第三話 初陣
タクはモンスターに近づくと、スミレに言った。
「スミレさんは少し離れてて下さい」
「どうして?」
「このゲーム、なるべく死なない方がいいんです。死ぬと持ってたアイテム全部その場にドロップして、始まりの広場に戻されちゃうんですよ」
「ええ⁉」
スミレは驚いて声を上げた。
「デフォルトで装備してる武器とか、あと装備中の服は大丈夫ですけど、せっかく手に入れた強い武器とかアイテムとか全部無くなるんで。落とした場所に戻れば回収できますけど、大体は他の人に拾われちゃいますから、戻って来る可能性はすごく低いですよ」
「そうなんだ。厳しいゲームだね」
「死をちゃんと重く受け止めるようにしてるんでしょうね。パーティー組んでれば、他のメンバーが拾う事はできますが、このゲーム物の受け渡しができないんで、一回捨ててもらってそれを拾ってって作業が必要になってめんどいんですよ」
「分かった……。死なないように気を付ける」
「敵は俺が倒すんで、スミレさんは敵から離れた場所にいて下さい。ただ、戦闘には加わる必要があるんで、戦闘範囲のギリギリにいて下さい」
「戦闘範囲って?」
「敵の戦闘範囲に入ると音楽が変わって、画面に表示されるメニューも戦闘用になるんで、すぐ分かりますよ」
「分かった」
二人はモンスターに近付いた。
タクの言ったとおり、敵に近づくと音楽が変わり、画面の表示も変わった。
スミレはその場に留まり、タクが一人でモンスターに向かって行った。タクは剣でモンスターを斬って倒した。タクが言っていたとおり、経験値はスミレとタクに同じだけ入った。でもまだ、スミレはレベル一のままだ。
敵を倒すと、すぐに別の敵が現れた。さっきと同じねずみ型のモンスターだ。タクは剣を構えて、そのモンスターに近づいて行った。
スミレは近付かずにそれを見ていたのだが……。
スミレの背後から別のねずみ型モンスターが現れた。
「わっ!」
スミレは慌てて逃げようとしたが、モンスターの一撃をくらってしまった。スミレはその場に倒れた。HPはゼロだ。
「マジか⁉ 一撃で死ぬのか⁉」
スミレの体は消え、場面が始まりの広場に切り替わった。
「本当に戻された……」
スミレはアイテムボックスを開いた。タクと会う前に買っておいた回復アイテムがすべてなくなっている。
画面に新着メッセージの通知が表示された。
メッセージはタクからだ。フレンド同士だと、ゲーム内でメッセージのやり取りができるらしい。
――とりあえずさっきの敵は倒しました。アイテムは俺が拾っておきました。始まりの広場に戻りますね――
――ごめん。自分がさっきの場所まで戻るよ――
――大丈夫ですか?――
――うん。やってみる――
スミレは、はじまりの広場を出た。敵に会わない事を祈りつつ歩く。しかし、スミレの願いもむなしく、スミレの前にまたネズミ型の敵が現れた。
「やば……」
スミレは闇の魔法『ダークレイン』を放った。初期装備の闇の魔法で、敵単体への攻撃に加え、確率で敵の攻撃力や防御力を下げるデバフ効果を持っている。
スミレの攻撃で、モンスターのHPが半分ほど削れた。
《半分だけ⁉》
右下には、魔法の回復ゲージが表示されている。魔法は一度放つと、このゲージが回復するまではもう一度放つ事ができない。
スミレはモンスターから攻撃を受けないよう距離を取ったが、モンスターは素早い動きで間合いを詰め、スミレに攻撃をしてきた。
「わっ! くらった……」
スミレは攻撃をくらい、その場に倒れた。そして、その場から消え、始まりの広場に戻された。
《やばい……。一生進めないかも……》
タクに面倒を掛けたくなくて、こちらから行くと言ったが、これではかえってタクを待たせることになる。
スミレはタクにメッセージを送った。
――ごめん。やっぱりそこまで戻れそうにないから、始まりの広場に戻って来てもらえる?――
タクからすぐに返事があった。
――OKです――
スミレはタクを待つ間、自分のステータスを確認した。
魔術師タイプだから、攻撃力と防御力が異常に低い。魔力は高いが、闇の魔法は威力が低いから、敵のHPをあまり削れないようだ。
レベルが上がって魔力が上がれば、もっとHPを削れるようになるだろうが、それまでが苦難の道だ。
操作に慣れていないのも痛い。いくつかボタンを押せば、敵の攻撃を飛んで交わしたり、ガードしたりできる。しかし、とっさにコマンド入力をする技術が司にはまだなかった。コントローラーの複雑な操作は、ゲーム初心者の司にはハードルが高すぎた。
少しして、タクが始まりの広場に戻って来た。
「ごめん」
スミレはタクに謝った。
「大丈夫ですよ」
「やっとタクが言ってた事分かったよ。闇属性の魔術師は厳しいって……」
「序盤乗り切れば大丈夫ですよ。デバフ付くから、戦士タイプから重宝がられると思いますよ」
「乗り切るまでが大変だね。できる日だけでいから、これからしばらく付き合ってもらえると助かる……」
「それは大丈夫ですよ」
それから二人は再び始まりの広場を出て、敵を何体か倒した。その日は一時間ほどプレイし、スミレのレベルが三になったところで、タクと解散した。
その日以降、タクの予定が付く日にパーティーを組んでもらい、ザコ敵を地道に倒し続けた。
敵の攻撃を受けてHPゼロになり、はじまりの広場に戻された回数は数知れなかった。それでも、レベルが一つ上がるにつれ、はじまりの広場に戻される回数が徐々に減っていった。
そして、レベル一〇に達すると、スミレ一人でもザコ敵なら一人で倒せるようになってきた。
スミレは、タクがログインできない日も一人でログインし、ザコ敵を倒しながら少しづつ地道に経験値を積み上げていった。しかし、フィールドのザコ敵の少ない経験値ではレベルがなかなか上がらなくなってきた。
タクがスミレに、
「そろそろダンジョン潜ってみましょうか」と言った。
「ダンジョンか……。うん。行ってみよう」
ポストアポカリプスの世界にはたくさんのダンジョンがある。フィールドにいる敵よりもダンジョンの敵の方が強いため、得られる経験値が多い。ダンジョンには常に存在するものと、期間限定のイベントで現れるものがあるらしい。
「初心者向けのダンジョンがあるんで、まずはそこに行ってみましょう」
スミレはタクの案内でダンジョンに向かった。着いた先には洞窟の入り口があった。そこに近付くと、画面に『鍛錬の洞窟』と表示された。
タクがスミレに説明してくれた。
「洞窟ダンジョンは闇属性の敵が多めなんですよ。スミレさんは受けるダメージが少なくなると思います」
「そうなんだ。気遣ってくれてありがとう」
ポストアポカリプスでは、同じ属性同士だと、攻撃ダメージが少なくなる。その属性しかいない戦闘なら、戦闘時間が長引く事になる。
属性には優劣も存在する。火は水に弱く、水は地に弱く、地は風に弱く、風は火に弱い。光と闇は他の属性との優劣がなく、どの属性にも変わらないダメージを与えられるが、光も闇も攻撃力が低い。
タクが説明を続けた。
「ダンジョンの注意点ですが、メニューから脱出を選べばいつでも入り口に戻って来れるんですけど、敵と戦闘に入ってる間は脱出ができないんで要注意です。強い敵に遭遇したら、戦闘に入る前に逃げた方がいいですよ」
ポストアポカリプスでは、敵にある程度の距離近づくと、移動モードから戦闘モードにシフトするが、その状態では、ダンジョンからの脱出ができないという事だ。
「強い敵って、動き速いから、逃げきれずに死にそう……」
「危険だと思ったらすぐ逃げた方がいいです。でも、ダンジョン楽しいですよ。あちこちに宝箱があって、色々アイテムをゲットできるし、敵も良いアイテム落としたりするんで」
「そうなんだ。それはいいな」
「じゃ、行ってみますか」
「うん」
二人は洞窟の中に入って行った。