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第一話 部下の欠勤

 奥山おくやまつかさは、事務機器メーカーの入社七年目社員だ。これまで仕事には常に真摯に向き合ってきたが、それを認められてか、この春係長に昇進し、部下を持つことになった。

 不安もあったが、実力を期待されての事なのだから、その期待に応えられるよう、全力で頑張らなければと、自らに気合を入れ直した。

 司は課長に呼び出された。これからの事を説明してくれるらしい。

 司は課長と共に会社の会議室に入った。大きなテーブルに椅子が四脚ある、それほど広くはない会議室だ。

 司は課長の正面に座った。

 課長は四十代前半の男性だ。背は司より低く、少し丸みを帯びた体つきをしている。

「まずは、昇進おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 司は課長に頭を下げた。

「奥山さんのこれまでの仕事ぶりが評価された結果ですので、これからもがんばって下さい」

「はい」

「これから、奥山さんの下には部下が五人付くことになります。佐藤さん、江上さん、中原さん、近藤さん、寄松さんの五人です」

「はい」

 課長が少し深刻そうな表情を浮かべた。

「寄松さんだけど、状況は奥山さんも知ってるよね?」

「はい……」

 寄松よりまつ弓月ゆづきは、入社三年目の男性社員だ。かなり欠勤の多い社員で、会社ではほぼ姿を見掛けないし、同じ部にいても、ほとんど会話も交わした事がなかった。どこか影がある感じはあるが、目鼻立ちの整った、爽やかな見た目のイケメンだ。

「ちょっと面倒な人を押し付けてしまって申し訳ない。どこかしらのチームには所属させておく必要があって、それでたまたま奥山さんのチームに振り分けられたんだ。籍があるので気持ち悪いかもしれないけど、いないものと思ってもらっていいので」

「はあ……」

 司は、ちょっとひどい扱いだと思った。しかし、本当に彼はほとんど会社に来ておらず、こういう風に扱われても仕方の無い部分もあった。いつ会社に来るか分からないような社員に、仕事を任せることなど到底できない。弓月は何の担当も持っていなかった。

「他のメンバーはみんな優秀だから安心して、みんなを引っ張っていって欲しい」

「はい。分かりました」

 課長との面談を終えた司は、自席に戻って考え込んだ。これまでは、弓月の事を気にした事はなかったが、自分の部下になったのなら、放っておくわけにはいかない。

 司は、数少ない弓月との接触を思い起こした。

 言葉を交わしたのは挨拶ぐらい。それも、弓月はほとんど目も合わせてはくれなかった。いつも暗い表情だったのを覚えている。

《嫌われるほど、接点もないはずなんだけどな……》

 司は、思い立って立ち上がり、一人の男性社員のデスクに向かった。

 司が近付くと、その男性社員が司の方を見た。

市原いちはらくん」

 司が呼ぶと、男性社員が立ち上がった。

「はい」

 市原いちはら拓海たくみ。入社三年目、弓月の同期社員だ。

「ちょっと訊きたい事があるんだけど、今大丈夫?」

「はい。大丈夫です」

「じゃあ、ちょっとこっち来て」

 司は拓海を促し、連れ立って部屋を出ると、空いている会議室に入り、向かい合わせで座った。

「訊きたいのは、寄松くんの事なんだけど」

 司が言うと、拓海は察したような表情を浮かべた。

「ああ、はい」

「今度、寄松くんが俺のチームに入る事になったんだ。それで、色々知っておきたくて。ほとんど話した事もないから」

「はい。分かりました。俺が分かる範囲でですが……」

「寄松くんは入社した時から今みたいな感じだったのかな?」

「そうですね。入社したばっかりの頃は、研修とかは出てましたけど、配属されてからは休みが多くなって、そのうちほとんど来なくなりました」

「なんで来ないのかは、同期も知らない?」

「一応体調不良って事になってますけど、ほんとのところは知らないです」

「それって、本当は体調不良じゃないってこと?」

「まあ、そうじゃないのかなって」

「どうして?」

 司が尋ねると、拓海は少し気まずそうな表情を浮かべた。

「あの……。『ポストアポカリプス』ってゲーム知ってます?」

「いや、知らないけど……」

 司はこれまで、ほとんどゲームをした事がなかった。その手の情報には相当疎い。

「寄松くん、そのゲームじゃ有名人なんですよ。すごいレベル高くて、強いんで。それで、ポスアポにはログインしてるんで、病気ではないんだろうなって思って」

 司は、

「ええ⁉」と目を丸めた。

 会社に来ずゲームをしているなんて、けしからん話だ。真面目な司には到底考えられない行動だった。

「仕事はしないけど、ゲームはしてる……と」

「はい。俺もやってるんですけど、見かけた事あるんで」

 司は考え込んだ。一体なぜ、弓月はそんな事をしているのだろうか? そして、どうやって生活をしているのだろう? 会社には籍はあるが、有給は使い果たし、今は無給の状態のはずだ。

「寄松くんって、実家?」

 司が尋ねると、拓海が首を振った。

「いえ、一人暮らしですよ。社宅です」

 社宅と言っても、その会社の社員ばかりがいる建物というわけではない。会社が様々な場所に社員用の部屋を借りていて、それを希望する社員に割り当てている。

《会社に籍があるだけで割安で部屋を借りられるっていうメリットはあるってわけか。それにしたって、給料無しじゃ生活できないだろ》

 司はそう思いつつ、拓海に、

「親に仕送りとかしてもらってるのかな?」と尋ねた。

「それは分かりませんけど。確かにそうじゃなきゃ生活できないですよね」

 司は考えた。弓月はどうして、ほとんど来ていない会社を辞めようとは思わないのだろうか。いざという時の保険なのか、社会的な地位を維持しておきたいのか、社宅の問題か……。いずれにしても、弓月が会社を二の次にしているのは明らかだった。

《何を考えているのか知りたいな……。もしかしたら、何か事情があるのかもしれないし。実情を把握できていないのは、気持ち悪い》

「そのゲーム、市原くんもやってるんだよね?」

「はい。俺はたまにやるぐらいで、全然レベル低いですけど」

「やり方、俺に教えてくれない?」

 司が言うと、拓海が目を丸めた。

「え? まさか、奥山さん、ポスアポ始める気ですか?」

「うん。やってみようかなって思って。やってみないと、どういうものか分からないだろ?」

「分かる必要なくないですか?」

「いや、やってみたら、寄松くんの気持ちが分かるかもしれないじゃないか。それに、うまくすれば、ゲームの世界で寄松くんに会えるかもしれないしね」

 拓海が首を振った。

「それは無理ですよ。何年かかるか分からないです」

「どうして?」

「寄松くんは、ポスアポでは『アレス』って名前でプレイしてるんですけど、今レベル八〇超えてて……。あ、ポスアポでレベル八〇って、相当すごいんです。九〇超えてるのは機械だって言われてて、本当に人間が操作しているプレイヤーで八〇超えてるのは、世界でも数えるほどだって言われてるんですよ。そういうレベルの人は高難易度ダンジョンにしか行かないから、初心者が会う事はまずできないです」

「そうなんだ……」

 ゲームをした事がない司には、説明されてもピンと来なかった。

「あとは、アレスが所属してる『天空』って言うギルドに入る方法もありますけど、天空ギルドは高レベルのプレイヤーしか受け入れてなくて、最低レベル六〇は無いと入れないんです。ポスアポは、レベルが上がるほど、レベルアップに必要な経験値が増えるんですけど、その上がり方がエグくて、大体普通にプレイしてる人は、レベル四〇代ぐらいまでならいけると思いますけど、レベル五〇超えて来ると、途端にレベルが上がりにくくなるんです。だから、今から始めて天空ギルドに入るまで、ものすごく時間が掛かると思います」

 実感は湧かないが、大変そうだということは分かった。

「そっか……。でもまあ、アレスに会うのは無理でも、どういうものだか知る事はできるだろ? 取り敢えず俺もやってみるよ。だから、まず何をすればいいか、教えてくれる?」

「分かりました」

 それから、司は拓海から一通りゲームのダウンロード方法や始め方を教わった。

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