怠け者で働き者な僕の時計
僕はときどき、「時計というヤツは人の目を盗みこっそり休んでいるんじゃないか」と思うことがある。
人の視線を感じると慌てて針を動かすが、誰も見ていない時は時計としての仕事をサボっている。
そうでなければ時計を見た時、一瞬
「あれ? 止まってない?」
なんて感じることは絶対ないはずだからだ。
つまり時計は頑張って働いているように見えて、実はとんだ怠け者なのである。
「時計だって人間と同じよ。誰かに構ってもらえないのは寂しいし、人のペースに合わせられず辛いと感じることだってある。狂ったり壊れたりするのもそう。人間はみんな、大きな大きな時計なのよ」
そう笑う彼女のベッドの側にはいつも、小さな星形の時計が飾られていた。
長いこと病室から出られない彼女にとって、時計は唯一のインテリアだ。「だから、せめて可愛いものを」と選んだそれを、彼女は愛しそうに見つめる。
「時計の針が進むのを見てると、今この瞬間も世界中の人が色んな気持ちで『今』を生きてるんだろうなぁって思うの。みんな自分の時計を手にして、なんとか幸せな時間を作ろうと足掻き生き抜いている。そんな中で私は、あとどれぐらい貴方と一緒にいられるのかな、なんて考えちゃったりするのよ」
「……考えたって仕方がないさ。時計の針なんてすぐ、ずれたり遅れたりするものなんだから」
「ふふ、そうね」
けれど時計は肝心な時に限ってちゃんと仕事をする。
どんなに止まってほしいと願っても針は冷酷に動き、自分の仕事をきちんと遂行してみせる。
「っこの野郎! こんな時だけ働き者になりやがって!お前なんか、お前なんか壊れてしまえばいいんだっ!」
僕が時計を壊そうとすれば、看護士さんたちがそれを止めようと必死に僕を取り押さえる。そんな中で彼女は、刻一刻と終わりに向かっている中で優しく、僕に語りかける。
「泣かないで。壊れても動かなくなってしまっても、時計は時計なの。短くても確かに時を刻み、誰かの記憶に残れたら時計は十分、時計として生まれた意味があるの」
だから、時計を憎まないで。
彼女はそう言って、僕にゆったりと頬笑みかけると――静かに自分の秒針を止めたのだった。
◇
あれから僕はずっと、胸に壊れた時計を抱えている。
もう二度と動くことのないその時計は、働き者でも怠け者でもない。けれど僕をほんの少しの間だけ、世界一の幸せ者にしてくれる。
そんな、変わり者の時計を、僕はそっと抱きしめるのだった。