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末席の勇者と英雄病賢者  作者: クサカリタスク
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第一章2 『ハズレ能力』

 コルンは少し用事があると言って席を外した。


「【武装展開】、できないの?」


「うん。生まれつき内に秘める魔力を外に放出する感覚が理解できなくてね。ほら、僕の【固有能力】だって外側に放出するものじゃなくて体の内部で完結しちゃっているし」


 【武装展開】とは自身の持つ魔力の一部を外部に放出し、周囲の魔素に働きかけて武器を形成する技術である。これは武具の形を決定するために必要な「確固たる自我」と「魔力の放出感覚」を身につければ訓練要らずで呼吸するかのように【武装展開】が出来る。


 【固有能力】とは人間族に特有の恩恵。生を受けた際に各個人は自分だけの能力を手に入れる。見かけは同じように見えても出力や効果範囲などの微々たる差が個人間に必ずあり、全く同じ【固有能力】を持つ人間は存在しない。


 実力至上主義の社会に置いて【固有能力】のアタリハズレが自身の強さを決定付けている部分がかなり大きく、シルクは当然「ハズレ」の能力持ちだった。


「『自身の記憶領域にある状態・経験を確実に再現するという能力』だっけ?」


「そうそう、つまり覚えていることは絶対に出来るって能力。『確実』の文言的に失敗しないのが良い点だけど、言ってしまえばそれだけ。当たり前のことが当たり前に出来るっていう普通の人間にもある力じゃないか。とんだハズレ能力だよ」


「そっか……。基本的に、脳や、体の内側に魔力、流すだけだから……」


「そうそう、だから外部干渉系能力者が生来補助的に持つ魔力放出感覚が僕には無いんだ」


 シルクは開いた右手を眺める。自身と同じような人間は割と居たりするのだが、そういう人間はこの学院には来ない。大抵事務職や商業に就いたりするものだ。


「その点、ファルは良いよね。【氷華】。使いやすそうだし何より汎用性がある」


「氷を作って放出や、設置出来る。ただ、それだけ?」


「それだけって。そんなこと言ったら多くの人に嫉妬されちゃうよ」


 ファルは本気で大したことがない力と思っているような顔つきでシルクの顔を覗き込む。シルクはファルに悪意がないのは分かっているがどうしても憎い感情が心の中で生まれる。顔には出さない。だが当然シルクだって嫉妬している。


 シルクはまた自己嫌悪をする。自分が妬ましく思っているだけなのにそれを素直に言わずに、見知らぬ他人を持ち出して軽く注意を促したことを。こんな卑怯なことをするぐらい自分の心の奥底では嫉妬心が強く根付いていることを再度自覚してしまった。


「シルク……」


 ファルティナは彼の膝に置いてある両手に自身の両手を被せる。これが彼の為になるのかは分からない。だが彼女は彼が顔に出さないだけで、彼は今傷ついていることを感じ取っていた。先程のような羞恥の色は二人には見えない。ただ他の、深い問題について頭を悩ませている。


「あっ、ごめん。重い雰囲気になっちゃったね」


「大丈夫。シルク、大丈夫?」


「うん、大丈夫……んんおおっ!?」


 シルクはファルティナに手を握られていたことを漸く理解し思わず手を払う。「もう…」と惜しむ言葉は彼には聞こえたものの何を意図していたのか分かっていない。彼は女性経験が少ないので耐性が一切なく、直ぐに思考停止に陥ってしまう。


 このままでは埒が明かないと思いファルティナは先の試合を話題に持ちかける。


「あの下衆……。エストリッチの【言霊】……。あれは嫌い」


「アレは強すぎるよね。何せ言葉をぶつければ対象を支配できるんだから」


 模擬試合の時のシルクを襲った通常ではありえない偏りのある重力の発生と呼吸困難はヴォルトが相手を屈服させたり辱めたりするときによく使う組み合わせだ。土下座よりも醜く、かつ相手が踠き苦しむそれらは傍観側からすれば滑稽でさぞ面白く映っていることだろう。

 しかも自身の手を汚さずに言葉だけで相手を圧倒するヴォルトの姿を見れば、周囲の人間も自然と気持ちよくなってしまう。彼の力は自身の理不尽なまでの強さを誇示するものなだけではなく、周りに快楽を与えてしまう麻薬のようなものでもあった。


「彼の、領域に、入らないようにすれば。いい。でも……」


「そう。彼の【言霊】には有効範囲が存在する。でも長剣は届かないし、弓や銃は彼の言霊で対処されてしまう。正直無敵だよ。僕みたいなやつがどうこうできる相手じゃないよね」


「神様……酷い」


 ファルティナはヴォルトの言葉を思い出す。彼女はシルクを虐める彼が大嫌いだが「我らが神も酷いことをするもんだ」には大いに同意だった。


「我らが神……ね。エスティア教には神なんて存在しないのに」


「…?」


 神は存在しない。シルクの発言にファルティナは疑問符を頭上に浮かべる。


「この宗教は勇者を神聖視しているだけで、特定の神を崇めているわけじゃない。この世界に六種族を創造した六柱の神はいたとするエスティア教別派は存在したけど、今ではそれは禁忌だからね。あの場に神官がいたらヴォルトの方が宗教裁判にかけられていただろうね」


「シルク、博識。でも、何言っているか、分からない」


「ああそうだよね。今じゃ関連図書は数少ないし知らない人の方が多いのは当然だよ」


 シルクはそう言って微笑する。彼は強くなるために知識も欲した。指南書だけではなく歴史や風土、医学書や経済書などありとあらゆる本を読み漁ってた。ただ武力だけで強くなるのではなく、多岐の面で強くならなければいけないのだと彼はこの年齢で悟っている。


「まず、七柱の神。これはこの世界を作ったと言われている至上の存在。この世に六種族を作り、全ての存在の罪を被って天界へと帰られたとされているね。傲慢之神・強欲之神・憤怒之神・色欲之神・暴食之神・怠惰之神。そして……嫉妬之神。七柱は溺れる獣達から過剰な欲望を取り出して代わりに理性を与えた。本能のみに従わない、己で考える獣を作り出した。これが我々の祖先様ってことだね」


 シルクはシートの上に寝転んだ。空は透き通るような青に小さな雲がまばらに散らばっている。風は頬を撫でて眠気を誘う。


「欲を————罪を獣の代わりに被った神達の中に一柱だけ異常をきたした神がいた。それが嫉妬之神。理性が芽生えたての獣には嫉妬心というものが薄いと考えていた神だが実際は違った。生まれながらにして獣達は膨大な嫉妬の塊だった。獣は全て姿・形・力・個性・耐性など全てがそれぞれ異なっていた。まぁ、当たり前だよね。今の人間だってそうだ。獣達は本能で他の獣の持つ自分と異なる特徴に全身全霊で嫉妬し欲していた。理性がないのに嫉妬心を抑える術なんてあるはずがないよね。これを神は見落としていたんだ。結果、集まり過ぎた妬む力は神をも狂わせ一つだった世界————六種族共存していた世界を六つに分けてしまったんだ」


「……ふわぁ……」


 気づくとシルクの隣にはファルティナが同じく寝そべっていた。

 話は聞いているだろうが目は半開きで眠そうにしている。


「嫉妬之神は一人の人間と残り五種族の仲間によって打ち倒されて世界に平和が訪れた……。最後は文献じゃなくて御伽噺の内容だね。まぁ、禁書指定だけど」


「エルフ、人間、魔族、巨人、龍、幻霊……。ふぁぁ……」


「そうだね。その六種族。僕は最後に言った御伽噺が大好きでね……。憧れていたなぁ……」


 シルクは昔のことを懐かしむように思い出す。一冊の絵本を何度も何度も擦り切れるぐらい読んだことを。六種族を纏め上げて平和を取り戻した人間の勇者に彼は憧れを持っていた。


「僕の田舎は宗教の概念が曖昧だったからそんな絵本も燃やされなかったけど。懐かしい」


「……ん」


 ファルティナの半開きだった眼が今にも閉じようとしている。雲が太陽を覆い適度な影を作る。暖かな陽気が一帯を覆い、まるで毛布に包まれている様だった。


「脱線したけど、今の神って言うのはエスティア教では罪の象徴なんだよ。罪神を崇めるなんておかしいだろ? ましてや別派でも七神じゃなくて嫉妬之神の存在を消して六神としているし……。って、ファル聞いてる!?」


「聞いて……るよ……」


 お経のような珍紛漢紛で一方的な話は眠気を加速させる。気の抜けを感じさせる彼女は今にも寝そうだ。


「……。まぁそれで、その人間の勇者を崇め奉って神聖視しているのがエスティア教ってこと。異種族排他的なのは、御伽噺の他の仲間五種族の存在を無かったことにしたいからなんだろうね。僕は、別に御伽噺なんだから、って思うけど……。教義は主に勇者信奉と……大罪浄化と……異種族間交配の禁止……。ふぁぁぁ。僕もなんか眠くなって……——————ッ!?」


 シルクが今にも瞼を閉じそうになったそのとき、ファルティナは恐ろしい剣幕でガバッと上半身起き上がらせ、シルクの胸元を掴んで怪力のままに眼前へと引き寄せた。


「…い、異種族間交配の禁止……?」


「へ? …う、うん…。禁止、異種族間交配の禁止……」


 シルクの眼鏡がずるっと落ちる。何が起こっているのか分からないシルクは間抜け面をするが、ファルティナは何故か今までにないぐらい真剣な顔だ。


「……それ、絶対?」


「絶対も何も……。あ、もしかしてファルってエスティア教信者じゃなくて別のニッチな宗教信者だった? いやでも……そんなんでこんなに過剰反応するわけないし……」


「!?」


 彼を解放して、しまった!! と自身の失策を恨むファルティナ。彼女は考えるのが苦手でどちらかというと脳筋。体が先に動いてしまうのだ。無い頭を回転させて彼女は話題を逸らす。


「ど」

「ど?」

「……どうして、今六種族があ、争って、い、いるのかなぁ、って? って?」

「……? あ、ああ。それはね?」


 かなり苦しい話の転換。明らかに違和感しかない。だがシルクには効果覿面。頼られる機会が少ないシルクはファルティナに頼られて悪い気がしない。それも今回は歴史の背景を語ること。シルクの得意分野だ。


「簡単だよ。魔族が多種族に対して侵略を始めたんだ」


「……うん」


 一難去ったと一安心するファルティナ。脂汗が引いていき元通りの顔になる。


「それに対抗するために各種族は力を欲し始める。そこで目を付けたのは多様性の塊であり、六種族唯一異種族間で子供を作れる人間族。生まれるハーフは両種族の良い所を受け継ぐケースが多くて、実際は六種族が啀み合っているんじゃなくて人間族が狙われてるだけで……それで軍事増強に………ってファルどうしたの? ビクッって体を震わせて」


「……ナ、ナンデモ、ナイ……」


 ファルティナが一部の言葉に過剰反応したのをシルクは見逃さなかった。彼女は脂汗だけではなく冷汗もかいているように見える。今まで深く考えてこなかったがファルティナは……異国の民と言われればそれだけなのだが……それにしては出立ちがどことなく……。


「はわわ……はわわ……。え、えいっ!!」


「————ンンンッッッ!?」


 ファルティナはシルクが結論に至ろうとしているのを感じ取ったのか、何とかして思考を止めるために勢いでシルクを自身の胸元に引き寄せる。スレンダーな体躯からは想像もつかないが、見た目以上に大きさはあった。ファルティナの本意通りにシルクは今までに経験したこともない双丘の感触に思考が別の方向に行き、過去一番の赤面をする。

 柔らかい、良い匂いがする、暖かい、柔らかい。彼の脳裏はこれらで埋め尽くされた。


「——————ぷ、ぷはぁっ!! ファル、な、何を——————ッ!!」


 このまま至高の軟柔に埋もれていたいという男由来の性的衝動に打ち勝ち、顔を胸から離すと、逃がすまいとファルティナが両手でガシッとシルクの顔を掴み再び勢いよく引き寄せる。ファルティナは既に思考の制御を失っていた。シルクとは別に知恵熱で茹でダコのように顔を真っ赤に。酷く混乱し、自身が後に羞恥で布団から出られなくなるとは思ってもみない。


 そして、引き寄せる際にシルクは体のバランスを崩し————ファルティナの体に覆い被さった。


「「!?」」


 シルクの頭をファルティナの胸へ。上半身は彼女の体にピッタリと密着している。


「む、むがが……むがっむがっ!!」


 シルクは暴れるもガッチリとホールドされた顔はビクとも動かない。ヴォルトにやられた重力と同じくぐらい足掻いても無駄な感じがある。ただ決定的に違うのは顔が擦り付けているのは砂かローブ越しの胸かというだけ。至福なのは当然後者。男ならこのまま一生拘束されていても構わないと考える輩もいるだろう。だが、シルクの脳内は五感から得られる情報の奔流にかき回されており、俗なことを考えている余裕など全くなかった。


「……シルク……」


「むが?」


「……………………………………………………………………………………交配、する?」


「しないよっ!?」


 一瞬腕の力が緩んだ隙にシルクの顔は至高の二山から脱出する。その際に熱っぽいファルティナと目が合う。そのまま目が離せなくなり……


「お二人さん。なにをしているんですかね?」


 シルクは押し倒した形になっているファルティナに自身のものとは違う大きな影が伸びたのを見る。聴き慣れた声であり、自分達二人に話しかける者なんてこの学院に一人しかいない。正体は分かっていても恐る恐る振り向くと————————————小柄で可愛らしい見た目には不釣り合いな巨斧を持っている、怒気を孕んだ笑顔のメイドが立っていた。


 斧は禍々しいオーラを放っており、魔力が溢れているのをシルクは肌で感じ取る。

 この斧はコルンの【武装展開】によるものだ。


「ヒッ……」


 ドスンッと大きな音を上げてコルンは斧を持ったまま地に振り落とす。その際、余りの質量故か、草ははげ、地は抉れる。


「どうして、シルクヴェントがお嬢様にこうも身体を押し付けているんですかね?」


「コルン、ち、違うんだこれはファルが……」


「……コルン邪魔……あと少しで交配、してた、のに……チッ」


「ファル!? ちょ、今の状況でその冗談はキツイってッッッ!!」


「へぇ………冗談。冗談と抜かしますか。さっきまで顔をお嬢様の胸に押し付けていた癖に……。へぇ……。へぇ……」


「そこから見てたの!? 違うっ!! 僕はファルに引っ張られて————ヒッッッッ!?」


 コルンから笑顔が消え目には殺意。両腕で巨斧を振り上げ、恐怖の余り生まれたての子鹿のように下半身を震わせているシルクを見据える。シルクの下には依然として押し倒されている形のファルティナがいるがコルンは不届き者に狙いをしっかりと定める。


「は、話せば分かる……僕らは分かり合える!!」


「貴分かり合える日なんて来るわけがありません!! 問答無用!! 不埒者には天誅——————ッッッ!!」


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ——————————————ッッッ!!」


 天に掲げられた巨斧は風を切り、音を上げてシルクに振り落とされた。

 一人の男の悲鳴はのどかで平和な学院の中庭に響き渡る。

 目の前で惨劇が繰り広げられている中、シートに寝転がっている少女はポツリと呟いた。


「……別に、シルクになら、不埒なこと、されていいのに……」


 少女は頬をぷくりと膨らませて悔しそうな顔をするのだった。


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