第六章13 『弱き者を刻む二刀』
中心に光球、周囲は暗黒。シルクがここに訪れるのは三回目の魂の空間だった。
「————呆れたぞ」
光球を挟んで向かい側、二刀を携えた白髪の剣士が声を漏らす。
「性懲りも無く三度我の力を欲するとは。汝は我に身体を奪われそうだったのだぞ? しかも現在耐えがたい激痛がお主の魂を侵している。肉体以前に魂が壊される、そう考えに至らなかったのか虚け者目が。普通は痛みに、奪われることに恐怖し、二度と力を使わないと怯えそうなものを。死より悍しい蛮行を嬉々として行うとは流石の我も呆れるものよ」
シルクは「(違う)」と否定するも、声として剣士に届くことはない。
何故かこの空間において、シルクは身体を動かすことはできても声を出すことが出来ないのだ。
「声を出さないのではなく、声が出ないと見える。いやはや面妖な部屋よ此処は。まぁ、一番面妖なのは死してもなお意識があり、全盛期の姿で顕在している我だがな」
剣士は仰け反って空間に座す。
天……とは言えないが何かを懐かしむかのように上を向いた。
「汝がどういう魂胆で三度力を使い、我に縋ったのかは把握しておる。————女を助けるために自死を覚悟するとはとんだ大馬鹿者よ。我は笑いが止まらんぞ」
「(笑いたければ笑え。早く僕の身体を使って彼女を助けて欲しい)」とシルクは言うも剣士には届かない。
「安心しろ。今は汝の考えは我に共有されておる。何せ今の我は汝の身体、精神に座しているのだからな」
「(ならば、早く)」とシルクは口を大きく動かし剣士を急かす。
「我は妖でも地獄の使いでもない。これでも受けた恩は返すきらいのある方でな。それで提案がある————お主、我の力だけを持って奴らと戦うが良い」
剣士はニタリとシルクを嗤った。
「お主、魔族とか言う強者に震え慄き、その恐怖から逃げるためにも我に縋ろうとしただろう? 自分は引っ込む代わりに、死の圧から解放されたいと願っただろう? ミナスという女を救うためとか綺麗事を並べおって実際はただの逃げ。なんて臆病者、なんて卑怯者。————そんな者には罰が必要であろう?」
シルクは黙り、反論出来ない。何せ、実際そうなのだから。
「我だってこの機会を逃せば再び汝の身体奪う時が訪れないかもしれん。それなのに此方が引こうと言うのはなんたる優しさ。そう思わんか? それに最初は我の力をのみを模倣しようとしていたではないか。なに、最初の形に戻っただけよ」
剣士の言い分は全て正しい。
だから故に、シルクの心境は複雑だった。
二度と魂を侵されたくないと思いながら、平気で【装填】するという矛盾の行動の裏には恐怖から逃げたいという自身の心の弱さが見え隠れしていた。
最初は力だけを模倣していたはずが、魂を再現できると知り、その代償に身体が乗っ取られることを知る。
身体を奪われるのが嫌なのに、相手が拒否した時どこかガッカリした自分がいた。
奪われるのが前提で身を投げ出していた自分がいた。
「そう。お主はただ逃げているだけなのだ。最初から我の力だけを欲したのではなく、自分に都合のいい言い訳を見つけて逃げようとしただけなのだ。此処まで来れたのも、最後は我がどうにかしてくれる。そう思ったのだろう? 明らかな現実逃避だ。逃げるためなら自死も厭わないとは、大馬鹿者目が。どうしてそこまで卑屈になれる。どうして自ら掴もうとしない。どうしていつも一歩引いた考えを持つのだ。男なら己の手で掴もうとせよ」
剣士は立ち上がってシルクに近づいた。
「弱い心は炉に焚べよ。周囲の貶しに引きずられて自分を貶めていた過去の自分を捨てて燃やせ。燃えないのなら燃えるまで我が汝の過去を斬り刻んでやる。この二刀でな」
シルクは漸く気づいた。
「(もしかして最初から僕の身体を奪う気なんて……。僕の弱い心に喝を入れるために…)」
「さあ、此処までは我と汝の仲間が連れてきてやった。後は汝がどうするか————どうしたいかだ。周りに流されるな。己の想いに従って持てる全てを振るえ。汝が立派に確固たる意志を創るまで、我が支えようぞ。さあ、行け。シルクヴェント=カーライン。もう一人の我」
光が強まり始めた球が暗黒の世界を激しく照らす。
空間の中心から光の罅が裂け、シルク達を覆う暗黒を砕いた。
急にシルクの身体が浮上する————白髪の剣士を置いて。
これは意識の覚醒だとシルクは何故か分かった。
シルクは剣士に手を伸ばす。だが、もう届かない。
シルクは剣士に声を大に叫ぶ。だが、既に届かない。
「————進め。その二刀に我が籠ってある」




