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第3章―7

 カスミ達は朝食をどうにかしようと、駅にほど近いコンビニにやって来た。こんな時間帯に開いている店はコンビニくらいしかなかったのだ。

 だが、コンビニでセルフレジが導入されている店舗はまだ限られている。幸いにも目の前の店にはセルフレジがすでに設置されていた。されていたのだが……。

「駅前はやっぱり人が多いね」

 店内は、普通のレジにもセルフレジにも長蛇の列ができていた。これでは、とてもではないが列に加わることはできそうにない。

 ――ただ突き飛ばされてしまうだけだよね……。

「いつもなら、ここで食べたいものをさくっといただいて終わりなんだけどね」

 アキラの発した言葉は、ただ事実を述べているだけのようにも捉えられたし、カスミのことを非難しているようにも聞こえた。

「ねえ、お腹ってやっぱりもうすいてる……?」

 アキラは一瞬、何かを言おうとした。いや、言ってやろうとしたのかもしれない。だが、カスミの表情をうかがうと、口をつぐんでしまった。

「ううん、まだ全然すいてないよ」

 カスミのまぶたが微かに動いた。消えてしまいそうな安堵の表情が一瞬かいま見えた。自分の言葉で、彼女が救われたことをアキラは知った。

「じゃあ、他のお店が開くまで、少し待ってても大丈夫?」

 アキラは歯を見せて笑ってみせた。

 二人は、昨日カスミがおにぎりを買ったスーパーに向かった。そこなら確実にセルフレジがある。だが、開店時間の九時まで待たなければならない。今のカスミにとって、それは永遠という言葉が頭をよぎる、気の遠くなるような時間であった。

 ――お腹がすいていないわけがない……。

 自分だってぺこぺこなのだ。元気な少年ならなおさらだろう。

 ――気遣ってくれたんだ……。

 そんなことはカスミにだって分かる。だが、自分よりも幼いアキラに、そんなふうに気をつかわせなければならなかったことは、ひどくカスミを責めたてた。スーパーに到着するまで、店が開くまで――それはカスミにとってまさしく永遠の責苦を受ける時間に等しかった。

 会話もなく二人はただ黙々と歩いた。容赦なく自分達に向かってくる歩行者をかわしながら。

 スーパー前に到着すると、歩道に設置されたベンチに二人は座った。昨日、カスミが涙をこぼしながら、おにぎりを頬張った場所だ。

 カスミとアキラはそこに腰かけ、ただ時間が過ぎていくのを待ち続けた。その間、アキラがカスミに話しかけることはなかった。

 今は、彼女はそれを求めていない――。

 二人の前を、スーツ姿の会社員や制服に身をつつんだ学生達が通り過ぎていく。こんな慌ただしい朝に、のんびりベンチに座ろうとする物好きな人間はいない。二人を追いやる存在はどこにもいない。

 ほどなく時を待たずして、通りは通勤や通学で行き交う人々で溢れかえっていった。カスミとアキラは人の流れをただ黙って見送った。

 二つの世界には異なる時間が流れていた。カスミが昨日まで住んでいた世界は、時間が脇目もふらず目の前を駆け抜けていく。カスミとアキラが今いる世界は、時はほぼ止まっているに等しい。

 ――流れる時間は同じはずなのに……。

 ふと、そんなことを考えている自分にアキラは気づいた。何かを考えることなんて、久しくなかったはずなのに……。

 そんなとき、隣に座るカスミの体がビクッと小さく震えた。カスミを見ると、どこか緊張した面持ちでうつむいていた。

 カスミが顔をそらした方向をアキラはうかがった。

 ――ああ、そうか……。

 アキラは納得した。

 目の前を女子生徒が通過していく。彼女はカスミと同じ制服を着ていた。

 ――どうして、こんなにも僕たちは……。

 最後まで言葉にならない思いがアキラの胸をしめつけた。そして、こうも思った。

 ――こんなにも心が揺れてしまうのはなぜだろう……。

 心が動き始めたのはなぜだろう……。

 その女子生徒がカスミの同級生かは分からない。だが、同じ制服を着ていながら、カスミと彼女はもはや別物であった。異質なものと言ってもいい。

 アキラも同じだった。この世界にとってみれば、彼もまた異物であった。

 皆と同じように衣服に身を包みながら、その中身はもはや違うものに入れかわっている。まるで同じ世界線の上に存在しながら、異なる材料でその身を作りかえられたみたいに。

 ――いったい、誰に……?

 ふと、そんな問いが頭に浮かんだ。

 誰にカスミは作りかえられ――そして、誰に――

 ――僕は作られた……?

「お姉ちゃん、スーパーが開くまで、ちょっと散歩しようよ」

 おすすめの場所があるんだと、アキラはベンチから立ち上がり、カスミに手をのばした。

「そこは誰も来ないの?」

 臆病な目がそう訴えかけていた。


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