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第1章―1

 光の粒子が舞っている――。

 宇宙が生まれてまだ間もない頃のように、行くあても定まらず、この世界に形を成した喜びをかみしめる暇さえ与えられずに。

 どれほど心細かったことだろうか。突然にこんな冷たい世界に放り出されてしまって。

 仲間は確かにたくさんいた。だが、お互いを認識する術もなく、また実際のところ、そんな余裕があるはずもなく、やはりその原初の粒子は寂しく、そして孤独であった。

 カーテンのすき間からは、光が射しこんでいた。カスミはその光の中に踊る粒子を見つめて――厳密には部屋をさまようただの埃だ――そんなことを、いや、それに近しいことをぼんやりと、ただ考えた。

 ベッドに横たわったまま、なんとはなしに部屋を見渡す。壁に制服がかかっていた。

 オーソドックスなセーラー服。唯一のポイントはカラーとスカートの裾に一本の白いラインが入っていることぐらいだろうか。

 シワ一つない。毎日のように、母が丁寧にアイロンをかけてくれるおかげだ

 その制服に袖を通せば、カスミは何者でもなくなり、その存在を世界の一部として紛れさせることが可能になった。

 そこからさらに視線を伝わせていく。たくさんの写真が貼り付けられたコルクボードが壁に飾ってあった。多くは友達とふざけあっているものだったが、一枚だけ家族と撮影した写真がボードの落ち着いた一角を占有していた。旅行に行ったときのものだろうか。父と母と姉、そしてカスミが並んで写っている。どの写真の中のカスミも無邪気に笑っていた。

 カスミはいまだベッドの上で、やわらかく温かい布団にくるまれ、うつろな頭でそんなことを考え続けていた。守られている――その安心感にいつまでも浸っていたかったのかもしれない。

 起きたくない。

 学校に行きたくない。

 ――わかってる……。

 要は部屋の外に出たくないのだ。

 別に家族との間に不和があるわけではない。父は尊敬できるし――友達との付き合いで何となくぶっきらぼうな態度をとることはあるけど――母は優しい。世話好きの姉とは友達みたいにおしゃべりできる仲だ。

 なんの不満もない。むしろ恵まれている方だろう。文句を言えば罰当たりだ。

 学校もそうだ。勉強や運動がまったくできないわけでもないし、いじめられているわけでもない。むしろ友人は多い方だったし、親友と呼ぶべき信頼できる友達だっていた。

 自分の内側にも外側にも、劣等感に苛まれる部分は何もなかった。いや、そんなことを考える発想さえ持ち合わせてはいなかった。

 すべてが、いたって普通で――カスミにとっては――自分の性格もどうやら極端には破綻していないらしく、誰とでも気兼ねなく仲良くなれる資質を持っていた。

 ――なのに、どうして私はこのベッドから抜け出したくないのだろう。

 このやわらかく温かい、守られた世界から出たくないのだろう。

 それは、ここ最近、カスミの身の回りで起こり始めた奇妙な出来事のせいだ。

 今日は体調がすぐれないと休んでしまおうか。そんな考えが頭をもたげる。だがすぐに、いや確認しなければと思う――それがいったい何であるのか、そいつの正体を暴いてやるために。

 ――私の中にかかった霧を晴らす。

 自分でもつかみきれない――いつの間にかこの胸の内に忍び込んでいた――もやもやの正体を知るために……。


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