第二話 初ログイン
ポストアポカリプスはパソコン向けのゲームアプリだ。アプリは無料でダウンロードでき、ゲーム内で使うジェムを現実世界の金で買う、所謂課金ができるゲームらしい。ジャンルはオープンワールドアドベンチャーゲームだ。ゲームの世界を自由に冒険できるが、ダンジョンを攻略するのがメインのゲームらしい。オンラインゲームなので、他のプレイヤーと交流する事もできる。
帰宅した司は、早速ノートパソコンに向かった。司は、会社から電車で十五分ほどの最寄り駅からほど近いマンションで、一人暮らしをしている。部屋は1R、リビングにはベッドとソファー、小さなテーブルがある。司はソファーに座り、テーブルに置いたノートパソコンを操作した。
まずは、ポストアポカリプスのアプリをダウンロードする。
アプリを開くと、アプリのトップページが表示され、美しい草原の景色の画像が表示された。ゲームスタートのアイコンを選択すると、アカウント作成画面に移行した。ここで入力するユーザー名がそのまま自分が操作するキャラクターの名前になるらしい。
司は思案した。もし、ゲームの中で弓月、つまりアレスに出会った時に、相手が司だとバレれば、警戒されるだろう。なるべく、弓月には正体がバレないようにした方がいい。そう考えると、司の事が連想できないような、司と真逆のキャラクターにしておくのが安全だと考えた。
《女か……?》
ポストアポカリプスでは、自分が操作するキャラクターの性別を選ぶ事ができる。
《そうだな。女にしよう。あと、会った時に覚えてもらいやすいようにしておいた方がいいよな。見た目から名前を連想できるような……》
司は、アルファベットで『sumire』と打ち込んだ。すると、画面に、「その名前はすでに使われています」と表示された。
《そうだよな……。世界中の人がプレイしてるんだから、カブるよな》
次に、『sumire1030』と打ち込んだ。司の誕生日、十月三十日を後ろに付けた形だ。すると今度は次の画面に進む事ができた。
《よし。名前は『スミレ』だな。あとは、髪の色があればいいけど……》
キャラクター作成画面に移った司は、女のキャラクターを選択した。顔の輪郭や顔立ち、体型、髪の長さや目と髪の色など、細かく選ぶ事ができる。
《輪郭は玉子型で、目は大きめがいいよな。ちょっと童顔なんだけど、スタイルは抜群。髪は長くて紫色。紫色の髪で『スミレ』は覚えやすいだろう。で、服は……》
無料で使えるパーツは少なく、司の思い通りの見た目にするには課金が不可欠だった。司は迷わず課金し、ゲーム内通貨である『ジェム』を大量に購入した。
《露出少な目だけど、ちょっと肌が見える部分があって、適度にセクシーでこれいいかもな……》
司は夢中でキャラクター作りをし、やがて納得のいく見た目の女キャラクターを作成する事ができた。
《なかなか可愛くできたな。あとは、属性と種別か……》
ポストアポカリプスには属性がある。火、水、地、風、光、闇の六つだ。それぞれに特徴があり、火は攻撃力が最も高い。水は、攻撃力は中程度だが、敵に状態異常を付ける攻撃を得意とする。地は、攻撃力は中程度だが、攻撃範囲が広い。風は、攻撃力は中程度で、スピードが速い。光は、攻撃力は弱いが、回復とバフ(攻撃力や防御力をアップさせるなど、自分が有利になる効果を付けること)を得意とする。闇は、攻撃力は弱いが、デバフ(敵の攻撃力や防御力をダウンさせるなど、敵が不利になる効果を付けること)を得意とする。
そして、種別だ。
種別はシンプルに二種類。戦士か魔術師だ。
アレスは火属性の戦士ということだった。
《被らない方がいいよな……》
司には、この選択がどれぐらいプレイに影響するものなのか、全く見当が付かなかった。
《戦士だと操作が大変そうかな……》
考えても良く分からないので、司は、雰囲気だけで『闇属性の魔術師』を選択した。
この選択が茨の道への入り口になろうことなど、この時の司には知る由もなかった。
キャラクターを作り終えた司は、『スミレ』として、早速ゲームをスタートした。
ゲームの世界に入ると、まずは『始まりの広場』という広場からスタートする。石畳のグラフィックの広場に、たくさんのプレイヤーキャラクターがいた。それぞれの頭の上にはプライヤー名が小さく表示されている。スミレの頭の上にも『sumire1030』と表示されていた。
《市原くんはまだかな……》
今日は、拓海にログインしてもらうよう頼んでいた。色々ゲームの事を教えてもらいたかったからだ。拓海を待たせては申し訳ないと思い、司は約束より早めに入れるよう準備をしていた。
《何か目印になるような物の近くに行った方がいいよな》
司はスミレを歩かせ始めた。会社帰りにパソコンゲーム用のコントローラーを買い、それで操作をしているが、ゲームに不慣れな司にはただ真っすぐ歩くのも難しい。
少し進むと、近くにいた男性キャラクターが近付いて来た。そして、
「お姉さん、かわいいですね」と、声を掛けてきた。
《え⁉ ゲームの世界でナンパかよ⁉》
スミレは、警戒心と、技術的に即座に文字を打つ事ができなかったことから、それを無視して逃げるように立ち去った。
しばらくして、司のスマートフォンに拓海からのメッセージが届いた。
――今どこですか?――
司は拓海に返信した。
――はじまりの広場の右のアイテム屋の近く。『sumire1030』っていう、紫の髪の女キャラが俺だから――
――女にしたんですか⁉ 分かりました。探します。俺は『taku0511』っていう、茶髪で鎧着た戦士です――
スミレは辺りを見渡した。たくさんのキャラクターがいる中で、拓海が操る『タク』を探す。
少しして、茶髪で鎧を着た男性キャラクターが近付いて来た。髪型や顔形から、課金せずにカスタマイズできる範囲で作られたキャラクターである事が分かる。
「ス・ミ・レ……。スミレさん?」
男性キャラクターが声を掛けてきた。
「うん。スミレ。そっちはタク?」
「はい。タクです。よろしくお願いします」
「よろしく」
「……にしても、すごいですね」
「何が?」
「めっちゃキャラ作り込んでるじゃないですか? 課金したんですか?」
「うん。した」
「さすが、給料もらってる人は違いますね」
「ここでは現実世界の話は禁止ね。あ、あと、私、ここではちゃんと女キャラとして話すから」
スミレは自分でそう言いながらも、女のフリをしている自分が滑稽で、何だかおかしくなった。
「はい、はい。分かりました。それにしても、まさか女にするとは思いませんでした」
「女の方が正体バレにくいでしょ?」
「なるほど。確かにそうですね」
「結構かわいくない?」
「はい。めちゃくちゃかわいいです」
「そうでしょ? 結構よくできたと思ってるんだ。それで、これからどうすればいい?」
「まずはこの近くをウロウロして、ザコ敵を倒しながらレベルアップですね。レベル低いままじゃどこにも行けないので」
「そうなんだ」
「何属性ですか?」
「闇属性の魔術師」
「ええ⁉ 闇属性の魔術師⁉」
タクの驚きに、スミレは首を傾げた。
「そんなにおかしい?」
「また、難易度高い設定にしましたね」
「そうなの? 闇属性の魔術師は難易度高いの?」
「最初めっちゃ苦労すると思いますよ。一人じゃほぼ敵を倒せないです」
「どうして?」
「闇属性はデバフが付けられるんですけど、その前提で攻撃力が低いんですよ。それでも、戦士なら敵を殴ってなんとかなりますが、魔術師は魔法使わないと敵のHP削れないし、削れるHPも少ないから、敵を倒す前にMP使い果たして終わりです」
「マジで? じゃあ、闇属性の魔術師はどうしてるの?」
「レベル低いうちはパーティーでの行動が必須ですね」
「そうなのか……」
「俺がログインできる時はお供しますけど、そうじゃない時はレベル上げできないですよ。天空ギルドまでの道のりは遠いかもしれないです」
タクの話を聞いて、スミレは後悔の念を抱き始めたが、まだ実感は湧かなかった。
「失敗、したかな?」
「まあ、とりあえず、外出てみましょう。まず、俺とパーティー組んでみましょう」
「うん。どうやるの?」
「パーティーを組むには、相手に申請して許可してもらう必要があるんです。申請できるのは、話し掛けた人か、フレンドか、同じギルドの人です。とりあえず、俺たちはフレンドになっておきましょう」
タクからフレンド申請が来たので、スミレはそれを承諾した。次に、タクからパーティー申請が来たので、それも承諾した。
タクがスミレに説明を続けた。
「パーティーを組んで敵を倒すと、敵を倒した時の経験値が均等に分配されるんです。だから、弱い人でも自分より強い人とパーティーを組んで強い敵を倒せば、経験値を稼ぐ事ができます。パーティーを組まずに、複数の人が同じ敵を倒した場合は、与えたダメージに応じて経験値が配分されるんで、弱い人だと経験値をあんまりもらえなくなっちゃうんですよ」
「なるほど。じゃあ、しばらくタクに面倒見てもらわないとならないね」
「はい。任せて下さい」
「ありがとう。あ、そういえば、タクは何属性?」
「俺は風属性の戦士です。風属性はスピードが速いんで、戦士なら敵の先手を打ちやすいですし、魔術師なら、魔法を出すまでの時間が早いんですよ」
「へえ。そうなんだ」
「じゃあ、早速行ってみますか?」
「うん」
スミレはタクと共に、始まりの広場を出た。
広場を出ると、広い草原が広がっていた。遠くには岩山が見える。
スミレはその景色に、
「すごい」と目を見張った。
最近のゲームのグラフィックは本当にきれいだ。まるで実写のように見える。
「ちょっとウロウロして弱そうな敵を探しましょう」
「そういえば、タクはレベルいくつ?」
「俺は今レベル二五です」
「レベル二五までどれぐらいかかった?」
「俺はそんなに打ち込んではやってないんで、たまにログインするぐらいで一年ぐらいですかね」
「一年⁉ レベル二五でもそれだけかかるんだ……」
「そうですね。結構レベル上げるの大変なんですよ。……あ、あそこにいるの、一番弱いザコだから行きましょう」
二人の近くに、ネズミのような姿の小さなモンスターが跳ねていた。