第五話 出会い
次の日、スミレは一人で悪魔の洞窟に赴いた。
洞窟ダンジョンだが、鍛錬の洞窟よりも構造が遥かに複雑だし、現れる敵のレベルが桁違いだ。
第一階層で既に一人では厳しいレベルだった。初めの敵はなんとか倒したが、次に出会った敵には勝てずに、始まりの広場に戻されてしまった。
「鬼難易度じゃん……」
スミレは意気消沈したが、回復アイテムを補充すると、すぐに再び悪魔の洞窟へ向かった。
しかし、ニ、三度敵と戦うと負けてしまい、その度に始まりの広場に戻されてしまう。
スミレは心が折れそうになりつつ、それでも何度も悪魔の洞窟に挑んだ。
毎日何度も挑戦し、進めた時で第二階層までだった。各階層の最奥にはボスがいるが、第二階層のボスには勝てない。それどころか、道中でやられてしまう事も多々ある。
それでも、毎日第一階層から第二階層に入っているうちに、レベルが三つ上がった。そして、レベルが上がると、やっと第二階層のボスを倒す事ができた。しかし、第三階層は更に厳しい。
こうして、数日をかけて少しずつ先に進めるようになりながら、スミレは地道にレベルアップしていった。どこまで進めるかは、敵との遭遇具合や、操作の出来不出来に左右され、その日によってまちまちだった。
ある日、様々な要素がうまく噛み合い、奇跡的に第八階層まで進む事ができた。
スミレは興奮した。それと同時に、いつ死んでもおかしくない状況に、緊張感が高まった。今日は休日で、ここまで来るのに既に現実の時間で五時間経過している。
《もう戻った方がいいかもな……》
そう思いつつも、もう少し先まで行けるかもしれないという気持ちもあった。
スミレは遭遇する敵ごとにかなりの時間をかけて倒しながら、奥へと進んで行った。
《そろそろボスが出てきそうだな》
次のボスを倒す事はできないと、体感で分かっていた。ボスの姿を少し見たらダンジョンから脱出しようとスミレは思った。
少しずつ先へ進んで行くと、ボスとおぼしきツノの生えた半身半獣のケンタウロスのような姿をした大きなモンスターの姿が見えた。そしてそこには、そのモンスターと戦う他のプレイヤーの姿があった。
《先客がいたのか》
戦っているプレイヤーキャラは、細身の男性で、青みかがった黒い髪色をしており、黒を基調とした体にフィットする衣装を着た、全体的に黒っぽい見た目のキャラクターだった。首にはスカーフを巻いている。忍者を洋風にしたような雰囲気だ。
短剣で攻撃をしているから、戦士タイプだ。キャラクター操作が鮮やかで、一目でレベルが高いと分かる。
スミレは、戦闘領域に入らないように距離を保ちつつ、その戦いに見入った。
敵も強そうなのに、互角の戦いだ。
しかし、しばらくしてその人が敵の攻撃を受けて体制を崩した。そして、そこに敵が追撃を加えようとする。
「危ない!」
スミレは反射的に駆け寄り、敵に向かってダークレインを放った。
攻撃を受けた敵は怯んで攻撃の手を止めた。
その隙に戦っていた人が体制を立て直し、敵に攻撃を加えた。そしてそのまま攻撃をし続けて押し切り、とうとう敵を倒した。
「すごい……」
スミレは感心してその様子を見つめた。
戦っていた人がスミレの方を振り返ったので、スミレは、はっと我に帰った。
「邪魔をしてごめんなさい」
「謝ることないよ。助かったし」
その人は気にしていない様子だったので、スミレはほっとした。
「一人で戦うなんてすごいね」
「そっちだって一人じゃん」
「そうだけど、私はボスの姿だけ確認したら帰ろうと思ってたから」
「戦う気はなかったんだ? レベル、そんなに高くないの?」
「うん。まだレベル三一」
「ええ⁉ レベル三一⁉ よくここまで一人で来れたね」
「今日は偶然ここまで来れて……。いつもは、第四、第五階層ぐらいをウロウロしてる」
「いつもここに来てるの?」
「うん。ここのところほぼ毎日。今日はもう六時間近くいる」
「六時間⁉ そんなに潜ってるの?」
「うん」
「なんでまた、ここに?」
「早くレベルアップしたくて」
「すごいやる気じゃん。あ、俺はヤシャ。レベル七二」
「レベル七二⁉ すごいね! 私はスミレ」
「闇属性でしょ?」
「うん。闇属性の魔術師」
「俺も闇属性なんだ。闇属性の人あまり会わないからうれしいな。特に魔術師の人と話したの久しぶりかも」
「そうなんだ。確かに、闇属性の魔術師って育てるの大変だから、あまりいないのかもね。私も最初後悔したし」
「なんで闇属性の魔術師にしたの?」
「闇属性にしたのは雰囲気で、魔術師にしたのは、戦闘の操作が簡単だと思ったから」
「ハハ。おもしろいね。確かにそれなら後悔するかも。でも、一人でここまで来れるまでしたのはすごいよ」
「今日ここまで来れたのはほんと奇跡。もう二度と来れないし、この先にはまだまだ行けないよ」
「もう戻るの?」
「うん」
「そっか。じゃあ、これ拾ってくれる?」
ヤシャはそう言うと、アイテムを一つドロップした。それは魔術師が使う武器、魔術書のようだ。
スミレが今装備しているダークレインは闇属性魔術師の初期装備で、捨てたりドロップする事はできない。しかし、新しい魔術書を手に入れれば新しい魔法を使う事ができるようになる。魔術書は、ショップで買える物もあるし、ダンジョンで手に入れる事ができる物もある。そうして後から手に入れた武器は、捨てる事も売る事もできるし、死んだらドロップしてしまう対象にもなる。
スミレは言われたとおり、ヤシャが落とした魔術書を拾った。アイテムボックスを開いて確認すると、『闇の黙示録』という魔術書だった。しかし、魔術書はグレーになってしまっている。カーソルを当てると、使用可能レベルが五五となっていた。つまり、スミレはレベル五五になるまで、この魔術書を使う事はできないということだ。
「これ、くれるの?」
「うん。助けてもらったお礼」
「大したことしてないけど……」
「気にしなくていいよ。それ、前に闇属性イベントで手に入れたんだけど、俺は戦士だから使えなくてさ。ずっとただ持ってたんだ。売っちゃおうかとも思ったんだけど、苦労して手に入れたからなんか売れなくて。だから、あげるよ」
「でも、これレベル五五じゃないと使えないみたい」
「いつかは使えるようになるでしょ? 戦士の俺が持ってても仕方ないからさ」
「それじゃあ、遠慮なくもらうね。ありがとう」
「うん。それ、たぶんすごい魔法だと思うんだよね。だからさ、使えるようになったら俺を助けてよ」
それを聞いたスミレは、
《それって、今後も俺と関わりたいってことかな……》と思った。
そして、もしヤシャに協力してもらえるなら、レベル上げをもっと効率的に進められるかもしれないと考えた。ダメ元ではあったが、ヤシャに、
「じゃあ、私とフレンドになってくれる?」と尋ねた。
「いいよ」
ヤシャは即答でOKしてくれた。
スミレはさらに、
「あと、たまにでいいからパーティー組んで一緒にダンジョン周ってくれる?」と尋ねた。
すると、今度は少し間を置いて、ヤシャが答えた。
「俺をレベル上げのカモにしようとしてるでしょ?」
スミレは動揺して、なんと答えたらいいか焦った。すると、スミレが答える前にヤシャが、
「別にいいよ。なんか面白そうだし、ヒマしてたし」と言った。
スミレは胸を撫でおろした。
「ありがとう」
「じゃあ、俺からフレンド申請するね」
「うん」
ほどなくして、ヤシャからフレンド申請が届き、スミレはそれを承諾した。こうして、スミレはヤシャとフレンドになった。
ヤシャがスミレに、
「次はいつログイン予定?」と尋ねてきた。
「基本毎日ログインしてるよ。平日は夜だけど」
「そっか。じゃあ、ログインした時メッセージちょうだい」
「うん」
「今日はもうやめるの?」
「うん。さすがに長時間やり過ぎだから」
「そっか。じゃあ、また今度ね」
「うん」
こうして、スミレはヤシャと別れた。
ログアウトした司は、ふうっと大きく息を吐いた。
「疲れた……結局六時間もやっちゃった。しかし、ゲームの中で知らない人とフレンドになるとか、不思議だよな……」
現実世界で、会ったその日に連絡先交換して友だちになるなんて、なかなかない事だ。こういうところがゲームの面白さなのかもしれない。
「ヤシャって、どういう人なんだろ」
ヤシャも現実の誰かが操っているキャラクターで、この世界のどこかに本人がいるのは間違いない。
「ほんとに、不思議だな」
司はしみじみと思った。