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プロローグ

 横なぐりの雨風がばちばちと世界を叩き始めた。季節外れの台風の夜、少女と少年は公園の東屋に避難していた。

 ビルの屋上の荷物は、非常階段の踊り場にまとめてきた。階段の手すりに紐でぎゅうぎゅうに縛りつけてきたので、飛ばされる心配はまずないだろう。

 テント代わりに吊るしていたブルーシートも外し持ってきた。東屋の柱や設置されているベンチに固く結びつけ、そこに背の低い簡易テントをしつらえたのだ。風の向きもしっかりと計算したので、厳しい雨風が入り込んでくることもなかった。

 もちろん、二十四時間営業のファーストフード店に入り浸ったり、駅やアーケードの一角に居座ることもできた。だが、一般の人達に迷惑をかけることを嫌って、また実際的に自分達が落ち着いて一夜を明かせるようにと、二人はこの場所を選んだのだった。

 ――今さら、誰に迷惑をかけるっていうんだろう。

 少女は自嘲した。

 電池式のランタンが簡易テントの中を照らす。地面に敷いたブルーシート越しに冷気が伝わってくる。つなげた封筒型の寝袋の中で、少女は少年を引き寄せた。

 体を密着させると、お互いの体温が感じられて温かくなった。安心できた。

 風のうなる音や雨の叩きつける音がさらに強まってきた。二人はなかなか寝つけなかった。むしろ、キャンプの日の夜みたいに、テントの中でいつまでもお喋りを続けたい気分だった。

 二人はいろんな話をした。少女と少年が出会ってからのことを。

 あいかわらず少年は自分の過去を語ることはなかったが――。

 そんなとき、少年が子どもらしからぬ――それはいつものことであったが――話題を突如もち出してきた。それまでの会話とは一切の脈絡もつながりもなく、ただ唐突に――。

 話につまった一瞬の静けさに気をつかい、その話題を無理矢理ひねり出してきたのかもしれない。

「お姉ちゃんは、悪意の廻廊の話を聞いたことある?」

「悪意の廻廊? 何それ、聞いたことない」

 少年は得意になるわけでもなく、現実に存在するはずのない――名称を聞けば明らかだろう――その廻廊について語り始めた。

「それはこの世のどこかにあって、まっすぐな通路がずっと伸びている。そして、その通路を見下ろすようにして、長いベランダがやっぱりどこまでも一緒に続いている」

「そのベランダには何かいるの?」

「悪意達が見下ろしているんだ。数々の悪意達が、その通路を進んでいく者達を見下ろし笑っている」

「その人達は、どうしてそんなところを歩いていかないといけないの?」

「罪を犯したからさ。罪を犯した者はその廻廊を進まなければならないんだ」

 例外なく――と少年は付け加えた。

「悪意って、たとえば?」

「嫉妬と呼ばれるものだったり、憎悪と呼ばれるものだったり――」

 少女は他にどんな悪意がいるのだろうと想像した。この世界には、いったい幾つの悪意が存在するのだろうと。

「そして、その悪意達は通路を進む者達にこう言うんだ。お前はよくやった。お前こそが正しいヒトの姿だと――」

 少年はまるで見てきたかのように語った。どこか悔しげにも見えた。

「でも、その悪意達の顔は笑っている。通路を行く者達を見下ろし、あざけり笑っている」

 最初は話半分で聞いていた少女だったが、その作り話に少し興味がわいてきたようであった。

「その通路はどこに続いているの?」

「どこにも。その通路の行く先はどん詰まりなんだ」

「なんだ、じゃあ悪意達にただ馬鹿にされて終わりなのね」

「ううん、そうじゃない。その廻廊の終わりには王が待っているんだ。悪意の中の悪意――悪意の王が待っている」

 少女がごくっと小さく喉を鳴らす音が聞こえた。

「通路を進む者達は、その王に赦しを乞うため会いにいくんだ。自分の犯した罪を赦してもらいに」

「赦してもらえるの?」

「簡単じゃない。なにしろ悪意達の親玉だからね。聞く耳をなかなか持たない。それに罪を赦す代わりに、とても叶えられそうにない要求をしてくるんだ」

「なんだか、本当に馬鹿にされて終わりみたい」

「それだけ、そこを行く罪人は切実なんだよ」

 この話はここまでかなといった感じで、少女は最後に尋ねた。

「その悪意の王様はなんて名前をしているの?」

 すぐに返事がかえってくるものと思っていたが、少年はその名前を口にするのをためらっているようだった。だが、少しの間をあけてから、少年は小さく、しかしはっきりと、その王の名をこの世界に響かせた。

「その王の名は……」

 少女は、ああとただ納得することしかできなかった。


 無関心――。


 それが、廻廊の先で待つ、悪意の王の名であった……。


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