第六章6 『魔族との対峙』
シルクの言葉が突如廊下後方の声で遮られる。
全員が声の主の方へ振り返りすぐさま皆立ち上がって戦闘態勢を取る
。男が醸す雰囲気は人間のものではなく、死臭を漂わせるドス黒い瘴気とも思わせるもの。
四人はすぐに聞き覚えのある声だと悟った。
これは先の放送で流れていた声と同じだと。
つまりこの男は————魔族。
「カザリ。カーライン。ミナス。全員俺の後ろへ下がれ。おい、魔族。まるで人間みたいな見た目をしているが本当に魔族か? まぁその息がむせるような殺気を放ちながら笑顔を向ける奴なんて人間でもろくな奴はいないが」
「お褒めにいただき嬉しく思います。私の見た目ですが私はハーフですので見た目は貴方達とそっくりでもおかしくないかと。それにお望みとあらば————ほら」
「「「「!?」」」」
突如男の顔、髪、体が変形していく。
体は盛り上がり、目の強膜は爬虫類のように黄色く、瞳孔は丸から細長い楕円に。
皮膚は鱗のようなものに包まれ、髪の先端は一本一本が命を宿した蛇に変化した。
「私の名前はピルト。本来なら貴方達に名乗る名など無いのですが今の私は気分がいい。そこの貴女。桜色の長髪に大きい目をした貴女は『賢者』ですね? 情報通りの女で探す手間が省けました。さぁこちらへ、『賢者』。その三人と他の生徒の命が惜しくば私たちと一緒に来なさい。抵抗しなければそれなりの対応を約束いたしましょう」
「どうして。どうして私を狙っているんですか」
「どうしても何もありませんよ。知識は宝です。ならば人類の全ての叡智が詰まった匣である貴女は宝を超えてもはや至宝。私たちには知恵が今一番必要なのです。それに貴女は女性だ。使い道は他にも色々あります」
ピルトは舐めるように全身を隈なくミナスを観察して手を伸ばす。
「さぁ、この手を取りなさい。そのお仲間達を五体満足で無事に返したいのならばね」
「やっぱりダメだミナ。君が犠牲になる必要なんてない。カザリさんの言う通り、なんとか逃げて軍の到着を待とう。君が行ったところで相手が約束を保証なんて、本当にどこにもない」
「カーラインの言う通りだ。それにお前が奴らの手に渡ったら人類の痛手だ。学院という部分的な面で見ても、人類という大きな面で見てもお前を奴らの手に渡らせることはいい選択肢とは言えない」
「そうだよミナちゃん。他の生徒達だって皆強いんだよ。大丈夫だってきっと」
「皆さん……」
ミナスの決心にブレが生じる。
実際に魔族に相対すると足が震え、呼吸が辛い。
あの人の姿をした化け物の側に正気を保っていられる気が彼女にはしない。
しかもピルトの言った『女性』『使い道』の言葉にミナスは悪寒が走った。
能力だけではなく身体、尊厳までもが侵されると彼女の本能が警告を鳴らす。
三人の甘言に乗せられたい。
味方が到着するまで逃げ延びたいという気持ちが強くなる。
だが、もし自分が言うことを聞かなかった場合、他の人が何をされるか分かったものではない。
これは板挟みの状況でも心の葛藤を起こす状況でもない。
彼女が選ぶ選択肢は最初から決まっている。
だって彼女はどこまでも人を助けたいのだから。
怯える心と震える身体に鞭を打ち、一歩前にミナスは踏み出す。
「……貴方についていきます。だから他の人には手を出さないで」
「行くな、ミナ!!」
喉の奥から絞り出したシルクの言葉は虚しく、ミナスは静止を振り切ってピルトの下へ歩む。
シルク、レン、カザリは地面に縫われたかのように足が動かない。
初めて見た魔族に加え、圧倒的強者のオーラはどこかシルクの変身時にどこか似ている。
一足でも前に出たら殺される。彼らの本能は意志を捻じ曲げ、身体を静止させた。
「賢明な判断です『賢者』。我々魔族は彼ら三人には手を出さないと約束しましょう」
「待ちなさい、『彼ら三人』ではなく、『他の人』と私は————」
「《小結界構築》」
ミナスはピルトの手を取った瞬間。
結界と同じ青黒色の球体で包まれ、宙に浮いた。
外からはミナスの姿は見えなくなり、声も身体を動かす音も聞こえない。
「ミナっ!!」
叫ぶことは出来ても彼らの足は、身体はやはり動かない。
「貴女一人の請願で『他の人』の無事を保証するとでも? 馬鹿ですねぇ人間。特に女は。だから我々に利用されてハーフを産むための袋として日々蹂躙されるのです。ああ、そこのお三方。私も最低限の約束を守るとしましょう。私は貴方達を襲いません。安心してください」
「信用できるか魔族。ミナスとの約束を破ったお前が俺達の身柄の保証なんてするものか」
「私はちゃんと彼女との約束を守っていますよ。その際に貴方達を除いた『他の人』については同意していません。私は約束を守ります、約束は。————あとは任せましたよ。ヴォルト君」
「おっせェんだよ魔族はよォ。————ようお前ら」




