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第七話 アレスの動画

 スミレのレベルは四〇に到達した。レベル四〇になると、上位魔法が使えるようになる。

 スミレは、武器ショップで『ブラックホール』という魔法の魔術書を購入した。ダークレインよりも攻撃力の高い全体攻撃魔法だ。もちろん、デバフ効果も付いている。

《死なないようにしなきゃな……》

 後から購入した魔術書は、ドロップ対象だ。死んだら落としてしまう。ヤシャからもらった『闇の黙示録』も同じだ。

 ヤシャと共にいる限り死ぬ可能性は低いが、それでもあり得る話だった。

 スミレはヤシャと合流した。

「こんばんは」

「こんばんは」

「今、新しい魔法買ってきたんだ」

 スミレは、早速ヤシャに報告した。

「へえ。どんな魔法?」

「『ブラックホール』。全体攻撃で、ダークレインよりもずっと攻撃力が高い魔法だよ」

「いいじゃん。早く使ってみよう」

「うん」

 二人は悪魔の洞窟に入った。

 第一階層で遭遇した敵に、スミレは早速ブラックホールを放った。

 敵は三匹いたが、その一撃で倒す事ができた。

「すごい!」

「やったじゃん」

「私もやっとここまできたんだ……」

 スミレはしみじみと言った。初期の頃の苦労がやっと報われた気がする。

 二人はどんどん先へと進んで行った。スミレも戦力になっているから、進むスピードはかなり速くなっている。

 今までヤシャには引け目を感じていたが、これならお荷物にならずに、ちゃんと役に立てそうだ。

 二人は、その日も二時間で進めるところまで行って、ダンジョンを脱出した。

「だいぶ強くなったね」

 ヤシャがスミレに言った。

「うん。ヤシャのおかげだよ」

「そうだよ。俺のおかげだよ」

 ヤシャはおどけているようだったが、スミレは心からありがたいと思った。

「本当にありがとう」

「もう一人で来れるからって、俺を捨てたりしないでね?」

「そんなことするわけないでしょ。って、捨てるって何?」

 スミレは笑った。

「あのさ、協力した見返りってわけじゃないんだけど、スミレの事、少し訊いてもいい?」

「え? 私の事? 別にいいけど」

「どうして、こんなにがんばってレベルを上げようとしてるの?」

「ああ……」

 確かにヤシャが不思議に思って当然だとスミレは思った。ここまで協力してくれた人だから、すべて話そうと心に決め、スミレはヤシャに答えた。

「実は、天空ギルドに入りたいんだ」

「え? 天空ギルドに?」

「うん。天空ギルドって、レベル六〇以上じゃないと入れないでしょ? だから、レベル上げしてるの」

「ギルドに入るのが目標とか……変わってるね。まあ、天空ギルドに入れば、強さをアピールはできるかもしれないけど。もしかして、ギルドに入りたいのも何か理由があるの?」

「うん。実は、会いたい人がいて……」

 スミレが言うと、ヤシャがかなり間を置いて、

「会いたい人って?」と尋ねてきた。

「アレスって知ってる?」

「うん。もちろん知ってるよ。天空ギルドのアレス。有名プレイヤーだから。もしかして、アレスに会いたいの?」

「うん」

「なんか、意外……。もしかして、熱烈なファンとか?」

「いや、そうじゃなくて、……実は、アレスと現実で知り合いなんだ」

「ええ⁉」

 ヤシャはかなり驚いたようだ。

「話がしたいんだけど、会う事ができなくて。それで、ポスアポでかなり有名だって聞いたから、私もポスアポを始めれば、話すきっかけができるんじゃないかと思って、それで始めたの」

「うそでしょ? まさか、ポスアポ始めたとこからアレスのため?」

「うん」

 さすがに引いただろうか、とスミレは思った。まるでストーカーのような話だ。

「知り合いって、どういう知り合い?」

 案の定、ヤシャはスミレに尋ねてきた。スミレは、ちゃんと話さなければ本当にストーカーだと思われてしまう、と思った。

「私、社会人なんだけど、アレスは同じ会社の後輩で、ずっと会社に来てないんだ。だから、どうして来ないのか、話を聞きたくて、それでこのゲーム始めたの。ゲームの中で会えるかもしれないし、会えなくても、何か話すきっかけが見つかるんじゃないかと思って……」

「すごいね……。後輩のためにそこまでするなんて……」

「引くかな?」

「いや……。もし、俺なら、自分のためにそこまでしてくれたって知ったら……。…………。なんて言うか、とにかく、引きはしないよ」

「そっか。それならいいんだけど……」

「スミレって、社会人なんだね」

「うん」

「スミレって、いくつ?」

「二十八。いい歳こいてこんな事しててびっくりでしょ?」

「いや、別に、ゲームなんだし、色んな年齢の人がやってると思うよ。そっか、二十八か……。結構年上なんだな」

「ヤシャはいくつ?」

「俺は二十一。学生」

「大学生なんだ」

「うん」

 だいぶ年下の人に助けられていたのだと、スミレは思った。こういうところが、ゲームの世界ならではだ。

「ヤシャはアレスに会った事ある?」

「うーん、会ったってほどではないけど、同じダンジョン攻略してて、ボス戦被った事は一度だけあるよ」

「そうなんだ。アレスって、やっぱすごいの?」

「そりゃ、すごいよ。スミレ、動画見た事ないの?」

「動画? 動画上がってるの?」

「うん。アレスのチャンネルがあって、プレイ動画上がってるよ。検索すればすぐに引っかかると思うよ」

「そうなんだ……」

 アレスがネットに動画を上げているとは知らなった。スミレはその動画を確認したくて仕方がなくなった。

 スミレはヤシャに、

「ありがとう。今日はもうログアウトするね」と言った。

 すると、ヤシャが察した様子で、

「動画見に行くんだ?」と言った。

「うん」

「分かったよ。じゃあ、今日はこれで。また明日ね」

「うん。今日もありがとう」

「じゃあね」

「またね」

 スミレはヤシャに挨拶してポストアポカリプスからログアウトした。

 ログアウトすると、司はすぐに動画サイトを開いた。そして、『ポスアポ アレス』と打って検索をした。

「これか……」

 アレスのチャンネルが表示されたので、最新の動画をクリックして再生した。

 アップロードされた日付は二日前で、アレスがパーティーを組み、ボス戦に挑む動画だった。

「会社は来ないけど、動画はアップしてるんだ……」

 司はそんな事を呟きながら、動画を観始めた。そして、しばらくすると、動画の中のアレスの強さに釘付けになった。

「操作が神じゃん……」

 レベルが高いから、キャラクター自体が強いのはもちろんだが、敵の攻撃を防いだり避けたりするタイミングや、攻撃を繰り出すタイミングが完璧だった。これは、プレイヤーの技術によるものだ。

 一時間ほどの動画だったが、司はその動画を最後まで観てしまった。

 翌日は平日で、司は出社したが、明らかに寝不足だった。しかし、仕事はいつもどおりにこなさなければならない。

 仕事が落ち着いた午後、司は眠気に耐えられずに立ち上がった。

《少し動こう……》

 司は歩きながら思い立って、拓海の席に向かった。しかし、拓海は席にいなかった。

 司が戻ろうとすると、拓海がこちらにやって来るのが見えた。どこかへ行っていて、席に戻るところだったようだ。

 拓海が気付いて司に軽く頭を下げ、司の方に歩み寄ってきた。

 司も拓海の方に近づいて行った。

 司は拓海に、

「今忙しい?」と尋ねた。

「いえ、大丈夫です」

 拓海は司に答えた。

「じゃあ、ちょっといい?」

「はい」

 司は拓海と共に執務スペースを出て、空いている会議室に入り、拓海と向かい合わせで椅子に座った。

「付き合わせてごめん。実は今日寝不足で、少し休もうと思って」

「そうだったんですか。もしかして、ポスアポですか?」

「うん。昨日、ポスアポやった後にアレスの動画観ちゃってさ」

「動画上がってるんですか?」

 拓海もアレスが動画を上げている事は知らなかったらしく、驚いた様子だった。

「うん。チャンネル開設してるみたい。登録者数結構いたよ。あれだけいたら、広告収入かなりあるのかも。会社来なくても、あれで食っていけてるのかもしれないな。初めて見たけど、強すぎてびっくりして、見続けちゃったよ」

「へえ。そうなんですね。俺も後で観てみます。奥山さんは、どうなんですか? ポスアポの方は。俺、最近全然ログインしてなかったですけど……」

「レベル四〇超えたよ」

「ええ⁉ もうレベル四〇超えたんですか⁉ 早過ぎないですか?」

 拓海はかなり驚いた様子だ。

「レベルの高い人とフレンドになれて、一緒にダンジョン回ってもらってるんだ」

「そうなんですか。良かったですね。このまま行けば、本当に天空ギルドに入れるかもしれませんね」

「もちろん、入れるまでやるよ」

 拓海が感心したような表情を司に向けた。

「奥山さんって、ほんとすごいですよね。仕事ちゃんとこなしつつ、ゲームにも手を抜かないなんて。俺には絶対無理ですよ」

「まあ、今日は眠くて仕方ないけど」

「そこまでできるのがすごいです。なんなら寄松くんに、こんなに奥山さんが頑張ってる事、知らせてやりたいですね」

「あ、言っちゃだめだよ?」

 司は拓海に釘を刺した。

「分かってますよ。言いはしませんって」

 拓海はそう言って笑った。

「最近は、寄松くんとは連絡取ってない?」

「そうですね。取ってないです」

「そっか……。動画は上げられるんだから、元気にはしてるんだろうけど。毎朝メールしてるんだけど、返事はたまにしか来なくて」

「返事来ない時もあるんですか?」

「うん」

「それは良くないですね。俺も後でメールしてみます。奥山さんが心配してるって」

「ありがとう」

 その日の夜も、司はスミレとして、ポストアポカリプスにログインした。

 ログインすると、画面にメッセージが届いている表示が出ていた。

 メッセージはヤシャからだ。もうログインしているらしい。

 スミレはメッセージを返して、ヤシャと合流した。

「こんばんは」

「こんばんは」

 ヤシャがスミレに、

「アレスの動画、観た?」と尋ねてきた。

「うん。観たよ」

「どうだった?」

「すごかった。操作が神レベルだった。あんなにすごいなんて思ってなくて、ちょっとだけ観るつもりだったのに、結局最後まで全部観ちゃった」

「それじゃ、今日は寝不足だね」

「うん。今日一日眠くて仕方がなかった」

「会社で居眠りしなかった?」

「それはなんとか耐えたよ」

「さすがだね」

「仕事だから」

「ほんとに、スミレはまじめだね。あんまり無理しないように気を付けてよ」

「なんか、お母さんみたい」

「お母さんって……。せめてお父さんにしてよ」

「ハハ。そうだね」

「あのさ……」

「? 何?」

「あんまり、現実の事は訊かれたくない?」

「え、いや、別にいいけど」

「そっか。良かった。昨日、社会人って言ってたから、どういう仕事してるのか気になって」

「普通の会社員だよ。内勤だからデスクワーク多くて、大体一日中パソコンに向かってる」

「そっか。仕事もパソコンで、帰ってからもゲームじゃ疲れない?」

「ゲームは遊びだから全然」

「東京の会社?」

「うん。そうだよ。ヤシャも東京の大学?」

「うん。東京の大学。じゃあ、案外近くにいるかもしれないね」

「そうだね」

「アレスは会社の後輩って言ってたけど、スミレよりどれぐらい下なの?」

「アレスは三年目だから、私より四年下だよ」

「四年下なんだ」

「あ、アレスの事は他の人には言わないでね」

 アレスは動画をやっているから、プライベートの情報が流布するのはまずいだろうと、スミレは考えた。

「もちろん、言わないよ」

「ありがとう」

「じゃあ、そろそろ行こっか」

「うん」

 二人はそんな会話を交わしてから、ダンジョンに向かって歩き出した。

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