第六章15 『二天抜刀』
シルクは勢いのまま二刀を振るった。
初めて自分の制御下で振るう刀は重いはずなのに羽のように軽く、再現した熟練の技術と立ち回りが彼の背中を押した。
怒涛の勢いは魔族を凌駕する。
二人の魔族を時計塔屋上外へ追いやり、学院の塔と塔の間の広い空きに叩きつけた。
三十メートル上空からの落下は通常ただでは済まない。
だが、魔族の二人は魔族特有の強靭な肉体のおかげでダメージは大きいものの即死には至らなかった。
シルクは落下しながら塔壁を走り、落下時の衝撃を全身に魔力を流して最小限のダメージに抑えた。
「グハハ……。いや、笑っている場合ではないな。我は相手を舐めていたようだ」
「そうですよダレン……。私は結界の維持でまともな攻撃が出来ません。貴方だけで彼を対処してください……」
「……俺はもう、負けない。敵にも自分にも絶対に!!」
虎の魔族ダレンと、二刀の剣士シルクが衝突した。
シルクの神速の斬撃はダレンの鉄以上の強度を誇る爪で受け止められ火花が散る。
ダレンの爪撃は刀で促し、身体を捻って回避する。
敵の武器が爪であろうと、近接戦タイプならば剣使いと対処方法は変わらない。
「アアアァアアアア————————————ッッッ!!」
「ゴォァァァアアア————————————ッッッ!!」
衝突しては距離を取るを繰り返す。
シルクの相手は虎の魔族。刀と爪の競り合いで不利なのは体力の消耗が激しい前者だった。
だが、シルクも同じ場面をただ繰り返すだけではない。
再衝突時に彼は巨体のダレンの足の隙間を縫うように滑り込み、背後を取る。
そして背中に十文字斬りを放った。
「ガァアアアアッッッ!!」
血飛沫が宙を舞い、ダレンから苦痛混じりの咆哮が放たれる。
シルクはこの一瞬を逃さない。
ダレンに振り向く暇も与えまいと何度も何度も何度も何度も斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬斬斬斬斬斬斬斬斬——————————斬った。
鉄以上、それでいてしなやかな硬質さを誇るダレンの背中から大量の血が漏れ、シルクの二刀の錆となる。
中身を斬るには至らずともダレンの獣毛を越えてその皮膚を、ただの二刀とその技術が斬り刻んだのだ。
「——————行けるッッッ!!」
シルクの刀は止まらない。その剣速は秒毎に加速している。
速く、深く、多く、彼の剣閃はダレンに無視できないダメージを与えた。
「——————な、舐めるなァッ!!」
逃げるのも儘ならない重症の背中で、シルクの剣撃の最中にダレンは身体を大きく捻り、その爪を振るった。
ダレンはその場から退却し、同様にシルクも後退————だが、このチャンスを逃す訳が無い。
シルクは正面を向いているダレンに再突進を仕掛け、握る二刀を器用に腰の鞘へ納める。
「なんだと……?」
ダレンはその常軌を逸したシルクの行動に目を疑う。
これでは本当にただの突進では無いかと。
魔力で生成された刀は確かに恐ろしく、強靭な魔族を傷つけることが出来るが、人間の突進程度でダメージを受けるほど脆弱な体はしていない。
ましてや今はかなりダメージを負っているが、それを加味してもだ。
ダレンにシルクの意図は全く読めなかった。
ダレンは見落としていた。
刀は確かに鞘に納まっているが、指一本分刀身が抜き出ており、その両手はまだ柄を握っていることを。
鞘も刀同様にシルクが【武装展開】した産物。つまり魔素で構築されている。
シルクは鞘の内部で刀との間に魔力を流し、エネルギーを込める。
ダレンの理解不能なシルクの行動に対する思考停止と、突進ならばという甘い思考が彼自身を死地へ追いやる。
————抜刀術、それは体幹、腰、姿勢などの刀以外の要素を利用し、腕だけでは実現不可能な速度で刀を振るう技術。
シルクはそれらの要素を全て無視。
魔力という不可思議な力でそれら全てを代替し、一刀の抜刀術を超えようとする。
鞘と刀の間に封じ込めた爆発力を抜刀と同時に解放するシルクのオリジナル。
それは彼の剣士も思いつきさえしなかった、通常ならば絶対にありえない——————
——————————二刀の抜刀術。
両足に魔力を込める。加速を仕掛けるシルクを阻む者誰もいない。
刀に振り回されるのではなく、己の意志で振るう。自然と柄を握る両手に力が籠る。
色と音、空気が頬を撫でる感覚が失われた極限集中の世界の中。
突如、自分を救おうと我が身のように助けてくれた友等の顔が脳裏をよぎる。
このシルクにとっての濃密な数日間が走馬灯のようにフラッシュバック。
塔の中で泣いていた少女を救ってから繋がった奇妙な関係。そこから広がった二人の兄妹。
イジメから救ってもらったことや、イメチェンをしたこと。退学の危機に瀕しながら必死に特訓し、自身の力であのヴォルトを追い詰められたこと。
シルクは思った——————————全てが楽しかった。また再び彼・彼女らと笑い合いたい、と。
シルクはミナスの顔が強く思い浮かんだ。
太陽のような向日葵。それがシルクの彼女に対する印象。
ヴォルトとクラスメイトの集団イジメの時は本当に救われた。
それだけではなく、イメチェンという予想外の方向から自分に自身をつけようとしてくれた。
退学だと真っ先に自分が諦めた時でも彼女は諦めなかった。
退学回避のために思案をしてくれたどころか、危険を冒してまで職員室に忍び込むことまでしてくれた。
嬉しかった。自分を真正面から見てくれる人が現れて本当に嬉しかった。
そして思う。またあの向日葵のような満面の笑顔を見たい、と。
「——————————今後は、俺が救う番なんだッッッ!!」
自然と両腕が最適化されたように筋肉の一部を弛緩し一部に強烈な力を込める。
『————進め。その二刀に我が籠ってある』
最後にかけられたもう一人の自分の言葉がシルクを更に加速する。
今にも放出しそうな刀を抑えながら、シルクはダレンの一足一刀の間合いに詰め寄った。
過去の弱い自分との決別と覚悟を込めた、彼の剣士も到達出来なかった、
最強最高最速の神速の二撃。
「——————二天抜刀」
人外の域に達した二刀は斬撃に遅れるように音を放ち、×の字にダレンの肉を抉り骨を断った。
シルクが残心を取った時。
既にダレンの背中に背を向けていた。
「グガ——————————ッ………」
溢れ出る血は噴射器のように空気中に散布され、纏まって出た血は地面に血溜まりを作る。
「——————俺の勝ちだ」
シルクがキンと音を立て二刀を鞘に納めた瞬間、ダレンはその場で崩れ落ちた。
 




