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第1章―5

 放課後の校庭。カスミは正門の近くでトモコを待ちかまえていた。確認しなければならないことがあった。

 昼休みをはさんで、カスミの世界は一変した。英語の授業で自分の名が呼ばれなかったあの瞬間から、瞬きをする暇も許されずカスミは世界の外へと追いやられた。

 ――家と同じだ……。

 家の中に閉じ込められていた病巣から、一気に毒素が外に向かって解き放たれたようだ。世界は侵食されていった。

 ――いや、家よりももっとひどいかもしれない……。

 父や母、姉の目にはまだ自分の姿は映っていた。苦しみながらも自分のことを思い出してくれもした。

 だが、クラスメート達の瞳には、カスミの影は――欠片さえも――宿ってはいなかったのである。声さえも届いてはいないようだった。

 カスミは恐ろしくなった。友達が、先生が、学校が、家が、家族が――この世界のあらゆることが、恐ろしくなった。

 そして、自身にさえも恐怖を抱かざるをえなかった。尋常ならざる事態におかれた、この身に対して――。

 カスミは英語の授業が終わると、教室を飛び出した。そのまま、放課後になるまで体育館裏に隠れていた。

 階段に腰かけ、とりとめのないことを思い、考え、それらを何度も反芻した。だが、学校の勉強のように、疑いようのない答えが明示されることはなかった。この世の大部分の問題に解が用意されていないように。

 すべての問題に答えが用意されているなど、あまい幻想にしかすぎない。しかし、カスミはまだ中学生であった。大部分がそうであるように、どこにでもいる未熟な普通の中学三年生であった。

 終礼のチャイムが鳴り、カスミは校庭に立った。生徒達が行き交う正門の前に。

 最後の確認をするために――。

 カスミはじっと校舎の出入口を見つめていた。トモコを見逃すわけにはいかない。

 やがて、三名の女子生徒達が並んで歩いてくるのを見つけた。カスミのクラスメート達だった。中央にトモコがいた。

 確認しなければならなかった――。

 カスミは三人とすれ違う場所まで進み出た。トモコが近づいてくる。

 彼女はクラスメート達とのおしゃべりに夢中で、まだこちらの方には視線を向けていない。

 カスミの心臓は破裂してしまうのではないかと心配するほどに膨らんでいた。その鼓動は胸に激しい痛みをもたらした。本当に胸が痛く苦しかったのである。

 不意に、カスミの背後で喧騒がわき起こった。誘われるように、トモコの視線が前を向く。トモコの瞳はカスミをとらえた。

 一瞬の間があった――。

 トモコがにこっと微笑んだ。

 カスミは涙がこぼれ落ちそうになった。

 クラスメート達が自分のことを忘れていく中、トモコだけはカスミのことを忘れないでいてくれた。

 ――どうして、こんなことになったんだろう……。

 家と同じ出来事が学校でも起こり始めた。

 いろいろと混乱することばかりだ。だが、こうしてトモコだけでも自分のことを覚えてくれている――今はただ、それだけで救われたような気がした。


『世界は、そんなに優しくないよ――』


 誰かがそうささやいた。

 そのとき、カスミの背後から、トモコ達に向かって駆け寄る者がいた。やはり同じクラスの友達だった。彼女はトモコ達の輪に合流した。そして――。

 そのまま、カスミの横を通り抜けていった……。

 すれ違う瞬間、カスミは見た。トモコの瞳には、もう自分が映っていないことを……。

 カスミは思い出していた。昼休みが終わった後の英語の授業のことを。すがるようにトモコを振り返った、あのときのことを。

 座席順で当てられるはずが、カスミは名前を呼ばれず飛ばされた。教室には、その出来事に気をとめる者は誰ひとりいなかった。

 ――でも、トモコなら……。

 カスミは一縷の望みを託して、トモコを――親友を――振り返った。

 トモコはいた――。

 アクビをこらえながら、彼女は退屈そうに教科書を眺めていた。


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