第六章8 『司書の過去』
私は物心ついた時には既に白衣の大人達に囲まれていた。
周囲は石壁に石天井。
部屋を照らすのは四隅に設置された結晶石と部屋の中心の角灯だけ。
ボウッと薄暗い部屋に私は十年近くも監禁されていた。
毎日私の前に人が訪れて、難しい本の名前を言って私から本を借りる。
「歴史的大発見だ」
「やはりこの教えは間違っていた」
「これは誤解だったんだ」
と一喜一憂する大人達を見て、当時の私は何も感じなかった。
無感情、無反応と言うより私は何も知らなかった。
言葉は喋れるがそれ以外は何も知らない。
親は私を産んでから直ぐに売り払ったため、親の名前も知らなければ顔も分からない。
愛、知識、経験。
子供時代に与えられるべきその全てを知らないまま歳を取った私はただ人形のように座り、目を輝かせる大人達の言うことだけを聞いていた。
人類の知識を全て保管する能力者にしては皮肉なものだと今では思う。
何も知らない私は、ある時女性研究者にある本を紹介された。
それは昔からある神話で禁書指定になっている子供向けの絵本。
たまたま彼女の研究対象になっていたからかどうかは分からない。
だが、その絵本を彼女は私から借りて顕現させ、読み聞かせてくれた。
文字が少なく絵が多い。
だが、書いてあること全てが心に伝わってくるほどの熱さを持ったその絵本は私に感情を与え、確固たる自我を生み出した。
争う敵を仲間にし、真なる悪を叩く勇者の姿に私は憧れた。
何度も何度も私は読んだ。
頭の中で読む分には大人達にはバレず、自我を生んでから感じるようになった時間の流れと退屈さを凌ぐにはちょうどよかった。
そして季節は巡り、恩人とも言える女性研究員のリークで私は王国の軍に救出される。
救出してくれる時の彼ら軍人の姿はまるで絵本の勇者とその仲間のよう。
今では覚えていないが、「遅くなってすまない」と声をかける軍人に私はこう言ったらしい。
「わたしも、ひとだすけ、できますか?」
恐らく初めて自分の意思を込めた言葉だっただろう。
その話を聞いた時私はこう思った。
嗚呼、根っから私は勇者のような正義の味方になりたいのだと。




