閑話「廻廊にて」
どこまでも真っ白な廻廊が伸びている。壁も床も天井も、天使の御業によって磨きぬかれ、それ自体、どこか輪郭の定まらぬ真珠のような輝きを放ち続けていた。空もなく、灯りもともらない。だが、光はまぶしいくらいに――そこかしこに――その白亜の廻廊にあふれ返っていた。
少年は、その幻想の最果てで、異形の者達に激しく言葉をぶつけていた。いや、相手にされていなかったというのが実際のところではあったが。
「――彼女はまだ、連れてこないのか」
「手順ってものがあるんだよ。何でも思い通りにはいかない。都合よく、すべてが上手く進んでいく――なんて、あんた達には普通のことなのかもしれないけどね。なかなか、あることじゃないんだよ」
「――臆したのか」
少年はうんざりとした顔で、視線を外した。足元に目を落とす。傷一つない――その場所は完璧であり続けなければならない――大理石の床に、自分と異形達の姿が映し出されていた。少年は唾を吐き捨てたい衝動にかられた。
「何を恐れる必要があるっていうのさ。僕には関係のない人間だよ。心配する必要はない。ちゃんと仕事はする」
「――時は待ってはくれないのだぞ」
異形の発した言葉は少年を苛立たせるに充分だった。
「よくもまあ、ぬけぬけと……。こんなところで、ただ観察しているだけのお前らが、時間の何たるかをわきまえないお前らが――時を語るのか!」
異形達は眉一つ動かさなかった。世に知られることのない不遇の名匠の手による彫刻よろしく、それはもう見事なまでに身動き一つとらなかった。
「――我々に皮肉は無益だ」
「そんなこと、嫌というほど分かってるさ。感情もなく、ただあいつの手足となってはたらく、よくできた歯車なんだろ」
「――あの方への悪意は許されぬ」
およそ小学生の音読にも及ばぬ抑揚のなさで、異形は準備された対応マニュアルの台詞をただ唱えただけように聞こえた。
「それが感情でないのが残念だよ。それに――お前達が悪意という言葉を使うのか。それはお前らそのものじゃないか!」
「――我らをどう見ようと構わん。ものの見方は一つではないのだから」
――反吐が出る……。
「ああ、そうだろうよ。その向こう側で浮かべている慈愛の笑みとやらも、どうせ張りぼての作りものなんだろ」
「――だが、その作りものの『祝福』によって、お前もまた、ここにいる。――いや、なぜお前は、まだここにいる? 自身が望んだ『祝福』を与えてやったというのに――」
少年は耳を塞ぎたくなった。このまま、異形の正論に付き合い続けていれば、耐えきれず、少年は崩れ落ちてしまうだろう。自分のあるべき姿を見失い、その形は損なわれてしまうだろう。
少年は、ただ真正面から、異形の言葉を受け止めることしかできなかった。もはや悪態をつくこともかなわない。非は明らかに少年の側にあるのだ。
だが、異形は追い打ちをかけるように続ける。正しい言葉を吐き出し続ける。彼らはその本質からして、疑いようのない正しさから構成されている。それゆえに――重ねて言う――彼らは、感情という名の弱さを持ち合わせてはいないのだ。
「――お前は私にすがった。祝福を求めた。お前が私をその名で呼んだ――「絶望」に――お前はみずから蝕まれたのではなかったか」
「……」
アキラは何も言い返すことができなかった。
そのとき――。
「――だが、彼女は違う」
ひときわ深い闇が――あるいは、それは直視することもかなわぬ、まばゆい閃光であったかもしれない――他の異形がかすむほどに、廻廊の果てに巨体が持ち上がった。
「――彼女は違うのだ。祝福によってではなく、みずからの意志、みずからの力で、この世界にやって来た」
そして、異形の王は厳かに、高らかに、こう告げた。
「――やがて、彼女はこの世界の王となる……」




