第六章3 『紅玉の侍』
塔の中は一層不気味な雰囲気を発していた。
石造りの壁は植物の根が覆い、天井には虫とも鳥とも見える二枚羽の生き物が跋扈する。
闘技場に向かう最短ルートは学生塔から教職塔を通過しなくてはならない。
シルクは階段を降りては登り、降りては登りを繰り返す。
そして、教職塔職員室前廊下に差し掛かる直前。大きな悲鳴が聞こえた。
階段を登りきると、奇しくも彼女と初めて会った場所。そこでミナスが人型と動物型の入り混じる骸骨——————スケルトンと呼ばれる意思無き下級魔族の集団に襲われていた。
「いや……いや……イヤッっ!!」
シルクは足が、手が、呼吸が止まる。
彼には自身で戦う手段が無いからだ。
脳裏を過るのは選択したく無い唯一の可能性。自分を殺して彼女を守る蛮行。
眼鏡を外し、ポケットへしまう。
「【装填】——————《再現・開始》ッッッ!!」
一瞬の躊躇い。
もう一度魂が侵される耐え難き苦痛を思い出す。
だが、彼は既に寄っていた天秤を逆に傾けた。自身を賭してでも彼女を救う方へ。
「——————嗚呼。我は常世に再臨せし者也」
豪、と暴風が辺りを襲う。
すると次の瞬間、ミナスを取り囲んでいたスケルトンたちが爆ぜた。
神速の剣撃により敵は原型すら留まっていない。
骨は塵と化し床に沈む。
「シルク……さん……?」
ミナスが見たのは白髪の剣士だった。
両手に握るは磨き抜かれた二本の刀。
ローブ越しでも分かる少し隆起した筋肉。
剣呑さを感じさせる紅玉の瞳。
彼は嗤った。死してなお地を駆け敵を刻む生の快感に。
「ミナスっ!!」
「ミナちゃんっ!!」
床にへたり込むミナスと背中を向け残心を取る白髪の間に二人が割り込む。
鼻先まで黒のスカーフで隠した兄のレンと金髪ふんわりのカザリ。
「気をつけろカザリ。コイツはカーラインじゃない。カーラインの体を乗っ取った何かだ」
「うん。シルっちの繋がりは感じるけど何か根本が違うって感じがする」
二人は警戒して構える。
全神経を目の前の白髪に注ぎ込む。気を抜いたら斬り刻まれるのは自分達だと体が警鐘を鳴らしている。
「如何にも。我はシルクヴェント=カーラインであり、シルクヴェント=カーラインに有らず。この二刀で人を斬り、妖を斬り、宿命を斬り、神をも斬る侍よ」




