第八話 遭遇
その後、スミレのレベルは更に十上がった。レベルの上がり具合は鈍化していたが、それでも順調にレベルアップしていった。
スミレはその日、久しぶりに一人だった。ヤシャが、レポートがあると言って、しばらく休む事になったのだ。
スミレのレベルも五十を超えたから、一人でもあちこち歩けるようになっていた。
スミレはどこへ行こうと思案し、期間限定のイベントダンジョンへ行ってみる事にした。
ポストアポカリプスでは、常に様々なイベントが開催されている。期間限定のダンジョンには、普段手に入らないレアアイテムを入手できるチャンスがある。
《ヤシャと来れれば良かったのにな》
スミレはそんな風に思いながら、ダンジョンを目指して歩いて行った。
その道中の事だ。
スミレの目の前に一体の敵が現れた。大きくて黒い、トカゲのような姿をした敵だ。
スミレはすぐに異常を感じた。普段、フィールドに現れる敵とは明らかに様相が違っていたからだ。
スミレが驚いているうちに、敵が素早くスミレに近づき攻撃してきた。かなり動きが速い。スミレは寸でのところで攻撃を避けたが、相手が強い事が十分に伝わってきた。
《なんでフィールドにこんな敵が……》
スミレは、敵に向かってブラックホールを放った。普通のフィールドの敵ならこの一撃で倒せるか、倒せなくてもかなりのHPを削れる。しかし、目の前にいるこの敵は、HPの減りが明らかに少なかった。
《やばい!》
この敵から攻撃をくらったら相当HPを削られるとスミレは察した。逃げたいが、動きが速い敵なので逃げる事ができない。
スミレは、必死に攻撃を避けながら、ブラックホールを放ち続けた。
敵のHPを半分まで減らしたところで、急に敵の体が光り、敵の口から長い舌が高速で出たり入ったりし始めた。その舌がスミレに当たり、スミレは吹き飛ばされた。スミレのHPは半分以上減らされた。
《回復しないと!》
スミレが回復アイテムを使おうとする間に、敵がスミレの方に突進してきた。
《やばい! やられる!》
スミレがそう思った時、敵の左手から一人の戦士が現れ、敵を剣で斬りつけた。そして、そのまま今度はバク宙のようなジャンプをして、高いところから敵に剣を突き刺した。
それは流れるような攻撃だった。
「うそ……」
スミレは思わず呟いていた。
目の前にいる戦士は、動画で見たとおりの姿をしていた。
少し長めの赤い髪に精悍な顔立ち。ヨーロッパの騎士が着ていた制服のようなデザインの服。
頭の上には『ares97』という表示があった。
「アレス……」
スミレが呆然としている間に、アレスが敵に連続攻撃をし、溜まったゲージで必殺技を放った。アレスの体が炎に包まれ、あたかも分身したかのように見えるスピードで敵に斬撃を加えていく。
「すごい……」
必殺技を終えると、敵がその場に倒れ、そして消え去った。
スミレに経験値が入る。スミレがダメージを与えた分の経験値なので、半分だ。
スミレはアレスに歩み寄った。
「助けてくれて、ありがとう」
「気にするな」
アレスがスミレに答えた。
「助けてもらえなかったら、やられてた。でも、なんでフィールドにあんな敵がいたんだろう……」
「イベントは初めてか?」
「うん」
「イベントダンジョンの周りにはこういうトラップが仕掛けられている事もある。遭遇するのは本当に稀だが」
「そうなんだ……。知らなかった」
「運が悪かっただけだ。この先も気を付けるんだな」
アレスはそう言って、その場から立ち去ろうとした。
スミレは慌てて、
「待って!」と、アレスを呼び止めた。
これまで一度もアレスに会う事はなかった。これを逃したら再び会う事はないかもしれない。
あまりに急な事で、何を話せば良いのかは分からなかったが、とにかくこのチャンスを逃したくはなかった。すべてアレスと話すために始めた事だ。ここで臆したら、これまでやってきた事がすべて無駄になってしまう。
「何?」
行きかけたアレスが立ち止まって、スミレの方を再び向いた。
「私はスミレ。あなたはアレスでしょ?」
「ああ」
「あの、もし良かったら、私とフレンドになってくれない?」
我ながら、唐突過ぎだろうと、スミレは思った。
驚いたのか、アレスがしばらく黙った。そして、
「レベルいくつ?」と尋ねてきた。
「五一」
「悪いけど、俺は天空ギルドに入れるぐらいのレベルの人としか組まないから」
「レベル六〇以上って事だね。じゃあ、私がレベル六〇になったら、フレンドになってくれる?」
「それは……構わないが……」
「じゃあ、約束。私、必ずレベル六〇になるから、だから、私の事、忘れないで?」
「分かった。……ではな」
アレスはそう言うと、その場を立ち去ってしまった。
スミレは、その姿を見送るとため息をついた。
《やっぱり、レベル六〇は必須だな。早くレベル上げないと……。それにしても、こんなところで会えるとは思ってもみなかった。なんか不思議だな。操作してるのは寄松くんだって分かってるのに、なんだか違う人みたいだった。ここではクールなキャラを演じてるのかな》
そんな事を思ってから、
《女になってる俺が人の事言えないか》
と、苦笑した。
そして、先ほど自分が言った事を思い返した。
《なんか俺、めっちゃ怖い女じゃなかったか? 会ってすぐフレンドになってくれとか、私を忘れないでとか、怖すぎだろ……。絶対警戒されたよな》
改めて、不意打ちでアレスと遭遇し、おかしな事を口走ってしまった自分を反省した。