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第1章―3

 ――いったい何が起こっているんだろう……。

 カスミはどこか急ぎ足で朝の住宅街を進んでいた。

 ――認知症っていうのがあるけど……。

 さまざまな要因で記憶や思考といった機能が低下していく症状だ。

 ――家族が私のことを忘れていく……。

 何かの病気なのだろうか。ウイルスか何かが自分の家で音もなく静かに蔓延していってる?

 ――でも、誰かの記憶だけを失ってしまうような、そんなことが現実に起こりえるんだろうか……。

 それとも――。

 ――これは何かのいたずら?

 みんなで私をからかって楽しんでる?

 そんなことを思いついてしまうと、ありえないとは信じつつ、少しだけ腹が立った。

 ――ママのあの表情……。

 父と姉の表情もそうだ。家族の誰もが真にせまる、俳優顔負けの演技を披露していたことになる。

 ――無理だよ……。

 皆にあんな顔ができるはずがない。

 カスミはもうそれ以上、理由と原因を思いつくことができなかった。

 今のところ、この奇妙な現象は家の中だけで起こっている。学校や友達にはまだそんな気配は見られない。

 ――本当にそうなんだろうか……。

 不安になる。

 自分だけが気づいていないだけで、水面下で事態は静かに、そして深刻に進行していっているのではないか。

 そんなことを考えてしまったタイミングで、いよいよ友達との待ち合わせ場所にカスミは到着しようとしていた。

 住宅街にある公園の入口。桜の花びらが寿命尽きて舞い散る中、その友人はわずかにできた影に身をすべり込ませるようにして立っていた。

 ――本当にそうなんだろうか……。

 カスミはもう一度思った。

 もし声をかけ振り返った彼女の顔が、母や父と同じ表情を浮かべていたとしたら……。

 カスミはその友達の名を口にすることができなかった。

 カスミがいつまでも覚悟を決めきれず声をかけあぐねていると、不意に友達が振り返った。

 彼女の顔を見るのが怖かった。その表情を――。

 自分を見つめる彼女の瞳をのぞくのが怖かった。その奥に自分の姿が宿っていなかったとしたら……。

 カスミは友達の胸元に視線をとどめたまま、どうしても自分から声をかけることができなかった。

 だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。カスミは意を決して恐る恐る視線を上げていった。

 友達はカスミを見つめていた。不思議そうな表情を浮かべていた。

 ――!

 カスミはその場にへたりこみそうになった。目の前が本当に真っ暗になってしまいそうに思った。

 そのとき、友達がにこっと笑った。

「おはよう、カスミ。どうしたの。私の顔に何かついてる?」

 トモコは――親友は、もう一度笑った。


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