第六章16 『逆転』
ダレンが敗北し、ピルトは驚愕した。
「まさかあのタフネスさだけが取り柄のダレンが負けるとは……」
「————ミナを解放しろ」
右手の刀をピルトに向けて解放を要求するシルク。
すると、身体から魔力が少し滲み出し、
「————!?」
パッと刀は消え去り、目線が若干下に移る。
髪色は白から茶へ。
伸びた髪は元の長さに戻っている。
変身が解けた。そして何故か身体が重い。
「維持する魔力が足りなくなった……!?」
「ハハ。なるほど。ダレンも仕事をしたってことですか。今の君なら私でも倒せそうだ」
「ここまで来て……また俺は詰めを逃すのか」
シルクは序列戦時のヴォルトの試合を思い出す。
アレはヴォルトの工作のせいでもあるのだが、あの試合の時も今回と同様に最後の一撃を食らわせるのに失敗した。
どうする。
もう自分に攻撃手段など無い。
応援を待つか?
それとも逃げるか?
シルクが決断を下そうとしたその時。
シルクの背後で音がした。
「ダレン。回復するのに時間がかかりましたね」
「なんだって!?」
シルクは振り向くと、立ち上がり首を鳴らす人間姿のダレンがピンピンしていた。
地面には緑色の宝石の残骸が散っている。————【回復】の魔封じの指輪だ。
ダレンはシルクが与えた致命傷をこの指輪の力で回復したのだ。
「我はこの力を使うのは敵に対する無礼だと考えている。だから、あまり気が進まなかったのだが……。すまんな少年。さっきのは効いたぞ」
「これはもう……」
詰んでいる。
魔族に挟み撃ちにされ、自身の攻撃手段はゼロ。
この絶体絶命のピンチにシルクは捨てたはずの弱腰が戻ってくる。
だが、弱腰になってきたこと、そう自覚出来たのがシルクの進歩の結果だ。
「ビビるな。どうせ捨てようとした命だ。最後まで争ってやる……」
少し自虐気味だが、シルクは二人の敵を見据える。
「残存魔力……これならまだ戦える————【装填】《再現・開始》」
顕現するのは一刀のみ。
シルクは完全に変身するのではなく、部分的に彼の剣士の力を再現した。
出力は確かに落ちるが、これならまだ戦える。
「グハハハハ!! おいピルト。手を出すのでは無いぞ? 第二ラウンドの始まりじゃあ!!」
「私は今結界の維持でゴリゴリに魔力減っているんですよ。集中も切らせませんし。早く決着をつけてくださいね」
「おうよ!!」
獣化したダレンの呼応を皮切りにシルクは飛び出した。
「破————ッッッ!!」
先程より速度が格段に落ちている。
しかも今回は彼の剣士の面が薄く、シルクの面がより濃く出ている状態。
自身を殺しうる存在を前に身体が竦む。
模倣した剣撃は確かに熟練者の域。
だが、ダレンの爪撃を促すのに精一杯で、徐々に押し込まれる。
「ま————負けないッッッ!!」
足に力を込めて踏ん張るシルク。
敵の両手から繰り出される連続技は一刀で対処するにはあまりにも部が悪く、自身の攻撃チャンスを生み出すことが出来ない。
「————くっ……」
上下左右斜めから襲う爪がシルクのローブを掠め始める。
少し深く入ったのか、黒生地に赤い線が所々に走る。
耐える。
増えていく傷の痛みにシルクは耐える。
そして、ダレンの爪撃のタイミングが完全に一致した瞬間。
彼は横に跳躍した。
シルクはずっと待っていた。
爪のタイミングが一致し、僅かに生まれる隙を。
跳躍後、ただ逃げるのではない。
刀を顔の横に掲げ体を沈める。
膝を曲げ足全体に魔力を流し、間髪入れずに一刀を突き出した。
————突き。
劣化した力では斬撃を喰らわせても対してダメージにならないと考えたシルクの苦肉の策。
斬撃とは違い、突きは一点に力を集約させるもの。
いくら強靭な皮膚でも一点特化の攻撃は貫通する。そうシルクは考えた。
突きの際に必要なのは曲げた肘と膝が丁度伸びきり、全身のエネルギーが刀身先端に乗った瞬間に敵に放つこと。
加えて身体能力だけでは足りない力を魔力を使って上乗せ。
シルクは持ち前の頭脳をフルに活かして全て脳内で描いた身体の動きを再現する。
その動きに迷いはなく、ダレンの爪を避けてから僅か一秒の瞬撃。
ダレンの左腕に吸い込まれるように放たれた刀突きは彼の認識を超えて放たれた回避不可能の一撃かと思われた。だが————
「軽い、な」
ガンッと音がなる。まるで金属同士がぶつかり跳ねたかのような鈍い音。
——————シルクの刀はダレンの皮膚に弾き返された。
 




