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末席の勇者と英雄病賢者  作者: クサカリタスク
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第六章5 『英雄病の暴走』

「はぁ……はぁ…」


 レンは脅威を退いたことを確認し、片足を落とす。

 息が荒い。背後に忍び寄った死神の鎌の冷たさは彼の鼓動を早くした。


「お兄ちゃん!! 大丈夫?」


「ああ……。だが、結構こたえた……。死の縁に片足を突っ込んだ気分だ。それよりカーラインだ。あいつはどうだ」


「シルクさん!! 起きてくださいシルクさん!!」


 ミナスはシルクを揺する。だが、目を覚ます気配が一向に無い。


「ミナちゃんごめん、ちょっとどいて。脈は正常。心臓は動いてる。能力は……お兄ちゃんの【魔力霧散】で解除されているし……。単に意識が失われているだけ? いや、それにしては何ががおかしい気がする……。よし。——————————《接続》」


 シルクの胸に置かれたカザリの左手に魔力が込められる。

 カザリの能力【接続】は触れた対象に繋がることで情報を読み取ったり、体の制御権を奪い支配することが出来るという力。

 彼女はその力を行使してシルクの現在の状態を確認していた。


「これは……。いやでも、本当にありえるの?」


「カザリ。カーラインの容体はどうだ」


「うん。結構ヤバめかも。私も初めてなんだけど、シルっちの体に魂と言うか精神? みたいなのがごっそり抜け落ちてる……感覚がする。中身の空洞な人形みたいな感じ。こう、なんか、軽いんだよね」


 カザリは今までに感じたことがない異様な手の感覚を何度も思い出す。

 軽い————肉体はそこに存在しても中に存在すべき何かが決定的に欠けている異常な軽さは強い不快感を与えた。


「でも、外に……肉体の外ってわけじゃないんだけど、何かが離れようとしている感覚はあるの。もしかしたらシルっちの人格変化と何か関係があるかも。人格が外に追いやられているみたいな。お兄ちゃんが能力で生み出された別人格を霧散させているはずだから、多分この何かがシルっちの根幹かもしれない」


「繋ぎ直すことは出来るな? カザリ」


「うん。ちょーっと骨が折れるかもしれないけどやってみる。————《再接続》」


 カザリは目を閉じて意識をシルクの中身に集中させる。

 他人の意識、精神、体、魂その全てを集約させたかのような情報の海に彼女は飛び込んだ。

 重く、粘着質のある荒波に飲まれながらも彼女の精神は深く、更に深く潜り、その先で白く輝く煌々とした光球を発見する。


「——————見つけた。シルっちの肉体と《再接続》」


 黒い情報の海に沈むばかりだった光球に上側から光線が伸びて繋がる。

 それは徐々に浮上していき、在るべき場所に戻った————そんな感覚をカザリが感じ取った。


「ぷっは。戻ってきた!! やっぱりそうだ。シルっちには何かが欠けてたんだ」


「それで、どうだ? 大丈夫なのか?」


「うん。パズルを完成させたよ。ついでに意識を覚醒させるように刺激しておいたから、もう目が覚めると思う」


「うん……?」


「シルクさん!!」


「ミナ…あっば、ばっばっ。ゆら、揺らさないで。目が、目が回るから!!」


「わたじ……もう助からないかとばかり……ばかりぃ……。助けにきてくれてありがどうござびまじだぁ……」


「もう、すぐに泣かないでよ。君を助けたいって体が勝手に動いていたんだ。それとレンさんとカザリさん。さっきは引き上げてくれてありがとう。助かったよ」


「やっぱりあれがシルっちの精神だったんだね」


「……うん。正確には魂かな。能力を使った瞬間に端に追いやられちゃって。ほんとどうなることかとばかり思ったよ。流石に今回は死んだと思った」


「カーライン。お前はどうしてあんな無茶をした。ああなる可能性だって十分考えられたはずだ。現にお前は体は乗っ取られて俺たちを襲った」


 怒りというより説教の意味合いを込めてレンは喋った。


「俺たちもお前の異常事態は把握している。ミナスの能力が組み合わさって生まれた奇跡の産物。死者の魂を己に憑依させるそれは危険だ。一つの肉体に二つの魂が入るわけがない。頭が良いお前がどうしてその危険性を理解しておきながら無茶して使った? ミナスを助けたくて咄嗟に考えもなしに、か?」


 シルクは申し訳なわそうにコクリと頷いた。それを見たレンは呆れのため息しか出ない。


「まぁ、結果的には助かったんだから良いとしよう……。次にミナス。お前は何故ここにいる。どうしてここで襲われていた?」


 ミナスの行動をレンは聞いた。大抵の生徒は闘技場に集まっており、屋上に呼び出されたシルクはともかく、職員室前にミナスがいることは確かに不可解だ。


「ふ、ふんっ。それを言ったら私だってどうしてレン君とカザリちゃんがここに来れたのかって質問しちゃいますよ?」


 明らかに何かを誤魔化そうとしているミナスは頬を膨らませてそっぽを向いた。


「はぁ……やはりそういうことか。俺たちもお前と同じ理由だ。『職員室に忍び込もうとした』もしくは『忍び込んだ』んだろ? カーラインの退学を防ぐために。エストリッチ家の息がかかった不正の証拠を見つけ出すために。違うか?」


「ミナ……どういうこと?」


「それは……その……」


 あまり聴かれたくなかった、是とはされない行動をとっていたミナスは口籠る。


「カーライン。繰り返すがコイツはお前の退学を取り消すために生徒職員が一斉に闘技場に集まったこの瞬間を狙って職員室に忍び込もうとしたんだ。不正の証拠を見つけ出して出すところに出せば、もしかしたらどうにかなるかもしれないと。『今やれることをやろう』と俺は言ったがまさかお前がコレをするとは……」


「だってコレしか方法が分からなくて……。そして職員室に入ったら何故か魔物がうじゃうじゃと現れて……」


「職員室は真っ先に占拠されていたか。それよりも潜入とは……こういうやり方は俺たちに任せておけば良いものを。カーラインもなんか言ってやれ」


 魔物に襲われていたことを傍に置いて、ミナスの浅はかな行動をレンは責める。


「いや、僕は文句なんてないよ。それよりもありがとうミナ。僕のために考えて行動してくれて。その気持ちだけで僕は嬉しいよ。それよりも————ミナ。今の状況を理解してる?」


 シルクはミナスに問いた。

 いるはずのない魔物の出現に周囲を暗く覆う結界。

 加えてあの大音量の放送なら流石に異常事態に気付き、彼女自身が狙われていることは知っていてもおかしくないが、現状の把握と認識の共有、そして切り替えの意味を込めてシルクは確認する。


「はい……その放送のタイミングと同時に魔物が職員室の至るところから出現しました。幸い私は扉の近くにいたので脱出は容易だったのですが……。それにあの放送で言っていた『賢者』。自分で言うのも恥ずかしいですけど、アレは明らかに私を、正確には私の能力を指していますね。いや、照れます。どうせつけるなら『英雄』とかでも良かったのですが」


 緊張感があるのかないのか気の抜けた発言に残りの三人は肩を落とす。


「————っと。おふざけはここまでです。私は今から敵の下に向かいます。皆さんは他の生徒たちの解放と安全確認をお願いします」


 ミナスは抜けた顔を瞬時に切り替え、真剣な表情に。そしてハッキリと言った『敵の下に向かう』の言葉は他の三人の顔を曇らせるには十分なものだった。


「ミナス、コレは罠だ。お前が敵に捕まっても俺たちが助かる保証はない」


「そうだよミナちゃん。しかも捕まったミナちゃんはどうなるか分からないんだよ? もしかしたら酷いことされるかもしれないよ? 軍の人たちが来るまで逃げようよ」


 兄妹は冷静に現状を分析し、その上でミナスに言葉を投げる。だが、その言葉も虚しく彼女の決意は変わらない。


「罠なのは分かっています。ですが私が行かなければ闘技場にいる皆さんがどんな目に合わされるか想像がつきません。確かに助かる保証はありませんが、時間稼ぎぐらいなら出来ると思います。三人がいれば救出だって出来るはず。それをお願いしたいのです」


 彼女は根っからの英雄なのだとシルクは思った。

 英雄に憧れ、英雄になりきってただ綺麗事を並べて自身に言い聞かせるのではなく、本当に本心で彼女は自分が犠牲になると言っている。

 だが、その自己犠牲の精神はどこか危うく、彼女の顔にも苦しさが見てとれた。

 本心で言っているのは分かる。

 だが、彼女の中にはまだ隠されているようなものがある気がしてならない。

「助けて」と彼女がどこかで叫んでいるようにシルクは感じた。


「ミナ、僕は————」


「魔物達の反応が一斉に消えたと思ってきて見れば。闘技場外に生徒が残っていましたか」


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