が大きい者、もしくは複数の勾玉を所持している者ほど強い。これは確定ではないが、蓋然性は高い。
「ボス」と呼ばれる派手な服装をしたファニイ達が居る。そいつらは、普通のファニイ達よりももっと頑丈で、銃で撃たれても撃たれても死なない。なかには、首がとれてもくっついて生き返ったファニイも居る。
そいつらは今まで、数体退治されている。当然、額の勾玉をとる為、そして構造を調べる為に解剖されたのだけれど、額に大きな勾玉を持っている者が多かった。もしくは、額に幾つもの勾玉が散らばるようにくっついていたとか、腰の辺りや腕の付け根に複数の小さな勾玉が埋まっていたボスも居る。人間ではそのサイズの勾玉にはならないが、ファニイ同士で争うなり継承されるなりした勾玉を吸収して、それだけのサイズになっているのだろうと考えられている。
弱いファニイ全員を調べることができないから確定ではないが、大きな勾玉を持っている者、複数の勾玉を持っている者が強いのではという仮説は根強い。
むっつ。ファニイは勾玉を埋めこまれた人間を優先的に狙う。これも、確定ではないが、やはり蓋然性は高い。
勾玉を埋めこまれた人間と、そうでない人間の部隊を編成し、ファニイの討伐へ向かうと、ファニイは勾玉を埋めこまれた人間の部隊しか見えていないような動きをする。普通の人間が横からばんばん銃弾を撃ち込んでも、ファニイは勾玉を埋めこまれた人間との戦いを優先する。
これは、確定ではないがひろく信じられており、なおかつ討伐の際によく用いられる作戦だ。勾玉を埋めこまれた人間は、戦闘要員としても、デコイとしても優秀なのである。
そして、長年のファニイおよび勾玉研究の結果、世界各国はこぞって法律をかえた。どこだって、自前の対ファニイ軍を欲していた。
特段の理由がない限り、国民は十六歳までに勾玉を埋めこむ手術を行うこと。その後、やはり十六歳までに測定を行い、スキルとコストを明らかにすること。ランクスペシャルレア以上は特例を除いて討伐軍へ参加すること。それがこの国の決まりだ。