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末席の勇者と英雄病賢者  作者: クサカリタスク
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第一章4 『二つの歯車』

「……んで……んの……いなくて…ひっぐ……迷っちゃっ————ふえええええっっっ!!」


「うん。よく分からないけど道に迷っていたのは分かった」


 シルクは誰もいないから大丈夫だと判断し、少女の正面に座る。

 よっぽど怖い思いをしたのか、貸したハンカチは既にグショグショでまだ泣き止む様子はない。


「そのローブを着ているってことは……君もこの学院の生徒ってことだよね?」


 少女はまだ涙を溜めながらもコクコクと頷く。まるで小動物のように可愛い。

 シルクは彼女を眺める。ほつれ一つない新品同然のローブに手入れの行き届いた長い髪。重力に逆らうことなく下に伸びる桜色の髪からは艶が見られ、後ろから照らす角灯の光で頭には美しい光輪が出来ている。肌は綺麗で良い匂い。シルクは彼女が貴族出身であると判断した。


 ————しかも黒ローブを押し上げ形を変えさせる程の胸の大きさも奴隷・平民・貴族で言うと王国民万条一致で貴族。もしかしたら女王にだって選ばれるかもしれない。


 つまり、たわわなのだ。


「それで君はなんで迷っていたの? 学院の生徒なら——————?」


「……君、じゃないです」


「……」


「……君、じゃないです。………私の名前は……ひっぐ……ミナス=ラナンキュラスです……。ひっぐ……。仲良しの人たちは私のことをミナって呼びます……ひっぐ……」


 ミナスは「君」という表現が気に入らなかったのか、しゃくりをあげながら自己紹介をする。シルクは突然の自己紹介に面を食らうも話を続ける。


「……。えっとラナンキュラスさんは学院の生徒だよね——————————?」


 ぶんぶんぶん。とミナスは言葉を遮るかのように頭を横に大きく振る。


「……ラナンキュラスさん?」


「……ミナです。仲良しの人たちは私のことをそう呼びます……」


「……僕らって今さっき会ったばかりだ——————————あーあー!! そんな泣かないでよ。ごめんごめんってば!!」


 泣き止みそうだったミナスの目元に再び大きな水球が出来る。両目を潤わせながらシルクを見るミナスにシルクは折れる。今日、似たようなことがあった気もする。


「……分かった。それでミナさんはなんで——————————?」


 ぶんぶんぶんぶん

 また再び顔を大きく横に振る。次は一体何がお気に召さなかったんだとシルクは考えると。


「……まだ貴方のお名前を聞いていません」


「……ねぇ、もしかして結構図太い?」


「何を言いますか!! 相手に名乗られたら自分も名乗り返すのが当たり前でしょう? それに私は図太いんじゃなくて、押し付けがましいんですっ!! カザリちゃんにもそう言われました!!」


「前半はともかく、後半の情報必要だった!?」


 ミナスはいつの間にかしゃくりが止まり目にはある程度の光を取り戻し始める。爛々と輝く強い瞳がシルクを惹きつける。


「それで……茶髪天パ眼鏡さん?」


「顔から得られる情報を纏めてくれてありがとう」


「いえ、当然のことをしたまでです」


「待って。今のは皮肉だからね!? なんで褒められたと受け取ってそんなに胸を弾ませているの!?」


「弾ませるほどの胸があるからですね。ほら。しかもこのローブは楽で良いです。前の軍服なんかキツくてキツくて仕方なかったので」


「なんでそんなに恥じらいも無く大きな胸を両手で持ち上げる!? しかも論点がまたズレた!?」


「『大きい胸』だなんて……。そんな風に見られていたと思うとちょっと恥ずかしいです」


「なんでそこで恥ずかしがるの!? さっき見せつけるように胸を持ち上げていたのはミナさんだよね!?」


 ミナスはドヤ顔から得意げな顔で自身の胸を強調、最終的には両手で頬を抑えながらイヤンと身体をくねらせる。シルクは仲の良い女性はファルティナとコルンしかいないため、女性の扱いには依然として慣れていない。シルクは完全にミナスのペースに飲み込まれていた。


「……どうしてこんなに太々しいのに泣いてなんか……」


「アハハハッッッ……アハッ……」


 シルクは小さく呟くとミナスは声を上げて笑い、可愛い笑顔を浮かべる。号泣の名残かほんのりと顔が赤く、小さな水球が目元に溜まっていた。


「ど、どうしたの……?」


 最初は泣いていて、数秒前は揶揄うような顔。そして今は素敵な笑顔を咲かせている。ファルティナもそうだが、女性は皆コロコロと表情を変える生き物なのかとシルクは思った。


「いえ……なんか嬉しくて……。すみません揶揄ったりなんかして。ちょっと安心して緩んじゃいました。ずっと人に会えないまま迷宮を彷徨っていたので」


「いや、安心したなら良かったよ。——————僕の名前はシルクヴェント=カーライン。仲の良い人……は少ないけれど、皆は僕のことをシルクって呼ぶよ。自己紹介が遅れてごめんね」


「はいっ、シルクさん!!」


 シルクには一瞬だけミナスが輝いて見えた。

 太陽の光を面一杯に吸収して咲く故郷の花————向日葵のような笑顔。

 温かい。彼女に対してシルクが抱いた印象はそれだった。


 シルクは照れ臭さを隠すかのように彼女から顔を斜め下に逸らす。少し呼吸を置いて自身を落ち着かせる。慣れたファルティナとコルンとは違う女性と会話するのは何年振りだろう。シルクは含羞に耐えながら頭を上げる。


「……ミナさんはどうしてここで迷って?」


「敬称は入りませんよ。ミナと呼び捨ててください。それでですね——————————」


 ◆◆◆


 二人は地上に向かうため学院を歩いた。不気味に揺らめいていた角灯が今では気にならない。二人でいる方が両者心強く、余裕が生まれるというものだ。


「——————ということなんです」


「なるほど」


 ミナスは事の経緯をシルクに話した。

 自分が転校生であること。教職塔で教師と別れて以降学院内を彷徨い続けいていたことを。


「先生の『下まで送ろうか?』と言われた時に『下に向かうだけなのにどうしたんだろう』とは思いましたが、まさかこんなことになるとは思いもよりませんでした……。先生には貴重な時間を奪ってしまうと思って申し訳なく思って丁重にお断りしたんですが……」


「この学院って素直に階段を下り続ければ地上に降りれるって訳じゃないしね」


 この学院の敷地面積は王都ソルの十分の一を占める。そこにある程度秩序を持った塔が多く屹立しそれらが石造りの大廊下で繋がっている。

 他の塔に移動するためにはまた別の塔を経由する必要があり、地上に繋がる出入口のある塔は二つしかない。塔中身の様相はどれも似ているが、他の塔に繋がる廊下が階ごとに違うため、ある種複雑怪奇な迷宮と化していると言っても過言ではない。

 これは学院の研究成果や重要な資料、歴史的遺産が外部に流出しにくくする狙いがあるらしい。学院の建物に侵入するには二箇所の出入口のどちらかを通る必要があるため防犯面には絶大な信頼がある。


「すっかり日が沈んでしまいましたね。最初に来た時は太陽が眩しいぐらいだったのに」


「何時間塔を迷っていたんだ……」


 塔同士を繋ぐ廊下には二種類存在する。天井も石造りの壁で覆われるタイプと外に開けているタイプ。後者の方が少ないが今回は近道の都合通ることになる。シルクも教職塔を目指す時には空は深い紅葉色に染まっていたが、今ではすっかり夜の帳が落ちて星々が煌めいていた。


「お恥ずかしいです。道を尋ねようと試みたんですが、何故か生徒さんと先生を見かけなかったんですよね。ようやっと元の教職塔職員室に着いたと思ったら誰もいませんでしたし」


「あっ、今日は半日の休息日だったから」


 つまりシルクが職員室に行っても目的を果たせなかったということになる。今日は休息日という認識はあったが、教師さえもいないということには考えが至らなかった。

 なんやかんやで地上に降り立ったのは二人が邂逅してから一時間後。学院内にある男女別の寮へ繋がる分かれ道まで、二人は道の端に結晶石が埋められ煌々と輝く石畳を歩いた。


「今日はありがとうございました。シルクさんに助けてもらわなければあのまま餓死していたかもしれません」


「餓死なんて大袈裟な」


 ぐう〜〜〜という元気な腹の虫の鳴き声が二人に響く。


「わ、私じゃ、あ、ありませんよ?」


「いや、思いっきりミナのお腹から鳴いていたよね? ………くっ……あはははっ」


「……ふっ、あはははっ。ごめんなさい。今日はお昼ご飯も食べていなかったので。私、お腹がぺこぺこです」


 失敬失敬とミナスは頭を掻きながらもう片方の手でお腹を押さえる。二人の小さな笑い声は夜の冷たい雰囲気そっちのけで、和やかな空気を生み出していた。


「じゃあ、僕はこっちだから」


「はい、シルクさん。またお会いしましょう」


「……」


「……シルクさん?」


「うん? あ、いや。また今度ね」


「はいっ」


 別れの挨拶を済ませ、二人は寮へ向かうために別の道を進む。


「(出来ればもう彼女とは……。僕が【末席】の落ちこぼれって知ったらがっかりするだろうし……。もしかしたら今日みたいに明るい振る舞いを見せてくれないかもしれない)」


 ミナスが願った再会にシルクが悄然と俯いた理由はここにあった。

 シルクが学院内で如何に有名でどんな扱いを受けているかを彼女は知らない。

 一度良い格好を見せた手前、彼女に現実を見せて失望されるのは堪らなかった。


「……しかし、今日は楽しかったなぁ」


 空を見上げると、無数の星々の中に特別強く光る一等星が一際その存在を主張している。

 雲が一切空を覆わない星月夜。眺めているとそのまま星のキャンバスに吸い込まれそうだ。


「僕もあの星みたいに」


 一等星目掛けて右手を伸ばして拳を握る。その星を掌中に収めたようにシルクの両目に映るが、手を開けると実際何も残っていない。


「本の……読みすぎかな……」


 自分の幼稚さに思わず苦笑し再度寮へ歩みを進める。


「……シルクさん?」


 天パの少年の方へ振り返り、遠目で彼を眺める桃髪の少女が呟く。

 別れ際、シルクの顔に翳りが差したのを彼女は見逃さなかった。

 ローブの首元をぎゅっと掴む。あの少年が何か思い悩んでいるのを彼女は察した。


「あんな顔……まるで……」


 少年が煌めく星々に手を伸ばした時に見せた、何か強い憧れを掴もうと嘱望する顔。

 彼女は見覚えがあった。いや、実際にはそんな顔をしたことがあった。


 自身の無力さを強く身に刻まれた者にしか感じ取ることができない他者への強い憧憬。

 具体的な人物への憧れではない。『強者』になりたいと願うただ漠然とした想い。

 彼女はある決心をして少年と同様歩みを戻す。


 この夜、二人の運命の歯車が軋みを上げながらゆっくりと動き始めた。


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