第7章―6
その日のアルバイトは、どうしたって集中できるはずがなかった。気がつけば、どこか遠くを眺め、ぼーっとしている自分がいる。手にしたカウンターの数字は一向に増えていかない。数えるべき車を、すでに何台も見送ってしまっていた。
街の一角に、学校帰りだろうか、制服に身を包んだ女子生徒の姿を見つける。急ぐでもなく、街の景色にまぎれるように、彼女はただ歩道を歩いている。それだけのことなのに、カスミの胸はじくじくと締めつけられ、息苦しさを覚えずにはいられなかった。痛みは、もう永遠にカスミの魂に刻み込まれてしまっていたのだ。
――あの後、トモコは……。
カスミは頭を振った。もう、それ以上考えたくはない。ホテルに入った後のトモコと男性、その二人がベッドの上で艶めかしいライトに照らされ抱き合っている。そんな情景を思い浮かべるのは、裏切り以外の何ものでもないと思われた。カスミの小さな胸のふくらみの奥で、悲痛な声がそっと泣いていた。それに、実際のところ、そんなことをしてしまえば、カスミは自分自身をより傷つけてしまうに違いなかったのだ。
――私が一緒にいてあげられてたら……。
元の世界で自分が消えず、ずっとトモコのそばに寄り添っていてあげられてたなら――。
――こんなことにはならなかったのかな……。
そう思って、カスミは自分の傲慢さに、また頭を振った。
――人の心を変えることなんて、そんな簡単なことじゃない……。
人にできることなんて、たかが知れている――。
自分が信じたことを、ただやってみるしかないのだろう。どんなに独り善がりと罵られようとも。正しいかどうかなんて、後になってみないと分からない。後になってみても、結局は分からず終いのことだって、たくさんある。
上手くいくときもあれば、いかないときもある。自分の思い通りになることも、ならないことも――。
――でも、自分を信じて、それをやったのでしょう?
だったら、後悔することなんてないはずだ――。
学校の昼休み、カスミとトモコは、あのとっておきのベンチに腰かけ寄り添っている。穏やかな風に、彼女らの幼い髪が、頼りなく、か細く、静かにたゆとう。カスミはそっと親友の震える手に自分の手を重ねた。彼女の哀しみを少しでも癒すことができるならと。そして、トモコの口からこぼれる思いに、ただ黙って耳を寄せる。一緒に、その目に涙を浮かべながら。
――でも、私はトモコの隣には立てなかった……。
世界は、そんなささやかな機会を、私から奪っていったんだ――。
だが、はたとカスミは思いつく。
――私は何を言ってるんだろう……。
私がトモコのそばにいて、何かが変わるなんてこと、あるはずがない。
だって、私は――トモコだけじゃない――父も母も姉からも、誰からも必要とされていないんだから……。
――世界から消えて、当たり前なんだから……。




