第7章―2
予報をなぞるようにして、雨風は強まっていった。カスミ達は荷物をビルの非常階段にまとめ、公園の東屋にブルーシートで簡易テントを設えた。封筒型のシュラフを連結し、その中で二人向かい合い、取り留めもないお喋りを続けていた。そして――
「悪意の王の名は……」
二人は、悪意達についての話を、ちょうど終えたところであった。
――この世界は、そんな悪意達によって創られたのだろうか?
ふと、そんなことをカスミは思う。気づけば、口に出してしまっていた。
「世界は、そんな悪意達によって創られたのかな? いかにも意地悪な世界だもんね……」
だが、アキラはきっぱりとそれを否定する。いっそ爽やかなくらいに、少年は言いきったのだ。
「違うよ。この世界は、神様がつくったんだ」
なぜだろう。その言葉を聞いた瞬間、カスミの中に沸々と込み上げてくるものがあった。
「神様がつくったですって! こんなひどい世界を神様がつくった――。私たちを酷い目にあわせるために?」
激昂であった。
「ねえ、神様って何よ? どうして私たちをつくったの? どうして、この世界をつくったの?」
カスミの声は弱々しく震えていった。
「私たちが幸せになるように、この世界をつくったんじゃないの……」
知らず、カスミの目に、うっすらと涙が浮かぶ。それは悔しさによるものなのか。それとも、悲しみからくるものなのか。
裏切られた――。
いずれにしても、どんなに取り繕おうとしても、カスミがその思いを抱かずにはいられなかったことだけは確かだろう。
アキラが袖でカスミの涙を拭う。
「お姉ちゃん、泣かないで――。お姉ちゃんの気持ちもすごく分かるよ。だけど、彼を責めないであげてほしいんだ。彼だって苦しんでいる。悲しんでいるんだ――」
そして、寂しがっている――。
まるで知り合いであるかのように、アキラは神について語っていった。
「彼はすごい力の持ち主だ。それはもう、世界を丸ごと一つ創ったりできるんだから。でもね、そんなにすごい力を持っていて世界を創れたとしても、できた世界の行く末を、彼はもはやコントロールすることはできないんだ」
思い通りにはねと、アキラは付け加えた。
「例えば、僕達が熱帯魚を飼おうとする。まず水槽を用意して、底に砂を敷いて、岩と水草をいい感じに置いてみる。水を満たして、テトラやエンゼルを入れたら、ほら、世界の完成だ」
――そんなふうにして、神様は世界を創ったっていうの……。
アキラは続けた。
「でも、僕達はその熱帯魚たちを思い通りには操れない。熱帯魚たちだって、自由気ままに、好き勝手に泳ぎたいはずだよ。そして、ときには仲間を傷つけたり、のけ者にしたりすることもあるかもしれない。そんなとき、彼はとても心を痛めるんだ。根がすごく優しい人だからね。そんな世界の在り方を見て、とても悲しむんだ。でも、彼にはどうすることもできない。大いなる力で自分が創った世界なのに、もはや彼の力をもってしても何も変えることはできないから――」
そこまで話して、アキラはカスミの表情をうかがった。目尻に浮かべていた涙はもう引いている。
「そんな神様がいたとして、お姉ちゃんは、やっぱり腹を立てるかな……」
まるで友達をかばうみたいに、真剣な表情でアキラは尋ねてきた。
「わからない。そんなの分からないよ……」
「そうだよね……。分かるはずない。分かるはずがないんだよ……。僕だって、そうさ」
こんな不条理な世界を用意しておいて、自分だけはどこかに引きこもっている――。
「でも……」
カスミが静かにつぶやく。
「でも、とても可哀想な人……」
アキラは思わず語ってしまいそうになった。洗いざらい吐き出してしまいたくなった。だが、その衝動をぐっとこらえる。そっと、胸のうちで囁く。
――彼にできるのは、ささやかに世界に関わることぐらいだ。
「御使いを遣わすことぐらいしか、彼にはできないんだよ……」
声にならない声が、世界に寂しく響いた。




