第一章3 『邂逅』
「まったく…」
シルクは目を覚ますと保健塔の清潔なベッドで横になっていた。
コルンから食らった大目玉により本日二度目の意識消失を経験したシルク。ふと頭に手を当てると負ったはずの傷が綺麗に無くなっている。これは医師の能力による治療のおかげだ。傷はすっかり癒えているがシルクは目が多少眩んだ。コルンの容赦無い誅殺未遂の際に大量の血を失ったのが原因だ。失った血は能力でも取り戻せない。
少し休んだ後。シルクは医師にお礼を言って保健塔を出る。
出ると言ってもそこはまだ学院の建物の中。保健等は他の塔と異なり特別外れの場所に位置するため、塔と塔の間を繋ぐのは外界と区切られていない吹き抜け廊下である。加えてそこは塔二階同士を繋ぐ廊下。廊下の端に寄って下を見ると立ちすくむ人がいる程の高所だ。
空。あんなに高く上っていた太陽は今にも地平線の彼方に沈みかけており、透き通るような青で覆われていた空は今では赤銅色に染まっている。学院内の建物は発光する結晶石と角灯により温和に照らされ、窓から溢れ出るそれらの光は縦に長く伸びる学院塔をまるでキャンドルのようにやんわりと輝かせる。
シルクはその景色に心を奪われる。それもそのはず、平民が夜に打ち勝つ手段は安価な蝋燭しかなく、外に光が漏れ出るほど家を明るくすることなど不可能なのだ。この幻想的な景色を毎日拝めるのがシルクにとっての学院に来て良かったことの一つでもある。
「あっ、忘れてた。歴史で分からないことがあるんだった」
学院内では珍しい、学業にも精を出す生徒であるシルクは午前の授業で疑問に思ったことを思い出す。分からないことはその日のうちに解決しておくのがベストだ。
暗くなってきているのでシルクは教師が集まる教職塔を駆け足で目指す。この学院は全体的に石造りのため木造りの建物とは異なり、冷たく厳かな雰囲気を醸し出す。いくら結晶石と角灯で照らされていると言っても日が落ちかけている暗がりの時間は不気味な感じがする。しかも今日は半日の休息日。殆どの生徒は既に寮に戻っているため廊下を歩く者は見られない。
加えて学院は、余りの塔の多さから目的の塔に行くためには特定の階の廊下を使わなくてはならない。どこも似たような教室に似たような廊下と階段。日中でさえたまに困るのに薄暗い夜は余計に判断を鈍らせる。
自然と足に力が入るシルクは人がいないのを良いことに廊下を走る。
「後少しだ」
階段を登りきり、残り廊下一本というところで少し遠くから泣き叫ぶ声が聞こえる。
「……? 誰か居るのかな?」
シルクは耳を凝らす。声の主は教職塔に繋がる階の一つ上の階。この学院には自分より下の劣等生はいないとは分かっていながらも泣いている人を放っては置けない。
シルクは更に上の階を目指して走る。どんどん耳に届く声が大きくなる。
「————大丈夫ですか?」
シルクは辿り着いた勢いのまま、矢継ぎ早に安否を確認する。
「…ぐっ…ひっぐ……。………ふええええええええええええええええええっっっ!!」
返事の代わりに返ってきたのは一層盛大な鳴き声。
漸く人に会うことが出来たことによる安堵の号泣。
歳はシルクと同じぐらい。石造りの廊下に散乱するほどの綺麗な桜色の長髪を持つ少女が目頭を赤く、大粒の涙を流しながらその場で崩れていた。




